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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第5話 保身と防衛 【7,8】

<2,400文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 7 】

 アルケウスを追って、ナンコツはレールの上を走り、トンネルの外へ出た。レールといってもそこはモノレールだ。幅80センチほどのコンクリートの走行面は、障害物もなく走りやすい。
 追いかけるナンコツのことをときおり振り返っては「けけけ」と挑発するように笑い、アルケウスは整備場駅方面へ走り続ける。

 トンネルを出ると上り坂に変わり、たちまち軌道面高は11mに達した。ナンコツは夢中で追いかけるが、足がすくみ出した。アルケウスの小さな後ろ姿がさらに小さくなる。
 アルケウスは小動物の姿をしたまま、整備場駅へとたどり着いた。高架の上に設けられたその駅に乗客はまばらだ。ホームの端にスマホに熱中している女性がいる。彼女のそばで球体になったアルケウスは、何度かバウンドしたあと、体当たりをした。
 跳ね飛ばされた女性はガラス壁を破り、11m下の路面に転落した。

「けけけけ」

 再び小動物姿に戻ったアルケウスは、モノレールの軌道上へ復帰すると、さらに昭和島方面へ向かって駆け出した。

 グルグルに穿たれた五つの窪み。そのうちのひとつに指を突っ込んで、ハイボール大佐はザラザラと結晶をかき回した。黄色いそれらは琥珀のようでもあり、黄水晶のようでもある。
「どうしましたか? 大佐」
 白霧島の問いに、大佐はすぐには答えない。結晶を指先で弄び、その感触を楽しんでいるようだった。
「いやなに。黄色は……そろそろだなと思ってねェ」
「そうですね。今回の”保身と防衛”が結晶化すれば、黄色は満タンになりそうですね」

 その台座の中心には球形の水槽が水を湛えており、水槽を取り巻くようにして、台座の表面に五つの窪みが穿ってある。それぞれの窪みは線で結ばれているため、上から見下ろせば五芒星の形を成している。窪みに収められた結晶は赤色、青色、紫色、緑色、そして黄色に色分けされていた。

「やっとひとつ満タンになるねェ」
「長かったですね」
「ジェントルマンがなかなか上手に邪魔をするからねェ。新旧ともに」
 白霧島は気まずそうに笑った。
「いや、まぁ。大佐、いじわる言わないでくださいよ」
 大佐は微笑みで返す。右眼の無機質な補助具ばかりが印象に残りやすいけど、この人の笑顔は人懐こいんだよな、と白霧島は思った。
「しかし今回も、ジェントルマンがぴったり後ろにつけているねェ」
「このタイプは身を守ることに関しては一流ですし、なにしろ身を守ることこそが欲望ですからね。ヤツらが攻撃をすればするほど、満足して結晶化へまっしぐらです」
「しかも合作技が使えないしねェ」
「はい。事前にやつらの一角を崩せたのは儲けモノでした」
「そういえば黒霧島は草野球だったかな?」
「今はバイトですね」
「この調子なら、彼がバイトから戻ってくる前に、結晶化まで持っていけるかもしれないねェ」
「ええ。あいつがサイゼリヤの厨房から出る前には終わるでしょう」

【 8 】

「おい! もっと速く走れ!」
 追いついたトリカワポンズがナンコツを叱咤する。彼は隣の軌道上にいる。ふたつの軌道は5mほど離れており、その隙間から11m下の地面が見えている。
 小柄なトリカワポンズは重心が低いせいか、限られた幅でもぶれることなく走っていた。ナンコツは両腕でバランスを取りながら、腰を落として膝下だけをしきりに動かしている。
「僕はこれで精一杯です!」

 ようやく整備場駅のホームに差し掛かったとき、女性が転落する瞬間を目撃していた人々が、いっせいにナンコツを指さした。「あいつだ。あいつが突き落とした」という声が聞こえる。
「ナンコツ、おまえがやったのか?」
「そんなわけないでしょう。それに、いま着いたとこじゃないですか」
「そうだよな」
「アルケウスが突き飛ばしたんですよ。僕は見ましたから」
「とりあえず、走り抜けろ! 追うぞ!」
 せめて駅通過時くらいホームを走りたかったが、犯人の疑いをかけられているいま、軌道上のほうが安全だろう。ふたりはそのまま整備場駅を駆け抜けた。
 背後から「あの背の高いほうが突き落としたんだ! 俺は見たぞ!」という叫び声が聞こえる。
「ひょっとしたらヤツは、記憶を書き換えられるんじゃないか?」
 器用に走りながら、トリカワポンズが言う。
「でも、アゲダシドウフは監視カメラの映像が証拠になったって」
「そうだな。認識を捻じ曲げられるというほうが正確か。監視カメラの映像も、人間が見ているわけだからな。目で見た情報が、脳で処理される」
「ということは」
「さっきの女性も、もし生きていたら、お前に突き落とされた認識になってるんじゃないか」
「そんな……」

 高架駅である整備場駅を過ぎると、軌道は次第に低くなっていく。昭和島に渡るトンネルに差し掛かるからだった。高度が下がると、ナンコツの足もスピードを取り戻していった。
「現金なやつだな」
「これは本能ですから」
「おまえ、前回もっと高くジャンプしてたじゃないか」
「皇居前広場ですか。そういえばそうですね。人間って不思議です」
「博士みたいな口ぶりになってるぞ」
「急ぎましょう。置いていきますよ」
 いつもの調子を取り戻したナンコツが、速度をあげてトンネルに入る。瞳孔が光の調整を済ませ、視覚が復活した瞬間、ナンコツの眼前に黒い球体が迫っていた。
「けけけ」
 反射的に払いのけたその裏拳は、やはりビーズクッションのように吸収された。
「しまった!」
 まさにトンネルに入ろうとしていたトリカワポンズが吹き飛び、擁壁に後頭部を打ち付けた。
「けけけ! けけけけ!」
 黒い球体が割れ、なかから現れた小動物のようなアルケウスは、両腕の先にある盾のような半球体を、馬鹿にするように上下した。

「けけけけ!」

 その笑い声は、トンネルの出口に向かって消えていった。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)