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漢詩自作自解「登老君山」

 2020年6月26日、張冬晢君から三枚の写真とともにメールが送られて来ました。
「老君山の山頂にたどり着いたよ。金閣寺みたいだろう?」

 老君山というのは、河南省洛陽市の南西にある山で、標高2217m、伝説によれば道家の始祖老子(李耳)が晩年この山に隠棲、修練したとのことです。
 北魏の時代に山頂に老君廟が建てられ、唐の時代(637年)に太宗(李世民)が「老君山」と名付けました。
 私もネットで老君山について調べてみたのですが、「天下無双の聖境」「世界第一の仙山」の名にふさわしい霊峰です。

 扁額「道法自然」は『老子』第二十五章にある言葉です。

  人法地、地法天、天法道、道法自然。
    人は地に法り(のっとり)、地は天に法り、
    天は道に法り、道は自然に法る。

 私は張君に返事しました。
「今夜は老君廟にでも泊まるのかい? きっと仙丹でも練るつもりだろう」
 仙丹とは、飲めば不老不死の力を得て、仙人になれるという霊薬です。
「ああ、老君廟に泊まれば、夜、きっと老子と“神遊”できるだろう。その時、老子にねだってみるよ。そうすれば、僕たちは五百年後にまた会えるかもね」
「その時は、僕の分もよろしく」
「もちろんさ。僕らは李白の夢をかなえることができるだろう」
「そうだよ。始皇帝や李世民、ジンギスカンといった天子たちでさえ望んで手に入れられなかった幻の仙薬が、今夜僕らのものになるってことだ」

――こんなやりとりをしているうちに、私の心も老君山を逍遥していました。

  登老君山
   老君山に登る

白雲滾滾層畳峰
  白雲滾滾たり 層畳の峰
  (はくうんこんこんたり そうじょうのみね)
溪流遥遥岩壁松
  溪流遥遥たり 岩壁の松
  (けいりゅうようようたり がんぺきのまつ)
険絶飛橋架千頂
  険絶たる飛橋 千頂に架かり
  (けんぜつたるひきょう せんちょうにかかり)
巍峨楼閣劈九重
  巍峨たる楼閣 九重を劈く
  (ぎがたるろうかく きゅうちょうをさく)
太宗一瞠馴猛虎
  太宗一瞠して 猛虎を馴らし
  (たいそういちどうして もうこをならし)
老君一笑乗蛟竜
  老君一笑して 蛟竜に乗る
  (ろうくんいっしょうして こうりゅうにのる)
借問此地何処至
  借問す 此の地 何れの処にか至ると
  (しゃくもんす このち いずれのところにかいたると)
道法自然無行蹤
  道は自然に法り 行蹤無し
  (みちはしぜんにのっとり こうしょうなし)

〈口語訳〉
  老君山に登る
白雲が幾重にも重なった峰々に滾々と湧き上がる。
岸壁の松の遥か下方から、微かに渓流の音が聞こえる。
峻嶺に架けられた多くの飛橋を歩めば、その険しさに魂も消えるばかりだ。
山頂に聳え立つ楼閣は天空を切り裂くほどに見える。
その昔、英雄李世民が一睨みすると、猛虎だって大人しくなったものだ。
祖師老子様になると、にっこり笑って蛟竜に乗って飛び去ってしまったほどだ。
ところで、ちょっとお尋ねしたいのだが、この老君山の道を歩めば、いったいどこに行けるんだい。
いや、道は自然に従うものだ。天子様であれ、祖師様であれ、すでに歩んだ人の行方なんて、他の人にわかるはずもないさ。

〈語釈〉
〇滾滾…湧き上がるさま。押し寄せるさま。
〇層畳…幾重にも積み重なるさま。
〇遥遥…はるか遠く離れるさま。
〇険絶…この上なく険しい。
〇飛橋…高い所に架けた橋。
〇千頂…あちらこちらの峰。
〇巍峨…山や建物が高くそびえ立つさま。
〇劈…つんざく。突き破る。
〇九重…天。大空。
〇一瞠…一たび睨みつければ。
〇蛟竜…うろこのある竜。
〇借問…ちょっと尋ねてみる。
〇行蹤…行方。行き先。
 
〈対句〉
首聯、頷聯、頸聯
 
〈押韻〉
峰、松、重、竜、蹤
上平声 二冬
 
 
 首聯で雄大な自然を詠み、頷聯でその自然に挑むかのごとき人為を歌いました。
 頸聯で一転して過去の偉人・傑物に思いを寄せ、尾聯で道家風にまとめました。

 張君からは、「“絶詩”じゃないか。君はもう中国古詩の精髄を心得ているよ」との返事をもらいました。
 よき思い出の詩となりました。

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