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この街で


東京に上京してきた9年前の初夜

ほぼ埼玉みたいな都境の1K6畳
家賃3万8千円の1階角部屋で
18歳の僕は誰に誓うでもなく
ひとり心に決めたことがあった

「絶対、この街で成功してやる」

「あの街(仙台)には絶対に戻らない」

メラメラ燃えたぎる野心と功名心
そして夢と希望を目一杯抱え込んで
この街には闘いに来ている、と息巻いていた


あれから9年、上京してきて10年目になる

当時の気持ちを同じ温度で
燃やし続けているかと言えばそうでもなくて

大切なお客様に恵まれて
数少ない心優しい友人に救われて
尊敬する人に出会って
人生観を変えられる出来事があって

沢山考えて、迷って、悩んで苦しんできて
悪戦苦闘、四苦八苦、七転八倒しながら
辿ってきた9年分の道筋を振り返ってみると

いつの間にか、もう
今では成功を願うことはしなくなっていた


それは生活が安定して
自分の哲学と美学を曲げられることなく
納得する形で、正しいと思う方法で
必要な分だけ、望む分だけの報酬を頂けて

会社に依存することなくフリーランスとして
自由に働き方と生き方を選択出来ている
今の恵まれた環境のおかげなのかもしれない


ある日、腐れ縁の友人と飲んでいて
学生の頃の夢とか若気の至りだとかを
あーだった、こーだったと語り合いながら

「"望む生活が出来ている"って意味では
 成功しているとも言えるよな」と言われて

あ、そっか、そうなんだ

と思った


言われて気付くのは情けないけれど
僕はどうやら
あれ程強く切に願ったゴールテープの
1つ目を切っていたみたいだった

なんだか他人事のようで喜びの実感は特にない

ただ
休む間もなく次のコースを走らされている

漠然とこれからも続いていく
次のゴールテープの行列を遠くに見据えて

走りながら、ふと
これからどうしようか、と思った

この街で、僕には何が出来るのだろうか

僕は何をしなくてはいけないのだろうか


この街に来てからの9年間
沢山の人に出会ってきた

優しい人
エネルギーが満ち溢れている人
妙に大人びた人
浮世離れしている人
賢い人
ずるい人
優しくない人
意地悪な人
弱い人
怖がりな人
寂しがりやな人
自分と同じような生きにくさを感じている人
一生懸命生きている人
生きるのをやめた人

その人たちに沢山の影響を受けて
沢山の感情が生まれて、死んで
その積み重ねが今の僕を形作っている

この街で生き続ける限り
これからも沢山の人と出会っていくのだろう

そしてそれは同時に

沢山の人が僕に出会ってきたということ

沢山の人が僕に出会っていくということ


そんなことを考えた時に
"自分がどう在るべきなのか"という問いと
改めて出会い直し、向き合い直したくなった

自分という存在性を
世界から、社会から問われている気がした


人が何かから影響を与えられるとしたら
それは往々にして、行為ではなく存在だと思う

それは僕たちの脳が物語と
とてもフレンドリーな関係を築きやすい
ということと関連しているのかもしれない

世界史上のエポックメーキングな大事件や
歴史を変えた憲法、法律の制定などによって
表出した"行為"ではなく

偉人や賢人の"存在"、その人生の物語性に
僕たちは心を動かされて
場合によっては、否応なく人生の舵を切られる


そして、この世界の様相は
仏教哲学よろしく
関係の網の目によって創り上げられている

一方向的、かつ独立的ではなく
相互補完的な存在性が釈尊の語った世界観だ

要するに
人は他人とどこかで必ず影響し合っている
ということ

僕にとってあなたが大切だ、ということは

僕はあなたによって作られていて
あなたは僕によって作られているということ

僕はあなたなしでは存在できなくて
あなたは僕なしでは存在できないということ

そんな根拠もないことをぼんやり考えた



僕が他人と出会うということは
他人が僕と出会うということ

そんな至極当たり前の単純明快な見解を
実感を伴って僕の五感が改めて認知したとき

この街を少しだけ、好きになれた気がした


この街には嫌な思い出が沢山ある

嫌な人たちにも数え切れないほど出会った

この街で僕は人間の醜さ、愚かさを知り
絶望と寂寥と諦観と仲良くなった

日本の中で最も栄えていて
キラキラしていて煌びやかで、華やかな
ゴミの掃き溜めみたいな、東京


だけどこの街で、もう少しだけ生きてみよう

今はそう思っている

世界と社会に溢れている冷たい当たり前に
HOWとWHAT、WHYを問い続けながら

今で出会ってきた大切な人たちと一緒に
善く生きるために

これから出会う大切な人たちに
善く生きる僕と出会ってもらうために

そして、善く生きるあなたと出会うために

僕はこの街で
自分の生き方を、哲学を問い続ける

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