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出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第5話 保身と防衛 【5,6】

<2,400文字・読むのにかかる時間:5分>

1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。アーカイブはこちら。

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【 5 】

 照明が回復したとき、運転席と客席を仕切るガラスが割れていた。
「いくぞ!」
 ブラックスーツのふたりは、旅行気分に浮かれる乗客たちをかき分けて運転席へ向かう。車両は、通常ではあり得ない速度で天空橋駅へ接近し、しかし急減速を開始した。デッドマン装置が作動したのだ。
 慣性によって全乗客の身体は前方へ振られる。その勢いを利用してトリカワポンズとナンコツは一気に歩を進めた。

 最前列では、つい先刻まではしゃいでいた子どもが、あっけにとられた顔で割れたガラスを眺めている。トリカワポンズが親子を後方へ下げ、ナンコツは残ったガラスを砕いて進入路を確保する。
 果たしてふたりが運転席へ突入したとき、運転士は頭部を砕かれて、すでに息絶えていた。後頭部にはバールが突き刺さったままだ。
「……どういうことだ?」
 トリカワポンズが運転士の顔を見ようとしゃがみこんだとき、足元の影に違和感を覚えた。
「おい……ナンコツ」
「は……はい」
「アルケウスがいる」
「え?」
 影は二度バウンドした。そして三度目は大きく跳ねあがり、その姿を見せた。それはバスケットボール大の黒い球体で、輪郭がやや滲んで見える。反射的にナンコツが躱すと、狭い運転室内を跳弾のように飛び回った。
「なんだ……こいつは」
「どけ!」
 目の前に来たタイミングを逃さず、トリカワポンズが右拳を叩き込んだ。まるでビーズクッションを殴ったかのような手応えだった。球体はその位置をまったく変えずに静止している。
 一瞬の間をおいて、ナンコツが吹き飛んだ。
 先頭車両が天空橋駅のホームにかかっていたことは幸いした。吹き飛ばされたナンコツは運転席専用のドアを破り、さらにホームドアの戸袋部分を倒して、滑るようにホームに転がった。

 横たわる彼の元に、駅員が駆け寄ってくるのが見えた。そしてトリカワポンズは黒い球体に向き直る。それは床で小さくバウンドしていた。
「けけ……けけ」
 球体から、くぐもった笑い声がする。
「けけけけ」
 トリカワポンズはバウンドのタイミングに合わせて右足で蹴り上げた。しかし、さきほどと同様に衝撃は吸収され、黒い球体は何の変化もなくその場で静止している。
 一瞬の後、運転手の死体が跳ね上がった。上半身が天井を大きく湾曲させ、下半身はフロントガラスを破砕した。振り上げられた両脚に引きずられるようにして、運転手の亡骸は割れた窓から転落していった。
「……なんだ?」
「けけけけけけけけ」
 笑い声とともに、黒い球体が真っ二つに割れた。
 中から現れたのは、小動物としか形容できない黒いなにかだった。顔面にあたる部分は細長く、尾にあたる部分はふわりとふくらんでいる。短い腕の先にあるのは、球体の半分づつ。盾のようなそれは両腕と一体化し、ふたつを閉じることで球体のなかに全身を押し込むことができるようだ。
 小動物型のアルケウスは、割れたフロントガラスから飛び出すと、車両の屋根にすばやく登った。
「ちっ!」
 追おうとするトリカワポンズがホームへ降り立つと、そこには意識を取り戻したナンコツが立っていた。
「僕に任せてください!」
「バカよせ!」
 トリカワポンズが静止するより早く、跳躍にのせたナンコツの右足が、屋根のアルケウスを捉える。命中する直前、それは黒い球体に戻っていた。

【 6 】

 ナンコツの蹴りは黒い球体に吸収され、次の瞬間、トリカワポンズが吹き飛んだ。ホームの端に叩きつけられた彼は、白い壁面タイルを砕きながら、床に落ちた。
 ナンコツが戸惑っていると「追いかけて!」と叫ぶような声が響いた。博士がいつの間にかホームへ出てきていたのだ。
 見れば、小動物の形に戻ったアルケウスが、車両の屋根を走っていくところだった。進行方向を逆へ、トンネルの入口へ向かっている。ナンコツはアルケウスを追った。

「トリカワポンズ、大丈夫ですか?」
 博士が抱き起こしながら問いかける。
「ああ、これくらいならどってことない」
「ですよね。さぁ、追いかけてください」
「もうちょっと、優しさを示せないか?」
「今週の大河ドラマは録画しておいてあげます。さあ追いかけてください」
「録画は自分でしてるからいいよ」
 立ち上がり、首をコキコキと回す。

「そうだ。大事なことを思い出しました」
「追いかけろと言ってるそばから別の話題かよ」
「今回、戦闘の指揮がとれません」
「なんで?」
「いや、だって研究所から出てきちゃってますから」
「あんたアホだろ」
「昔はよくそう言われました」
「昔の人のほうが正直なんだな」
「これから急いで研究所に戻ります。幸い、京急は動いているので、蒲田経由で」
「なに経由でもいいけどさ。まぁ、安全に帰ってくれよ。戦闘は前回、千堂さんとやったおかげで、必殺技をかなり自分の意思で出せるようになってきたからな」
「そうそう。あのアルケウスは”保身と防衛”です。あのタイプは人前に引きずり出されるとボロが出ますので」
「なるほど。参考にさせてもらう」
 そこまで言うとトリカワポンズは、残像を残して走り去っていった。ホームの端にたまっていた埃が舞い上がったせいか、石の粉末の匂いがする。
「まてよ……」
 博士は顎に手を当てて、二秒だけ考えた。
「京急だったら羽田まで行けるから、甘味処に寄れるかも」

「……羽田まで、お急ぎですか?」
 味を思い出して唾液の分泌が促進されているところに、突然の声がした。驚いて顔を上げたので、ヨダレが出ていたかもしれない。そこに立っていたのは警察官だった。
「ええ……まぁ」
「急いでるところ、申し訳ないんですがね」
 ふたりの警察官は肩の無線機に手をあてている。
「白衣を着た男が、モノレールの運転手をバールで殴ったという目撃証言が相次いでいるんですが、お話を伺えませんかね」

つづく

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)