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「価値観は合わない。合わせるつもりはない。」とふと公園ですれ違ったカップルから聞こえてきた。

木漏れ日を求めて明治神宮に行けば、宝物殿方面は封鎖。やれやれと代々木公園を散歩していると、タイトルの下りを耳に拾った。

彼女が彼氏に言っていたけど、あんまり良い顔をしていなかった。怒っているというか、諦めた感。感情は剥き出しだ。
こんな経験は皆さんにもあると思う。

そんな状況を迎えている人、これから迎えるかもしれない人は何かの為になるかもしれないので読んでみて欲しい。
でもきっと今だからこそ必要部分かも。

ではまず、

「価値観の合わせる合わせない」とお互いの「共感するしない」を全く同じとしているのならば、価値観という言葉の認識は曖昧。

「言葉では伝わらない」とか「言っても分からない」と諦めつつ平気で言葉を使う。当たり前に言葉を使ったりしている。
そこに感情の引き金も引きまくる。

言霊という言葉。それを聞いた事があるのならば、知っているのなら。
諦めながら力を知らないまま言挙げる事は無くしていかないといけない。

言語虚構構築能力と読解力、表現力等を高める事に前向きになってみよう。

言葉は最もバグの少ない思考表現ツール。
これを諦めるという事や怠けるという事は、繋がりを拒否しているか、閉塞的な自分の世界にとどまる鎖国状態と一緒でちっとも健康ではないなあとコロナ社会で体感してると思う。

といってもまあ課題はあるのだから新しい社会を作るこのタイミングでその社会の共通言語とか認識はある程度は作られると思うのだけど、せっかくこのフェーズなんだから自分の言葉で新しい繋がりや世界を作ってみてはどうだろうか。

繋がりが世界。
多様なネットワークには、繋がる共通のものが必要だ。これまでは価値観だと合う合わないだと争っていたのだが、そろそろ「共感が必要」となろう。

「思考とは虚構」と前にも書いた。
言葉で価値を言語化すると愛着を生む。アタッチメントする。特定の人やモノの情緒的な絆を作る。
ディティールが全くない状態は、イシューの見極めから必要だからまずは自省しよう。
必要な時間は「暇」ならある。

最終的に何を伝えようとするのか明確に表現する作業。これが自省。
人生はやってみないとわからない。これは若いは特にそうだ。これは自分が分からない時に生まれる。

自分をわからないと諦めるのをやめよう。
描いた虚構の未来の可能性が分からない、という事はどんどんやってみるべき。

インパクトを起こす前に伝える(自省する)。
伝える前に検証する。
検証する前に見立てる。
答えを出す。仮説を立てる。見極める。情報を集める。分析する。
※場に行き出向く一時情報を正確に捉える。
自分なりを感じる。
そんな事をしていたのが自分にとって股旅だったりする。

インプットもアウトプットも噛み締める体験をしよう。

考えたフリをしない。
「何に答えを出すか、何を明確にするか。」
イシューをドリブンさせる。
「問題は解くべき前に解くべきモノなのか。」イシューに対してどこまで明確な答えを出せているか。
答えとは、問題に答えを出す必要性の高さが大切となろう。

そうすると人生に課題が立つ。
マイルストーンを置ける。
勿論、不確実な未来だからこんな今の様な状況の時はスピード感持って切り替える。
何事にもそうだ。ここに「感情がない!」「冷たい!」と感情の引き金を引きっぱなしの人がいる。
要は火傷するくらい熱くなっている。使うどころかとてもそんなモノは持てたもんじゃない。

これもまた安宅さんのイシュードリブンを読んで気付いた事。


人とは人が繋がる。温かいくらいがちょうど良い。
人が人を作る。こねる力に優しさが要る。
人が価値を作る。作る人が違えばわ違うモノなのだから価値は、合う合わないがある。

ダイヤモンドの入った小袋と同じ質量の大豆は価値観が違うのと一緒だ。でももしかしたらそれでも交換したい、という価値観の合う時代が来るかもしれない。
熊本地震の時に生活から水が消えた。普段100円で売っている水を1,000円で売ってくれ!という人がいた。
今のマスク問題もそうだ。

価値観とさそういう事一緒なものも一緒じゃないものもある。
ここが共感力。

というわけで価値とか共感とは、世の中の大半は言葉にも数字にもなっていない。
今も仕事で「新しい単位」や「新しい価値」を生もうと企画の仕事をしている。まあまあこれが大変だ。だっていざ出したとしても売れるか、つまり価値観が合うかは分からない。共感出来るか分からない。
だから客観的に見たり俯瞰したり、データを分析したりする。
マーケティングってそういう事だと思う。

仕事も生活も遊びも読書も体験も恋愛も経験をしても気付きがなければ意味がない。
異なる何かと繋がる事で気付きがある。発見がある。
人に幸せを感じさせるモノの多くは「繋がり」である事を見つけよう。

そんな言葉を作るのは思考と体。
感情は言葉をアウトプットする為の引き金に過ぎない。
価値観を合わせる事だけが繋がりではない。
共感する事が繋がりだ。

「健康な体」と「健康な思考」で言葉を自然にして、
感情というトリガーは引くべき時に引くようにコントロールしよう。

思考と体から生まれた言葉は何を作るのか考えよう。
感情の引き方についても平気で当たり前に諦めている人がいる。

「価値観は合わせるつもりはない。」とふと公園ですれ違ったカップルから聞こえてきた。今回はそんな話。


言葉を直接届ける機会をいつか何処かで作れたら!