出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第4話 支配と優越 【9,10】
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1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。
【 9 】
アゲダシドウフの掌底を顔面に受けた品川プリンスは、仰向けに吹き飛ばされ、3m先の砂利に落下した。臀部からではなく、後頭部から接地したことが、その衝撃の強さをあらわしている。
アゲダシドウフは助走をつけて飛び、相手の顔面に全体重を載せようとするが、それは間一髪で躱された。砂利同士が互いを割る音が聞こえた。
品川プリンスに立ち上がる暇を与えず、アゲダシドウフは質量攻撃を繰り出す、相手は身体を回転させて逃れようとし、彼はそれを追いかける。何度か繰り返すうちに、品川プリンスは逆回転のフェイントをかけ、アゲダシドウフはそれに引っかかった。一瞬の隙をついて立ち上がった品川プリンスは、素早いバックステップで間合いをとる。
「なかなか……やるじゃないの」
頬についた泥を手のひらで拭う品川プリンス。
「どういう風の吹き回しなんだ」
アゲダシドウフの広い背中を、大粒の雨が打っている。
「なに?」
「あんたが褒めるなんて珍しいんだろう?」
「ああ。ふ、そういうことね」
前髪をかきあげる品川プリンス。
「褒めたって甘やかすだけ。厳しい経験を積まないと試合では勝てないし、つまりロクな大人にならないでしょ。さっきあんたに言ったのは、皮肉だから。もしかして本気にしちゃったかしら?」
あごを高く上げて笑う。
「皮肉を言っても意味がないんだよ」
「なに?」
「敗者の弁なんて、誰も聞かないからさ」
アゲダシドウフは地面を蹴り、間合いを一気に詰めた。
頸部にハイキックを受けた上野アブアブは、身体をねじりながらも、砂利と仲良くなるのだけは拒んだ。一瞬だけ片膝をつき、すぐに立ち上がるべく腰を持ち上げる。そこにナンコツの第二撃が襲い、上野アブアブは尻餅をついた。さらにナンコツは膝蹴りを顔面に叩き込もうとしたが、逆に上野アブアブは地面に身体を倒し、ナンコツの軸足を攻撃する。バランスを崩したナンコツの下腹部に、上野アブアブの拳が入る。
立場が逆転する。砂利に片膝をつくナンコツの背後に回った上野アブアブは、両手を組んでダブルスレッジを振り下ろす。しかし、リーチの長いナンコツの左裏拳が、上野アブアブの頬をとらえるほうが早かった。相手がよろけている一瞬の隙をついて、ナンコツの後ろ回し蹴りが胸部に命中。上野アブアブは吹き飛んだ。
衝撃を覚えた瞬間、己の視界が暗い空で埋めつくされているのに気づいたバスタ新宿は、自分の顎がアッパーを食らったのだと悟った。思わず一歩後ずさりすると、すぐさま下腹部にトリカワポンズの右がめり込む。
第三撃を繰り出そうとするトリカワポンズを、バスタ新宿は払いのける。ほんのわずかにフラつかせただけだが、体制を立て直すには十分だった。バスタ新宿は大腿筋に力を込め、砂利のなかで足場を固めると、その長い腕の遠心力を使って、斜め上から強烈なビンタを見舞った。トリカワポンズは転がることもできず、地面に叩きつけられた。砂利が弾け飛ぶ。
「ぐははは。久々に心地いい感触だ」
バスタ新宿は右の手首を回している。
「最高のスパイクを打った気分だ」
まるでボール拾いでもするかのように、トリカワポンズの頭部を鷲掴みにする。とどめを刺すべく彼を持ち上げようとしたとき、トリカワポンズの手足が、バスタ新宿の右腕に絡みついた。両腕は前腕に、両脚は上腕に。つまり肘を固められた。
「よ……よせ!」
トリカワポンズは全力で身体を反らせた。バスタ新宿の右肘が伸びきり、スーツの補助を受けた力が、さらに外側へ曲げていく。
肘のきしみが、骨を伝わってくる。
【 10 】
ジェントルマンの三ヶ所における戦闘の一部始終を、千堂はモニターで見ている。
「みなさん、こちらが優勢です」
千堂はヘッドセットに絡まった髪を、手櫛でほぐした。
「不利を悟ったアルケウスは、かならず、人間の手を借りようとします。そのときは、打ち合わせどおりに」
返事はない。三者三様に戦闘が続いているからだ。しかし千堂の声は確実にジェントルマンに届いている。
「ぬううお!」
