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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第4話 支配と優越 【5,6】

<2,500文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 5 】

『ナンコツさん、五秒以内に戦闘準備をしてください。アルケウスを発見しましたので、そこに転送します』
「え? え?」
 ナンコツ思わず周囲を見回したが、いつもの仲間は隣にいない。観光客がめいめい好きな行動を取っている光景が目に入るだけだ。
「え……ちょっと」

 きっかり五秒後にナンコツは転送された。そこがビルの屋上であることだけは瞬時にわかった。過去には広場として使われたのだろうか、テニスコートが二面とれるほどの広い床面は、緑色の塗装がずいぶん剥がれて黄色っぽく変色している。端のほうでは、大小様々な箱型から石灰色の配管が伸び、整列しているのが見えた。
 そして、ワンフロアぶん高い場所に、何者かの後ろ姿がある。こちらにはまだ気づいていない。
「千堂さん。これって」
『アルケウスと同じ空間に転送しました。ナンコツさん、接触してください』
「え、接触?」
『はい。これは強行偵察ですから。危険になったらこちらへ帰還させますので』
 その何者かは、腕組みをして路上を見下ろしているように見えた。広いとはいえないその背中は、これまでいくつかの異形と対峙してきたナンコツにとって、さほど脅威になるようには感じられなかった。
「……わかりました」
 ナンコツは身体を屈め、
「やってみます」
 と言い終える瞬間、跳躍した。

 反動で床の塗装が剥がれ、舞った。

「おい。現れたぞ」
 グルグルを覗き込んでいた白霧島は、隣に立つ黒霧島の横顔に視線を送った。
「ああ、わかってる」
「早すぎないか」
「そうだな。見つかるには早い」
「どうする?」
 同僚の問いに、黒霧島は鼻をふんと鳴らして答えた。
「なにもしないのか?」
「今回のは”支配と優越のアルケウス”だぞ。ヤツら自身が戦闘に向いているわけじゃない。逃げるさ」
「逃げる?」
 白霧島が眉間のしわを深くしたちょうどそのとき、UberEatsの配達バッグを背負ったハイボール大佐が戻ってきた。
「いやいや、外は寒いねェ」
 配達バッグを降ろすと、大佐は両手のグローブを外し、手を揉んだ。
「大佐。おかえりなさい」
「バイトお疲れさまです」
「ジャンバラヤを運んできたよ。たまには辛いモノもいいかもしれないねェ。ところで、あのコたちのほうは順調かい?」
 白霧島は黒霧島に視線を送る。
「ジェントルマンが現れました」
「ほう」
 大佐の右目の補助具が、かすかに光を放つ。
「どうするつもりだねェ? 黒霧島」
「逃げます」
「逃げる?」
「はい。もう仕込みは終わりました。あとは連鎖的に拡大していくのを待つだけですから。戦闘は不要です」
「ほう」
 大佐の唇が横へ広がった。
「なかなか策士だねェ」

【 6 】

 跳躍したナンコツは目標のすぐ背後に着地し、その気配を察したアルケウスが振り返るより早く、正面へ回り込む。気づいたアルケウスが飛び退ると同時に、ナンコツは間合いを詰める。アルケウスの後退より、彼の前進のほうが素早い。懐に飛び込んだナンコツは、鳩尾に向けて右拳を叩き込んだ。
 命中はしたものの、あまりにも軽い。アルケウスは後ろに向けてジャンプし、ダメージを相殺したようだ。相手はそのまま屋上広場へ落ち、緑色の塗装を剥がしながら転がったが、すぐに立ち上がる。
「気合が入ったよ」
 臙脂のジャージについた塗装のかけらを払いながら、アルケウスは言った。
「だが、相手を間違えている」
「なに?」
「君たちの相手は、私ではない」
「どういうことだ?」
「すでに始まっている。そこから路上を見下ろしてみればわかる」
 アルケウスの唇が歪む。短く刈りそろえられたあご髭が、もみあげまで繋がっている。まるで碇ゲンドウのようだ。
「私を追うなよ。どうせすぐ会える」
 そう言い終わるが早いか、立ち並ぶビルの屋上を踏み台にするかのようにジャンプを繰り返し、遠くへ消えていった。

 新宿のアゲダシドウフも、品川のトリカワポンズも、ほぼ同様の出来事に遭遇していた。アルケウスとのファーストコンタクトには成功したものの、直後に逃亡を許している。
「あくまで目的は偵察でしたから、逃げられたことは問題ありません。それより気になるのは、これですね」
 紫色の光に満たされた研究所内で、千堂がモニターを指さす。
 三つのウインドウに、それぞれのサングラスが捉えた映像が再生されている。映っているのはアルケウスではなく、街行く人々だ。どこか一点を見つめ、一列で移動していく集団が、どのウインドウにも映っている。
「これはちょっと薄気味悪かったな」
「はい。老若男女が入り混じっているのも不思議でした」
 トリカワポンズとアゲダシドウフは顔を見合わせつつ言った。
「ナンコツさんが上野公園で遭遇したこのビンタグループを観てください」
 千堂がウインドウのひとつを拡大すると、西郷隆盛像を取り巻く観光客の一部が、次々に頬を打つ姿が映し出された。
「ここでビンタされているストリートミュージシャンの男性が、このあと、御徒町方面へ向かって行進している列にいるんです。ほら」
「本当だ。いる」
 その男はギターを引きずりながら、前を行く女性の後頭部を見つめるようにして歩き続けていた。そして、念ずるように”お前のためだ”と呟いている。
「まるで夢遊病者だな」
 トリカワポンズが吐き捨てるように言った。
「これが全員アルケウスだとしたら……」
 アゲダシドウフが腹をさすりつつ呟く。
「いえ。彼らは人間です。アクアリウムが反応していませんので」
「どこへ向かっているんでしょうか」
「列が交差点を曲がったりしているので、正直わかりません。ただ、おおよその方角としては、新宿の集団は東へ、品川の集団は北へ、上野の集団は南へ向かっているようですね」
「……ということは」
「はい」
 千堂は頷いた。
「一ヶ所に集まろうとしています」

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)