音羽居士

有名な小説に定番の解釈があります。違った見方もありますが、大勢にかき消されています。私…

音羽居士

有名な小説に定番の解釈があります。違った見方もありますが、大勢にかき消されています。私もYouTubeで、「音羽居士」の名で考えを発表してきましたが、残念ながら塵芥動画となっている状態です。定番の解釈に一矢を報いたく、この場をお借りして私の解釈を発表させていただきます。

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謎解き『杜子春』(1) 大人のための芥川『杜子春』と李復言『杜子春伝』

〈目次〉 1 はじめに 2 芥川『杜子春』のあらすじ 3 芥川『杜子春』の疑問点 4 李復言『杜子春伝』のあらすじ 5 二作品の設定の比較 6 老人が杜子春を援助した理由 7 鉄冠子の謎とその解明(その1) 8 鉄冠子の謎とその解明(その2) 9 大人のための小説『杜子春』 10 現代人のための小説『杜子春伝』 11 終わりに 1 はじめに  今日は、芥川龍之介の童話『杜子春』とその原作である唐代伝奇『杜子春伝』について、お話ししたいと思います。  私が初めて芥川の『杜子春

    • 漢詩自作自解「登老君山」

       2020年6月26日、張冬晢君から三枚の写真とともにメールが送られて来ました。 「老君山の山頂にたどり着いたよ。金閣寺みたいだろう?」  老君山というのは、河南省洛陽市の南西にある山で、標高2217m、伝説によれば道家の始祖老子(李耳)が晩年この山に隠棲、修練したとのことです。  北魏の時代に山頂に老君廟が建てられ、唐の時代(637年)に太宗(李世民)が「老君山」と名付けました。  私もネットで老君山について調べてみたのですが、「天下無双の聖境」「世界第一の仙山」の名にふ

      • 漢詩自作自解「湖北大送張冬晢之北京」

         私は2017年9月から湖北省武漢にある湖北大学で日本語を教えていました。  2020年1月に一時帰国したのですが、例のパンデミックが起こり、中国への再入国がかなわなくなりました。  その二年半ほどの間、私は大学キャンパス内にある外国人教師の宿舎に居住していたのですが、その間、心やりに漢詩を作っていました。  今回ご紹介する詩はその最初の作品で、2018年4月に作ったものです。  自作の漢詩といっても、実は李白の有名な詩、「黄鶴楼送孟浩然之広陵」のパロディです。  私の友

        • 謎解き『舞姫』⑭(森鷗外)《補説》相沢謙吉という男

           森鷗外は「舞姫論争」を「相沢謙吉」の名で行いました。  つまり、相沢は豊太郎の手記を読んだという設定です。  これはかなり大胆な設定ではないでしょうか。  相沢は当然、手記の結末「されど我脳裡に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり」も読んだことになるからです。  しかし、相沢はこれに怒るわけでもなく、豊太郎のために気取半之丞に反論していることになります。  これはどういうことでしょう。  ひょっとして、相沢は豊太郎のエリス救済計画を知っていたのではないでしょうか。  

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        謎解き『杜子春』(1) 大人のための芥川『杜子春』と李復言『杜子春伝』

          謎解き『舞姫』⑬(森鷗外)――「まことの我」に目覚めた豊太郎――

          8 「まことの我」に目覚めた豊太郎  『舞姫』は決してクズな男の話ではありません。  ただ、天方伯や相沢への裏切りに不快を感じる方もおられることでしょう。  しかし、人はいつも100%正しいことだけを選択しながら生きているわけではないですし、まして豊太郎の場合は追いつめられた状況にあったのです。  100%善の行為と100%悪の行為との選択、というような勧善懲悪的な文学観は、豊太郎の当時でさえすでに乗り越えられようとしていました。  『舞姫』はエリートの自己正当化の話でもあ

