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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第4話 支配と優越 【3,4】

<2,400文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

1,2】はこちら

【 3 】

「博士が何者か、知りたいですか?」

 千堂がアクアリウムのアーチをくぐってやってきた。白衣の裾がたなびき、濃紺のスキニーデニムが前後する。その溌剌さに気圧されて、アゲダシドウフは思わず腰を浮かせた。
「ひとことで言えば、馬鹿と天才の複合体……ですね」
「そ……それは、なんとなく」
 アゲダシドウフは再び、腰を落ち着ける。
「博士がこのエスエナジー理論を確立したのは、高校生のときだそうですよ」
「高校生で?」
「といってもほとんど学校へは行っていなくて、自宅で研究に没頭していたとか」
「なんか、わかる気がします」
 いつの間にか、トリカワポンズとナンコツも、テーブルの周りに集まってきている。
「しかし、いくら博士がギークだったとしても、パソコン一台でできるようなことなんて、たかが知れてるだろ」
 トリカワポンズがつっぱり棒をぶらぶらさせながら首を捻る。
「普通の家庭が高校生に買ってあげられるなんて、せいぜいパソコンくらいのもんだろうからな」
「それが、博士は普通の家庭ではないんです。望むものはなんでも手に入ったそうで。高校生のころには自宅に研究室を持っていたとか」
 三人は顔を見合わせる。
「すると、この阿佐ヶ谷研究所も?」
「ええ。阿佐ヶ谷博士の私費で。というより、このビル自体が博士の持ちビルです。設計したときから、地下にこの研究所を設けることを決めていましたから」
「それでこんな巨大なアクアリウムを造れたわけか……」
 ナンコツは感心しながら水槽の傍まで歩き、ガラスに触れた。
「なんというか」
 トリカワポンズがつっぱり棒で背中を掻きながら言う。
「友達が少なそうだな」
「ひとりだけ、親友がいたそうですよ」
「ひとりだけ……な」
「ええ。自宅の研究室に招くのは、その親友だけだったそうです」
「そいつも変人に違いない」

「千堂さん」
 ふと見ればアゲダシドウフは腹をさすっている。
「……そろそろランチにしませんか」
「あ、そうですね。そうしましょう」
「近くにいいタイ料理屋を見つけたんですが、みんなで行きませんか?」
「いいですね! 私、ガパオライス食べたいです」
 千堂の表情とトリカワポンズのそれは好対照だった
「うえ。俺パクチー苦手なんだよ」
「パクチーなしの料理もありますよ」
「なんか変な香草系は全部ダメ。親子丼にしよう」
「ミツバだって香草でしょ」
 ランチ談義に花を咲かせる一団に背を向けたまま、ナンコツはアクアリウムを見上げている。そしてゆっくりと言葉を発した。
「……みなさん。残念ですが、ランチは後回しのようです」
一同が視線を向けると、ナンコツは紫色の光の只中にあった。
「アルケウスが現れたようです」

 それはまるで、太陽にかざした薄いワインのような光だった。ナンコツはメガネのブリッジを中指で押し上げた。

【 4 】

 解析してまずわかったことは、三ヶ所同時に同濃度のエスエナジー反応を検知しているということだ。場所はそれぞれ新宿、品川、上野。優劣をつけられる材料はなかった。

「博士が不在のときに。ちょっとやっかいですね」
「あんな奴いてもいなくても一緒だろ」
「でもまぁ、なんだかんだ言って開発者ですから」
 コントロールエリアに集まった三人は好き勝手なことを言い合っている。
 それまでキーボードと格闘していた千堂が、モニターから目を離し、彼らを振り返った。
「ジェントルマン、出動しましょう」
 いつになく鋭い視線に、三人は少しだけ怯む。
「それは、構わんけどな。博士が不在で大丈夫か」
「大丈夫です。私が指揮を執ります」
「千堂さんが?」
「私以外に、誰かいますか?」
「いや、いないけどな」
「なにか?」
「しかし、三ヶ所同時だろ。どういう順番で周る?」
「こちらも同時に行きます。三人を別々の場所に転送しますので。まずは単独で強行偵察をお願いします」
 紫色に染まった千堂の顔に、水の波紋が揺らいでいる。
「さぁ、衝撃に備えて」

 アルタ前広場に転送されたアゲダシドウフは、四方八方から向けられているスマホのカメラに翻弄されながら、小走りで新宿通りを移動する。
「うわぁ。ひとりって余計に恥ずかしいですね」
『しばらくその辺りの探索をお願いします。いま、もっと正確な場所を割り出していますので』

 転送先の品川駅前に現れたトリカワポンズは、周囲の冷ややかな視線にも動じず、肩で風を切るようにして闊歩している。
『なにか異常があれば教えてください』
「いつも思うんだが、どう考えても異常なのは俺たちの存在のほうだぞ」

 上野公園の西郷隆盛像の前で、ナンコツは海外からの観光客に頼まれて、家族写真のシャッターを押しているところだ。
「このあたりは観光地だから、僕の格好なんて誰も気にしていないですね」
『おかしな行動をとっている人がいたら教えてください』
「おかしいといえば、おかしい人はいっぱいいますけどね」
『例えばどのような?』
「なんかビンタし合ってるグループがいましたよ。”お前のためだ!”とか言いながら、バトンを渡すみたいに次から次へとビンタしてるんです」
『それは……変ですね』
「ですよね。でもアルケウスが混じっているようには……」
『そのグループはどこから来ました?』
「たぶん、駅の……いやアメ横のほうからですね」
『なるほど、少し待ってくださいね』
 一部の観光客たちはビンタグループのほうへレンズを向け始めた。これは日本文化ではないと、ナンコツは釈明をしたくなったが、適当な英語が出てこなかったので、断念した。
『ナンコツさん』
「なんでしょう。千堂さん」
『アルケウスの居場所を特定しました。目の前に転送しますよ。五秒以内に戦闘準備を完了してください』

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)