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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第5話 保身と防衛 【3,4】

<2,200文字・読むのにかかる時間:4分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

1,2】はこちら

【 3 】

「迂闊に出歩けませんね」
 アゲダシドウフに続けて千堂まで身柄を拘束されたとあっては、ジェントルマンが狙われていると考えざるを得なかった。博士は頭を掻いた。
「たちまち三人になってしまったな」
 トリカワポンズが首を振る。
「……午後には二人になっているかも」
 ナンコツの顔色は青い。
「まぁ、そのぶんお茶菓子の割り当てが増えるのはいいことですが」
「なんであんたは無事である前提なんだ」
「だって、誠実に生きてますから」
「誠実って言葉を辞書でひいた方がいいぞ」
「いまはWeblioで検索でしょ。古いですよ、トリカワポンズ」
「そういうところだよ」

「……ところで」
 ナンコツがメガネのブリッジを中指で押し上げた。その指は心なしか震えているようにみえる。
「昨晩から世間が騒がしいのも含めて、アルケウスの仕業ではないかと思うのですが……」
「ふむ。確かに」
「アクアリウムには反応がないのでしょうか……」
 博士は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「業務時間外に反応があったのかもしれません」
「は?」
 ナンコツとトリカワポンズは揃って同じリアクションをした。
「だって、うちの業務時間って9時から18時じゃないですか。日中にアルケウスが現れた場合はすぐ対処できますが、夜間早朝はちょっとムリです」
「そんな……お役所な」
「皆さんがいかに勤労意欲があったとしても、あんまり残業してもらいたくないんですよね」
「そうはいっても、敵は来るでしょ」
「それが意外なことに、ほとんど現れないんですよ。向こうもあれじゃないですか。労組とかうるさいんじゃないですかね」
 ふたりの開いた口はふさがらない。
「でもまぁ、新しい36協定を結んで、繁忙期として業務時間を拡大した可能性は否定できません。ちょっとアクアリウムのログを見てみましょうか」

 コントロールエリアへ消えていく博士の後ろ姿を見送ったあと、トリカワポンズは緑茶を淹れることにした。開けたままだったせいだろう、なにしろ口が異様に渇いているのだ。

【 4 】

 結局、ナンコツの予感は的中し、アクアリウムはエスエナジーの局所的な上昇を捉えていた。深夜から早朝にかけて、火災があった中学校と、事故を起こしたトラッククレーン車の駐車場所と一致している。そして、アゲダシドウフの近所の公園にも、出現したであろうログが残っていた。

「アゲダシドウフと千堂くんが逮捕されたということは、我々に狙いを定めているのは間違いありません。次の一手は、こちらから打つべきでしょう」

 そう主張する博士に従って、阿佐ヶ谷研究所の面々は堂々と外出することにした。彼らはいま、東京モノレールの羽田空港行きに乗車している。
「いやぁ、出張帰りのときに美味そうな甘味処を発見したんですけど、スルーしちゃったんですよね」
「それが理由で羽田空港に向かっているのか?」
「アルケウスをおびき出すだけだから、向かう先はどこでもいいでしょ」
「それはそうなんだけどさ」

 東京モノレールの車両中央には、景色を眺められるよう、横列シートが外側に向かって配置されている。三人は並んでそこに座っていた。ナンコツは呆けた顔で、窓外を流れる景色を眺めている。東京湾の一部をなす運河と、人の住まう陸地と、それを繋ぐ道路が入り乱れており、立体的な幾何学模様のようなそれらが、過たず機能しているかと思うと胸がすくような気持ちになる。
「大丈夫ですか? ナンコツ」
「いや、あの」
「どうしました?」
「ときどき、ガラスに映るんですよ。僕たちが」
「それがなにか?」
「博士。どうして白衣で来ちゃったんですか。めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……」
 トリカワポンズとナンコツはいつも通りのブラックスーツにサングラス。ふたりに挟まれるようにして白衣姿の博士がいる。
「……なにか問題でも?」
「まるでメン・イン・ブラックが異星人を連行しているみたいです」
「あんな禍々しいのと一緒にしないでください」
「博士の顔が割れてなかから本体が出てくるんですよ」
「ナンコツは観察力だけでなく、想像力も豊かなんですね」
「もしくは”逃走中”の新バージョン”護送中”ですかね」
「どうしても捕らえられたことにしたいんですね。私が指揮官の科学者で、ふたりが手足となって動く下僕という風には見えませんか」
「だとしたら戦闘力を求めたいところですが」
「戦闘力はゼロに等しいです」
「そうですね。ドドリアにスカウターで測られたら”小動物か虫でしょう”と言われそうですし」
「知的生命体ですらなくなってるじゃないですか」

 車両は整備場駅を過ぎ、次の天空橋駅へ向かう。そこまで高架を走っていたモノレールは、次第に高度を下げてトンネルへと向かって降りていく。眼下にあった景色がゆっくりと近づき、見慣れたアイレベルになったかと思う間もなく、コンクリートの壁がせり上がるようにして視界を遮っていった。
 先頭車両の最前列に陣取った子どもが「トンネルだ!」とはしゃいでいる。
 車両全体が地下に潜り、日光が遮られたまさにその瞬間、車内のライトが消えた。それは時間にしてわずか五秒程度のことだった。
「トリカワさん!」
 照明が回復すると同時に、ナンコツが立ち上がる。
「どうした?」
「あれを!」
 指差す先では、運転席と客席を仕切るガラスが砕けているのが見えた。残った部分に、赤い飛沫が付着している。

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)