腕に張り付いたトリカワポンズごと、バスタ新宿は右腕を地面に叩きつけた。衝撃波が砂利を吹き飛ばし、接地点を中心にサークルができあがる。ふたたび右腕を持ち上げ、二度三度とそれを繰り返す。サークルに溜まった雨水が飛び散って、両者の顔を泥で塗装していく。やがてトリカワポンズの力が弱まり、その隙を逃さず、バスタ新宿は左手で彼の足を掴んだ。
引き剥がしたトリカワポンズをファンのように大きく振り回し、投げ飛ばす。水平方向へ飛ばされた彼は、為す術もなく、内堀通りを徐行していたトラックに激突した。荷台は衝撃でひしゃげ、トラックは走行能力を失って横転した。
大粒の雨を受けながら、バスタ新宿は息を吐く。
その右腕はもう動かない。
*
「やはり戦闘能力では敵わないねェ」
ハイボール大佐の呟きに、黒霧島が頷く。
「はい。支配欲の権化ですから」
「自分より弱いものを狙うコたちだからねェ」
白霧島は黙ってグルグルを見つめている。
「ええ。卑怯で臆病なんですよ。このタイプは」
「否定はできないなぁ。そういうところが人間らしくて好きだけどねェ。わたしは」
「でも卑怯で臆病だからこその戦い方がありますから」
「ほう」
大佐は、片頬だけで笑う。
「なるほどねェ。人間には手が出せないからねェ。ジェントルマンは」
黒霧島はグルグルから視線を逸らさず、微笑みだけでそれに応えた。
*
横転したトラックに観光バスが突っ込み、さらに乗用車が追突した。トリカワポンズが荷台の穴から出てくる様子はない。
バスタ新宿はその光景に背を向けると、第一師団の前に歩みを進める。右袖が裂けてしまったブルゾンを脱ぎ、砂利のうえに投げ捨てた。それを大雨が打ちつける。
立ち止まったバスタ新宿は、最前列の兵隊の顔を睨むように見回し、そして、第一師団に向かって想像もつかないほどの大声を発した。
「人類でもっとも優秀な軍団はどこだ!」
一万二千人が応答する。
「我々であります!」
それは雨の進路が曲がるほどの空気の振動だった。
「この国を支配する資格があるのは誰か!」
「我々であります!」
「邪魔するものを排除せよ!」
「はっ!」
一万二千人の動作は寸分違わず同じだった。
彼らの第一歩が着地した瞬間、広場が鳴動した。
上野アブアブの第二師団、品川プリンスの第三師団もまったく同様に行動を開始した。すべての師団が地面を唸らせ、前進する光景は異様だった。彼らの最初の任務はジェントルマンを制圧することだ。
『トリカワさん。戻れますか?』
千堂がトラックの荷台にいるトリカワポンズに問いかける。
「お……おお。いま戻る」
『大丈夫ですか?』
「気を失ってたかな。終点で車掌に起こされた気分だ」
トリカワポンズは首をぐるっと回した。
『洗脳した人間を使い始めましたよ。チャンスです』
「まぁ、ちょっと待てって」
『どれくらい?』
「そうだな」
荷台の穴から道路に降り立ったトリカワポンズは、クラウチングスタートの姿勢をとった。
「一秒くらいかな」
急加速したトリカワポンズは一瞬にして公園の敷地に戻り、そのまま高く跳躍した。景色はたちまち俯角に展開し、皇居前広場の全域が見渡せる。すぐ眼下にはバスタ新宿のパンチパーマが見えた。
『アゲダシさん! ナンコツさん! 今です!」
「はい!」
「了解!」
次の瞬間、ふたりとも空中に舞った。
暗雲と師団とのあいだには、雨とジェントルマンだけがある。三人は空中で視線を絡ませ頷きあった。ほぼ同時に、彼らのサングラスが銀色の光を放ちはじめる。
トリカワポンズは十字架のポーズをとり、アゲダシドウフは風神雷神のように身構え、ナンコツは道頓堀グリコの姿勢をとる。銀色の光に包まれた彼らは、その姿勢のまま空中に静止した。それは一万二千の軍団の頭上であった。
そう、彼らはアルケウスではなく、人間たちに対して必殺技を使おうとしているのだ。
トリカワポンズは、第一師団に対して必殺技を放った。
激しい発光は第一師団の全員を包んだ。
光のなかで、彼らは左遷されたことを知った。
最初こそ身にふりかかった不運を嘆いていたが、最後にはみな一様に肩を落として、この場から去っていった。
続けてナンコツが、第二師団に向けて必殺技を発する。
第二師団の全てが銀色の光に覆われた。
彼らはしばらく不平不満を言い合っていたが、最初のひとりが帰ったのを契機に、全員ふてくされて解散してしまった。
ほぼ同時、アゲダシドウフの放つ必殺技が第三師団を襲う。
