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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第4話 支配と優越 【1,2】

<2,300文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

【 1 】

「ただいま戻りました」
 デニム地のエプロンを身につけた白霧島がドアを開けた。手には小さな紙袋をぶら下げている。 
「おかえり」
 ハイボール大佐と黒霧島の声は重なっていた。しかし彼らは横顔を見せたまま、首を動かさない。ソファに腰掛けてスプラトゥーンをプレイ中だったのだ。
「ああっ! ちょっと大佐! そっちまずい」
「え、ちょ……待っ」
 画面が紫色に染まり、大佐のキャラクターはインクに沈んだ。
「うわ……」
「大佐、ひとり強いヤツいますから気をつけてください」
 白霧島はひと段落するまで待つことにして、部屋の中央を陣取る事務デスクに紙袋を置いた。このオフィスを借りる際に、前の契約者が使っていた旧型のデスクをそのまま貰い受けたのだ。従って、三台の事務デスクはそれぞれが向かい合うように設置され、いわゆる島型の配置をしている。課長席はハイボール大佐のものだ。
「うぎゃぁ!」
「大佐、これはもう負けましたわ」
 部屋の奥、応接スペースが置いてあったところに中古のテレビを設置してからは、ソファはゲーム専用席になってしまっている。
 画面に結果が表示された。18%対82%。まさに大敗だった。

「負けたねェ。ボロクソに」
「あれは相手が悪いです。相当やりこんでますね。あれ、白霧島いたの?」
「さっき、自分で”おかえり”って言ってたろ」
「そうだっけ?」
「白霧島、お使いありがとうねェ」
「いいえ、大佐。バイト帰りに寄っただけですから。買ってきましたよ。花園まんじゅう」
「おお。どうしてもこれが食べたくなってねェ」
「よし、休憩にしましょう。白霧島、お茶淹れてくれ」
「お茶はおまえが淹れる約束だろ」
「そうだっけ?」
 黒霧島は立ち上がって古い電気ポットの中を覗き込んだ。
「お湯がからっぽだぜ」
「それをおまえが用意するはずだったろ」
「そうか。ちょっと汲んでくる」
 彼らのオフィスにはシンクがない。飲料水は共有部の給湯室にある。黒霧島は電気ポットを片手に持ってオフィスを出、満タンにしたそれを抱えて戻ってきた。

「ところで、さっきまで黒霧島と作戦を練ってたんだけどねェ」
「そうそう。すげぇチャンスなんだよ」
「さっきまでって、ゲームやってたじゃないですか」
「それは、なんていうか。作戦の一環だからねェ」
「シミュレーションだな、一種の」
「地面にインクを撒くアルケウスですか?」
「いじわるを言うなよ」
 黒霧島は沸騰したばかりのお湯を、急須に注ぎながら言った。
「いままで俺たちが負けたのは、数が原因だ」
「数?」
「敵のジェントルマンは三人。人数的に不利だろ」
「まぁ、確かに」
「そこでだ」
 言いながら、彼は白霧島に顔を近づける。
「アルケウスを三体同時に出現させる」

【 2 】

「そんな都合よくターゲットがいるか?」
 その質問はお見通しとばかりに、黒霧島は背をそらせるようにして胸を張った。持っている急須の先端から数滴こぼれて、スリッパを濡らした。
「すでに目星はつけてあるんだ」
「そうなんですか?」
 白霧島はハイボール大佐と目を合わせた。大佐は頷く。
「実にいいのがいてねェ」
 大佐の右目の補助具が、心なしか光っているように見えた。
「白霧島。おまえ、私立戴跋高校という学校を知っているか?」
「ああ。バレーの強豪校だろ」
「そう。春高バレーの常連。三年連続優勝の名門校だ。その常勝軍団を育てているコーチ陣が尋常じゃないんだ」
 白霧島は、彼らが言いたいことを理解した。
「なるほど。急成長には裏がある、か」
「そう。男女それぞれのチームのコーチと、そのふたりを連れてきたヘッドコーチ。三人のまさに独裁国家」
 ハイボール大佐は、紙袋から取り出した花園まんじゅうを頬張った。
「支配欲の権化だねェ」

「今日はずいぶんとゆっくりなんですね。博士」
 時計はもうすぐ正午を指そうとしている。アゲダシドウフは両腕をあげて、上半身を伸ばしながら、間延びした声を発した。ナンコツはスマホでWikipediaを読みふけり、トリカワポンズは適当な長さの棒を見つけてきて、ゴルフスイングの練習をしている。絵に描いたようなヒマだ。
「あ、言い忘れてました。出張なんですよ、博士」
 アクアリウムの向こうから千堂が応える。
「え? 出張ですか」
「はい。一応」
「どこへ?」
「北海道の江差町です」
「そんなところに出先機関でもあるんですか?」
「そういうわけではないんですが、月に一度はそこへ出張してますね」
「どんな用事で?」
「五勝手屋ロールを食べに行くんですよ」
 アゲダシドウフは口を閉じる方法を忘れてしまったようだ。

「……なるほど。これは明らかに美味しそうです」
 はやくも検索を終えたナンコツが、画像をトリカワポンズに見せている。
「そういえば、五勝手屋本舗さんの本店は江差だったな」
「さすが。ご存知ですか」
「まぁ。同業者だからな。前職だけど」
 トリカワポンズはあまり興味なさげにゴルフスイングの練習に戻った。よく見れば手に持っているものは、どこかに余っていた強力つっぱり棒だ。

「ところで、千堂さん」
 アゲダシドウフは、ようやく口の動かし方を思い出したようだ。
「なんですか?」
「そもそもの話なんですけど、博士って何者なんですか? っていうか、この研究施設はなんなんですか?」
 ナンコツとトリカワポンズが手を止めたのがわかった。彼らの視線はアゲダシドウフに向いたあと、アクアリウムの向こうへ注がれる。
 透明な水の先で、千堂が立ち上がったのが見えた。

 つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)