          謎解き『舞姫』⑬(森鷗外)――「まことの我」に目覚めた豊太郎――

          謎解き『舞姫』⑫(森鷗外)――豊太郎は断じて「クズ」ではない――

          7 豊太郎は断じて「クズ」ではない  さて、今までの考察に同意していただけたなら、豊太郎が「クズ」ではないことにも同意していただけるのではないでしょうか。  しかし、それでもまだ豊太郎の言い訳がましさを快く思わない方もおられることでしょう。  確かに、豊太郎の告白の中には責任転嫁や自己弁護と思われるところが多々あります。  例えば、エリスの手紙を読んで、初めて自分の置かれている立場を自覚したところ。  愛か仕事かという二者択一の問題にすり替え、読者の同情を誘うような書き方をし

          謎解き『舞姫』⑫(森鷗外)――豊太郎は断じて「クズ」ではない――

          謎解き『舞姫』⑪(森鷗外)――舞姫論争における鷗外の忍月批判――

          6 舞姫論争における鷗外の忍月批判  豊太郎の「エリスとその子を日本に呼び寄せる」という決意は、作品の中に全く書かれていません。  しかし私は、豊太郎は手記の中でその決意の痕跡をとどめたと考え、その根拠を四点挙げました。  もう一点、舞姫論争における鷗外の発言の中にも、ほんのわずかではありますが、その根拠を求めたいと思います。  彼は石橋忍月との「舞姫論争」の中で、次のように言います。  ――太田生は真の愛を知らず。然れども猶真に愛すべき人に逢はむ日には真に之を愛すべき人物

          謎解き『舞姫』⑪(森鷗外)――舞姫論争における鷗外の忍月批判――

          謎解き『舞姫』⑩(森鷗外)――豊太郎が真意を語らなかった理由――

          5 豊太郎が真意を語らなかった理由  この手記の目的、それは「人知らぬ恨みを消すこと」です。  「人知らぬ恨み」とは何でしょうか。  それは身ごもった上に発狂したエリスをドイツに残してきたことへの悔恨です。  エリスが身ごもったことも発狂したことも、元をたどれば豊太郎の思慮のない言動により引き起こされたことです。  何としてもエリスを救い出さねばなりません。  しかし、豊太郎は、エリスを捨てることを条件に帰国と復職が認められました。  彼の決意は公表できることではありません。

          謎解き『舞姫』⑩(森鷗外)――豊太郎が真意を語らなかった理由――

          謎解き『舞姫』➈(森鷗外)――「一抹の雲」の意味――

          (4) 「一抹の雲」の意味  帰国の船中での豊太郎の心中は次のように描かれています。  ――此の恨は初め一抹の雲の如く我が心を掠めて、瑞西の山色をも見せず、伊太利の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を厭ひ、身をはかなみて、腸日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の翳とのみなりたれど、文読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響きの如く、限なき懐旧の情を喚び起して、幾度となく我が心を苦しむ。――  本文は、「初めは…、中頃は…、今は…

          謎解き『舞姫』➈(森鷗外)――「一抹の雲」の意味――

          謎解き『舞姫』⑧(森鷗外) ――エリスの母が豊太郎をおとなしく日本に帰国させた理由――

          (3) エリスの母が豊太郎をおとなしく日本に帰国させた理由  手記の中では、エリスの母は豊太郎の依頼に納得し、特に騒ぐこともなく彼を帰国させたように見えます。  それはなぜでしょうか。  それは、豊太郎からエリスとその子の将来についての保証、つまり「必ずエリスとその子を日本に呼び寄せる」という保証を得たからです。  エリスの母が納得するかしないかだけの問題ではありません。  豊太郎はどう考えたか。  豊太郎は結果的に倫理的であったかどうかはともかく、少なくとも彼自身は倫理的

          謎解き『舞姫』⑧(森鷗外) ――エリスの母が豊太郎をおとなしく日本に帰国させた理由――

          謎解き『舞姫』⑦(森鷗外) ――手記がセイゴンで書かれた意味――

          (2) 手記がセイゴンで書かれた意味  手記はなぜセイゴンで書かれたのでしょうか。  前回、私は「この恨みを消すこと、これが豊太郎の手記の目的である」と述べました。  エリスを捨てると決意することが、「この恨みを消すこと」につながるのでしょうか。  いや、真逆です。  「どんなことがあってもやはりエリスを捨てない」と覚悟することが、「この恨み」をすべてではないにせよ、消すことにつながると言えます。  太郎がセイゴンでこの手記を書いたのは、日本を目前にして、「必ずエリスとその子