第三師団は余すことなくその強烈な光を浴びた。
そして彼らは、三々五々、近隣の居酒屋へ消えていった。
アルケウスたちはジェントルマンの放つ光を直視することができなかった。三体とも腕で視覚を遮断し、発光が収まるのを待った。永遠とも感じられる長い時間が過ぎ、ようやく顔をあげたときには、人間たちはひとりもいなくなっていた。
「え? ちょっとなに、ウソでしょ?」
単体になった品川プリンスは、近づいてくるアゲダシドウフを恐れて、後ずさりしていく。
「おいおいおい。勘弁してくれよ……」
弱気になった上野アブアブも、ナンコツと距離を取ろうと後退していく。
やがて三体のアルケウスは、バスタ新宿のもとに集まる形になった。そしてジェントルマンがそれを取り囲む。
「千堂さん」
『見ています。予定通り、三人の合作技でいきましょう』
「了解」
ジェントルマンのサングラスが輝きだしたのを見て、バスタ新宿が慌てて止める。
「待て待て待て! ちょっと待って! 仲間になろう。いや、仲間に入れてください! いや、下っ端でいいので雇ってください! 一生かけて償います!」
あまりに激しく首を振るので、パンチパーマから水滴が飛び散っている。それが品川プリンスと上野アブアブに降り注いでいるが、二体とも媚びるような笑顔をジェントルマンへ向けるのに必死で気づいていない。
「今のセリフ、後悔するなよ」
トリカワポンズの言葉と同時に、三人の身体が銀色の光に覆われた。
その激しい発光は、皇居外苑から丸ノ内、日比谷まで及んだ。
*
「畜生!」
黒霧島はデスクに拳を叩きつけた。
「あいつら絶対に許さねぇ!」
蹴り飛ばされたOAチェアーが、大きな音をたてて床に転がる。
「黒霧島。オフィスを壊すなよ」
「うるせぇ。お前だって負け続けじゃねぇか」
「いま俺の話をしてないだろ」
「ああ?」
鋭い眼光で白霧島を睨みつける。
「仲間割れしている場合じゃないからねェ」
ハイボール大佐がふたりの仲裁に入る。しかしその眉間のシワは深い。
「ジェントルマンが合作技を使うようになったのは、やっかいだからねェ」
「そうか。仲間割れか」
白霧島がエプロンのポケットから出した手を鳴らした。
「大佐、仲間割れのアイデア、使わせてもらいます」
「ほう。なにか思いついたのかねェ」
「ええ。合作技は、合作させなければいいんです」
「なるほどねェ。次は期待しているよ」
「はい。お任せください」
そのとき、大佐のスマホがけたたましく着信を知らせた。
「……なんか。丸ノ内あたりの飲食店が急に混雑したせいで、近隣のオフィスからデリバリーの注文が殺到しているそうだねェ。臨時で勤務してくれないかってメッセージが来たねェ。ちょっと行ってくるよ」
*
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
ジェントルマンを迎え入れる千堂の表情は、いつもより晴れやかさが増している。彼女はバスタオルを三人に配った。
「いやー、これは気持ちいい」
「雨の中の肉弾戦。初めてでしたね」
「とりあえず、熱いお茶でも飲みましょう」
四人はテーブルを囲み、緑茶で一息つく。ナンコツのメガネが曇っている。
「しかし、千堂さんの指揮だと戦いやすいですね」
「ちょっとSだけどなぁ」
「博士もそうでしょ」
「無駄口が多いんだよな。博士は」
「それはそうと、アルケウスを消滅させなかったんだな。今回は」
トリカワポンズの問いに、千堂が答える。
「ええ、まぁ。今回のは人を死なせていませんからね」
「でも、また悪さをするんじゃないか?」
「それはできないですよ。皆さんの必殺技が有効なうちは、苦役が続きますので」
「どこでなんの苦役をしているんだ」
「北海道ですよ」
「北海道でなにを?」
「日本海からバケツで汲みあげた海水を太平洋に注ぎ、太平洋で汲みあげたものをオホーツク海に注ぎ、オホーツク海で汲みあげたものを日本海に注ぐ、シンプルなお仕事です」
一同が湯呑みを持ったままフリーズする。
「そ……それはいつ終わるんだ」
「いずれかの海が干上がるまで続きます」
「……千堂さん」
トリカワポンズは表情の死んだ顔で、千堂を見つめた。
「……あんたが味方でよかったよ」
第4話 支配と優越 完
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)