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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第4話 支配と優越 【7,8】

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1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 7 】

 翌日は朝から厚い雲が垂れ込め、街は日光の恩恵にあずかれなかった。灰色の街はより灰色さを増し、人々が無意識のうちに選ぶ暗い色のコートが、さらに風景から活気を奪っている。

 明治生命館ビルの屋上で、三体のアルケウスが並んで皇居前広場を見下ろしていた。
「上々です」
 碇ゲンドウのようなあご髭のアルケウスが、満足そうに頷いた。
 阿佐ヶ谷研究所では、個体を区別するために、それぞれが接触したビルの名称で呼ぶことにした。このアルケウスは「上野アブアブ」だ。
「そうね。ここまで順調だと怖いくらい」
 前髪を左へ流し、ショートカットの後ろをやや刈りあげた髪型の女性型アルケウスは、上野アブアブに同意してみせた。この個体は「品川プリンス」と呼ばれている。女性型なのにプリンスとはどうなのかと異論もあったが、プリンセスにしようとは誰も言い出さなかったため、なし崩し的に決まった。
「うむ。上々だな」
 身長が2mはあろうかと思われる個体が大仰に頷く。ほかの二体が臙脂のジャージなのに対して、この個体のみは紺色のブルゾンを羽織っている。髪型はパンチパーマだ。これは「バスタ新宿」と名付けられた個体だった。

「このペースで行けば、今日の夕方には各一万を超えるかと」
「うむ、夕方には各一万を超えるな」
「ええ。一個師団一万二千の編成で三個師団。今夜には動かせますわ」
「うむ、三個師団。今夜には動かせるな」
 バスタ新宿は、上野アブアブと品川プリンスの言葉を繰り返した。

 彼らは人間を洗脳することができる。頭部に打撃を加えながら”お前のためだ”と唱えることで、自意識を吸い取り、指示に絶対服従する奴隷をつくりだす。しかもその能力は伝播するため、奴隷が新たな奴隷を生み出すことができるのだ。
 暗雲から雨が滴りはじめ、それはみるみるうちに強くなった。
 黙々と集結してゆく奴隷たちの髪を、水滴が濡らしていく。

「なかなか良い仕事をしているねェ」
 ハイボール大佐はグルグルを見つめている。
「ありがとうございます」
「しかしこのままで支配欲を満たせるかな」
「大丈夫でしょう。ジェントルマンも人間には手が出せません」
「ジェントルマンに勝つだけで、あのコたちが満足するだろうかねェ」
 黒霧島は視線を上げ、大佐の顔を見た。
「いっそのこと」
 右眼の補助具が、わずかに動いていた。
「この国を支配させてしまおうじゃないか」

「集結場所は、皇居前広場です」
 ホワイトボードを背にして、千堂の白衣が踊る。
「すでに五千人以上が到着しています。いまも各地から続々と」
 パイプ椅子に腰掛けたジェントルマンたちは一様に怪訝な表情をしていた。
「まだ増えてるんですか?」
「はい。行進中の人数を合わせると、三万六千人まで増えそうです」
「三万六千! 一刻も早く出撃しないと!」
「いえ。まだです」
「どうして?」
「洗脳されている全員を一斉に解放しなければ意味がないからです。むしろ、集結完了まで泳がせて……」
 千堂は、握った右手の甲でホワイトボードをコツンと叩いた。
「一網打尽にします」

【 8 】

 垂れ込めた闇を、それでもわずかに照らしていた太陽が沈んでしばらく経つ。
 東京のネオンによって、炙り出されるように視覚化された暗雲から大粒の雨が落ち、砂利を踊らせた。
 その大雨は、皇居前広場に集まった数万の肩を、無慈悲に叩き続けている。

「総員、揃いました」
 明治生命館ビルの屋上でアルケウスたちは仁王立ちをしている。その視線の先では、一万二千の人間師団が三個、寸分の狂いもない見事さで整列していた。
「うむ。総員、揃ったな」
 バスタ新宿が頷くと、左右に立つ品川プリンスと上野アブアブは姿勢を正した。
「まず、わが第一師団はこれより北回りにて市ヶ谷へ進軍する」
「ご武運をお祈りいたします!」
「続けて第二師団」
 上野アブアブが背筋を伸ばす。
「第二師団は部隊をふたつに別ける。主力の八千をもって桜田門へ向かえ。別働隊の四千は永田町を制圧せよ」
「はっ!」
 敬礼をした拍子に、ジャージの袖から水滴が飛び、碇ゲンドウのようなあご髭に当たった。
「続けて第三師団」
 品川プリンスが靴を鳴らす。
「第三師団は部隊を各二千に別ける。各隊をもって、代々木、六本木、赤坂、汐留、お台場、水道橋の各放送局および通信キャリア本社を制圧せよ」
「はっ!」
 敬礼をした拍子に前髪が揺れ、白髪染めが流れ出したのか、品川プリンスの頬には大槻ケンヂのような黒い筋が走った。
「では戦のあとで、再会しよう。これより各師団の指揮にうつれ!」
「はっ!」
 バスタ新宿の喝を契機として、彼らはビルの屋上から跳躍し、それぞれの師団の前に降り立った。同じ皇居内広場とはいえ、一万二千が整列しているのだ。それぞれの立つ場所は離れている。

 第三師団を前にした品川プリンスは、あごを高く上げ、整列する兵隊たちの鼻先を悠々と歩いた。雨の飛沫がたちまちジャージの裾に泥を跳ねあげるが、一顧だにしない。いま、中空に視線を固定したままの生きた人間たちは、品川プリンスの指示を待っているのだ。言葉を発すればそれを理解し、一糸乱れぬ動きで実行する。雨のカーテンの向こうで、バスタ新宿も上野アブアブも、同じような高揚感に包まれているのだろうと、品川プリンスはほくそ笑んだ。
 次の瞬間、眼前になにかが現れた。
 雨水が目に入ったのだろうと、品川プリンスは思った。そうではないと理解したのは、アゲダシドウフの掌底を顔面に受けたあとだった。
 そして、まったく同時に、第二師団の上野アブアブはナンコツのハイキックを頸部に受け、第一師団のバスタ新宿の下顎にはトリカワポンズの右拳がめり込んでいた。

 ジェントルマンは、三体同時に奇襲をしかけた。

つづく


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