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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第5話 保身と防衛 【1,2】

<2,500文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

【 1 】

 その朝は博士をのぞく全員がいささか不機嫌だった。
 北海道出張から戻ってきた博士が、当然ながらお土産として五勝手屋ロールを持参するだろうと期待していたのだが、それがきれいに裏切られたからだ。

「いや、だって、ああいうものはその場で食べないと」
 千堂もナンコツも返事をしない。トリカワポンズだけが相槌を打ってくれている。アゲダシドウフはまだ出勤していなかった。
「その風土があってこその食文化ですから。ねぇ」
「言っていることはわかるけどな」
「わかるでしょ」
「ひとりだけ公費で食べて帰ってくるってのは、さすがにな」
 今度は博士が不満そうにふくれる。
「公費公費って言ってますけどね。私費ですからね」
「そうなのか?」
「そうですよ」
「私費だったら出張じゃなくて、旅行って言えばいいだろ」
「旅行じゃないですよ。プライベートじゃないですから」
「じゃあ、公費じゃないか」
「言っときますけど、みなさんの給料だって私費ですからね」
 トリカワポンズの目が点になった。
「どういうこと?」
「全部私のポケットマネーから出ているってことですよ。あなたの給料も。千堂くんの給料も、ナンコツの給料もね」
 後半だけ、ふたりに聞こえるように声を張り上げるのがいやらしい。
「そういえば、博士は資産家だって聞いたな」
「正確には、親が資産家でした。他界したときに引き継いだだけで。私にはお金を生み出す才能はないんです。使うほうには長けてますが」
「金の使い方に長けてるやつが、手ぶらで戻ってくるわけないだろ。ちゃんとお土産買ってみんなのハートを掴むもんだ」
 博士は汚れてもいない両手を白衣で拭いた。
「まぁ、今回に関しては私に責任の一端があるでしょうね」
「一端じゃないだろ。全端だろ」
「一端くらいでなんとかなりませんか」
「誰と分担する気なんだ」

 電気ポットが湯沸かし完了を告げたので、さっそくナンコツがお茶のおかわりを注いで回った。ひとりぶんを除いて。
「しかし、これだけの研究施設を私費で建てるなんて、とんでもない道楽だな」
 熱いお茶を啜り、視線だけで阿佐ヶ谷研究所を見回しつつ、トリカワポンズが呟く。
「道楽でやらないとね。こんなの公にできませんから」
「まぁ、アルケウスと戦っているなんて言っても、世間は信じないもんな」
「信じないでしょうし、この研究の過程でアルケウスが生み出されたなんてバレたら大変ですから」
「なんだって?」
「ちょっと博士……」
 はじめて千堂が会話に加わった。
「……それはもうちょっと別の機会のほうが」
 そこまで言ったところで彼女のスマホが鳴った。アゲダシドウフからだった。

「え?」
 千堂の通話中に、さらに博士を追求しようと考えていたトリカワポンズも、次の言葉を聞いて中止せざるを得なくなった。
「警察に……連行?」

【 2 】

 アゲダシドウフの住まいの近所に、小さな公園がある。といってもほとんど人が立ち入ることはない。遊具が乏しかったり、植え込みのせいで薄暗いということもあるが、ホームレスが生活拠点にしていることが大きな理由だった。
 そのホームレスが殺害されたのが三日ほど前。死体発見の直前にこの公園を訪れたのがアゲダシドウフだった。少なくとも近所の駐輪場の監視カメラには、彼の姿が映っている。

「アゲダシドウフはそんなことしないでしょう」
 博士の言葉に、みんなが深く頷いた。
「うちのメンバーでもしやるとしたら、トリカワポンズくらいです」
「おい、ちょっと待て」
「そもそも、ブラックスーツを着ているときなら一般人なんて一撃で粉砕できますからね。わざわざノーマルの状態でやる意味がありません」
「語弊がある言い方だが、アゲダシドウフを弁護してるんだよな、一応」
「もちろん。ただ、こんな説明は警察には通用しません。立場を悪くするだけです」
「そうだろうな。俺ならあんたを逮捕するよ」
 それまで静かに聞いていた千堂が立ち上がった。
「とりあえず、できることをやりましょう。トリカワさん、ナンコツさん、ホームレスの殺害現場まで行ってもらえますか。調べてみましょう」
「構わんけどな。俺たちが行っても、捜査できることなんてたかが知れてるぞ」
「それでも、なにか動かないと」

 その日の夜、ある中学校の職員室から出火した炎は、いくつかの教室を焼いたのちに消火された。階下にあった保健室や図書室は、水浸しになって使用できなくなり、学校は無期限休校となった。重要参考人になったのは、ある在校生だった。
 翌早朝、建設会社の駐車場を出たトラッククレーン車が、最初の交差点を曲がりきれずにコンビニの敷地に侵入、停車中の軽自動車を巻き込みながら建物に衝突して止まった。立ち読みをしていた男性が死亡し、軽自動車の女性が重体。運転手はその場で逮捕された。

「おはよう。千堂さん」
「あ、おはようございます。トリカワさん」
 駅から職場に向かう道中で遭遇したふたりは、並んで歩くことにした。小柄なトリカワポンズより、千堂のほうが拳ひとつつぶん背が高い。
「昨日はなにも手がかりはなかったですね」
「そうだな。まぁ、俺たちは捜査は素人だからな」
「アゲダシさん、大丈夫でしょうか」
「やってないんだから大丈夫、と言いたいところだが、世の中は性善説で動いていないからな。無責任な気休めは言えないな」
「そうですよね……」
「ところで、最近は本名で呼ばないんだな」
「え?」
「トリカワさんとか、アゲダシさんとか呼んでるだろ」
「なんか、馴染んじゃいましたね。本名のほうが違和感あるというか、照れがあるというか」
「わかるわかる」

 ビルのエントランスまであと十歩に迫ったところで、背広の男がふたり、紺のジャケットの女がひとり、目の前に現れた。
「おはようございます。ちょっといいですか」
 男は妙に腰が低い。
「出勤途中で申し訳ないんですけど、ちょっとご協力いただけませんか」
「なんでしょうか?」
「千堂彩さんですよね。架空請求詐欺について捜査していましてね。参考人として捜査協力をお願いしたいことがあるんですよ」

 千堂とトリカワポンズは、顔を見合わせた。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)