          謎解き『舞姫』⑦(森鷗外) ――手記がセイゴンで書かれた意味――

          謎解き『舞姫』⑥(森鷗外) ――豊太郎が手記を書き残した理由――

          4 疑問に対する解答 (1) 豊太郎が手記を書き残した理由  『舞姫』は誰が誰に向けて書いたものでしょうか。  これは明らかで、『舞姫』は森鷗外が一般の人向けに書いたものです。  それでは、小説『舞姫』の設定はどうなっているでしょうか。  それは、太田豊太郎という主人公がドイツでの経験を手記にまとめたという設定になっています。  それでは、豊太郎は誰に向けてその手記を書いたのでしょうか。  一般向けに書いたはずがありません。  まず、普通に考えて、自分の恥部、クズっぷりを大

          謎解き『舞姫』⑥(森鷗外) ――豊太郎が手記を書き残した理由――

          謎解き『舞姫』⑤(森鷗外)――「一抹の雲」の意味するものは何か――

          (4) 「一抹の雲」の意味するものは何か  帰国する船の中での豊太郎の心情には変化があります。  ――「此の恨は初め一抹の雲の如く我が心を掠めて、瑞西の山色をも見せず、伊太利の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を厭ひ、身をはかなみて、腸日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の翳とのみなりたれど、文読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響きの如く、限なき懐旧の情を喚び起して、幾度となく我が心を苦しむ。――  この部分で従来から問題視

          謎解き『舞姫』⑤(森鷗外)――「一抹の雲」の意味するものは何か――

          謎解き『舞姫』④(森鷗外) ――なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか――

          (3) なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか  これは従来、あまり顧みられなかった観点ではないでしょうか。  豊太郎が欧州を離れる際の様子は、次のように描かれています。 ――大臣に随ひて帰東の途に上ぼりしときは、相沢と議りてエリスが母に微かなる生計を営むに足るほどの資本を与へ、あはれなる狂女の胎内に遺しゝ子の生れむをりの事をも頼みおきぬ。――  豊太郎は、「エリスの母に貧しい生活を続けるための資金を与え、気の毒なエリスが胎内に残した子が生まれる時のことをエリスの

          謎解き『舞姫』④(森鷗外) ――なぜわずかな手切れ金だけでエリスの母は納得したのか――

          謎解き『舞姫』③(森鷗外)――手記はなぜセイゴンで書かれたのか――

          (2) 手記はなぜセイゴンで書かれたのか  太田豊太郎の手記は、なぜ帰国の船が立ち寄ったセイゴン(サイゴン)で書かれたのでしょうか。  欧州なり、日本なりで書いたのならともかく、なぜセイゴンという「中途半端?」な地で書いたのか。  このことの意味についても、もっと明確にされねばならないでしょう。  一つの説は、「豊太郎はセイゴンでエリスに最終的な訣別を告げた」というものです。  それは、欧州から日本に帰国する航路の最後の立ち寄り地がセイゴンであったからだといいます。  もし

          謎解き『舞姫』③(森鷗外)――手記はなぜセイゴンで書かれたのか――

          謎解き『舞姫』②(森鷗外) ――豊太郎はなぜ手記を書き残したのか――

          3 『舞姫』に対する疑問 (1) 豊太郎はなぜ手記を書き残したのか  豊太郎がエリスを捨てたのなら、彼が手記を書き残した理由は何なのでしょう。  いろいろな解釈があります。  例えば「気持ちの整理をつけるため」というもの。  しかし、ブリンヂイシイの港を出てから何度も苦しみに見舞われているのですから、セイゴンで突然気持ちの整理がつくはずがありません。  もちろん「自分の気持ちを書く」という行為そのものに「気持ちを整理する」効果はありますから、こういう考え方もあながち否定できま

          謎解き『舞姫』②(森鷗外) ――豊太郎はなぜ手記を書き残したのか――