【長編小説】魔力(7)
こんにちは、keiです。
魔力7回目の投稿になります。
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魔力(7)
玄関を開けると料理の香ばしい匂いがした。この日は珍しく夕食を用意して帰りを待っていてくれていたらしい。
「おかえりなさい」
出迎えてくれた妻の顔には笑顔が作られていた。リビングには妻の自慢の料理が並んでいた。今日はハンバーグのようだ。もう零時過ぎの遅い時間であったが、それでも奈緒子の料理は美味しそうだった。
「また事件が起きたの?」
奈緒子は既に夕食を済ませていたようで、食卓で向かいに座るとコーヒーを飲みながら聞いてきた。
「なんで分かるんだ?」
「あなたの顔を見てたら分かるわよ。何年一緒にいると思ってるの」
妻の顔は先ほどにも増して笑顔になったような気がした。年齢のせいなのであろうが笑うと以前は無かった目尻の皺が目立っていた。
「ねぇ、あなた見て。今日これ買ったんだけど、どうかしら? 似合う?」
そう言って奈緒子はバックを見せてきた。赤色の手さげほどの大きさで、全体についているラメが反射して輝いていた。上機嫌のわけはこれか。
「いいじゃないか。とても似合ってるよ」
奈緒子の洋服や身に着けている物がここ最近になって急に派手な物に変わっているのが気にはなっていたがそれで奈緒子が明るくなるならと言及はしないでおいた。
家に引きこもることが多かった妻が外出していることが増えて、仕事で何日も家を空けている間に奈緒子がどこで何をしているのか詮索するようなことは考えないようにして避けていた。
ふと、テレビに目を向けると野党、幸福党の党首である鳥海が記者にマイクを向けられて話しているところだった。とても厳しい目つきでカメラを睨んでいる。
幸福党はまだ人数が二十人ほどしかいない小さい野党だ。鳥海はまだ若い党首だが、端厳と言うべき、はっきりとした輪郭と鋭く光る炯々たる目を持っていた。髪は短く刈られていて、唇は厚く、重厚ある声で喋っていた。
内容を聞いていると、どうやら与党の不適切な発言が問題になっているようだった。鳥海は国会で厳しく追及します、と話してした。
「この人、若いのにすごいね」
気づくと奈緒子も一緒にテレビを見ていた。
「まだ三十九歳なのに大した男だ」
自分の思っている以上に声が大きくなっていた。
「こんな人に追求されたら、私なんでも言っちゃいそう」
奈緒子は笑っていた。いったい何を追及されるというんだ。いっそのこと鳥海に頼んで、妻が誰と遊んでいるか追求してもらえれば洗い浚い吐き出すのではないだろうか。きっと、あれだけの威圧感で迫られたら喋らざるをえないだろう。そんなことを考えていると奈緒子が「あんな人が首相だったらいいのに」とつぶやいた。
現に最近見たテレビで、政治について街頭でインタビューされていた主婦らしき女性が「鳥海さんに首相してもらいたい」と言っていた。同じような意見は他の人からも多く聞かれた。
もし、次の選挙で政権交代が起こって、鳥海が首相にでもなったら異例なことだし、幸福党が与党の第一党になれるとも思えなかった。だが、国民が政治に目を向けることだろう。
鳥海ならやってくれると期待するに違いない。大多数の意見と同じで鳥海なら、自分の利益だけに走らず真実のみを語ってくれるのではないかと期待していた。
奈緒子の料理は相変わらず美味しくて久々の手料理にもかかわらず、味は申し分なかった。そこら辺の安い店よりも美味しいのではないかと思えるほどだった。
一口食べる度に肉汁が口の中に広がり、ハンバーグの美味しさを最大限に引き出したような味だ。帰ってくるたびに、これだけの料理が準備されていたら家に帰るのが一層に楽しみになるだろうに。奈緒子の方に目を向けると、まだテレビを見ていた。
次の日、午前中は捜査本部で前日の報告とこの日誰がどのように行動し、どのような捜査をするのか確認がなされた。たいていの者は前日の捜査を引き継ぐことになった。
本部に一度染み付いてしまった弛緩した雰囲気では話を聞いているのかどうかも怪しい者ばかりだ。そんな奴らと同じ場所にいて同類のように扱われることが我慢ならなかった。
「犯人のものと思われる指紋と髪の毛があるからといって気をぬくな。必ず犯人逮捕に繋がる情報を掴んで来い。以上、解散」
竜さんの号令が終わると足早に皆が散っていくなか、さっそく前日に話し合ったとおりに東商館高校を下ったところにある村田と青木佳奈が最後に別れた大通りへ向かった。
警察はただ事件を解決するだけの存在ではない。被害者の思い、最後のメッセージを遺族に届けなければならない。最後の瞬間にどんな行動をしていたか、これも遺族に届けることで被害者からのメッセージになる。遺族が次に進むためのきっかけをつくってあげなければならないのだ。そうしないと、残された者はいつまでも前に進むことができないままだ。そのためにも、ここに眠る犯人の情報をなんとしても掴まなければならないのだ。
向かい側にある小学校は昨日の夜に見た様子とは違い、全面に日差しを浴びて、白色の壁がより輝いているように見えた。
昨日は暗くて気づかなかったが三階建ての校舎には体育館とプールがあって大きな小学校だった。周りは金網のフェンスで覆われていて正面の出入り口は頑丈な門で閉ざされていた。
校庭には鉄棒やジャングルジムに滑り台があった。グランドの広さはサッカーの試合であれば二面使えそうなぐらいあった。昼休みになると生徒達が一斉に校舎から校庭に出てきて遊ぶのであろうと想像できた。
小学校の隣には一本道路を挟んでアパートがあった。このアパートから通っている生徒もいるだろうし、運動会の時なんかは、アパートに住む親同士で集まってお酒でも飲みながら我が子を応援するのかもしれない。
小学生の頃は運動会の時に両親が親戚で集まってそういう応援をしていた。我が子が必死に走っている姿でもお酒の力には勝てなかった。
振り返ると目の前にクリーニング店があった。そこから間をあけて居酒屋が店をかまえていた。さらに、その奥には暗い中で見た時にはよく見えなかったが、改めて見ると全面を木目調で造られたカフェが見えた。
クリーニング店からカフェまでは距離にして約三キロ程ありそうで、そこから先はゆるやかなカーブになっていて先が見えなかった。
青木佳奈が下校時に通る道はこのクリーニング店や居酒屋がある方で、この先に青木佳奈の家がある。夜になると建物がひしめき合って輝き溢れる方に比べると暗くはなるが、これだけのお店と団地に小学校があれば目撃者の一人ぐらいはいるはずだ。
まず始めに一番近くにあるクリーニング店に足を向けた。店の外観は屋根以外全てがピンク色で塗られていて、そのピンク色の鮮やかさが通りに対して目立って見えた。遠くから見てもすぐに分かる程だ。
入口の上の看板部分には白いペンキで店の名前と鳥の絵が描かれていた。それが何の鳥なのか、そして何を意味するのかは分からなかった。
扉を開けて入ると、店内は十人ぐらい人が入れるスペースが広がっていて、端には四人ぐらいは座れそうなイスが置いてあった。
目の前にはカウンターがあり、その奥にはビニールに包まれた様々な衣類がハンガーにかけられていた。カウンターの中では四十代くらいと思える女性が何やら書き込んでいた。
従業員と思われる女性はいらっしゃいませと言って顔を上げてこちらを見た。衣類を何も持っていないところから受け取りにきた客だと思われたらしく、視線が手元にいくのがわかった。
魔力(7)終
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