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お互いが見えない境界を見ようとすることで協働の意識が生まれる

「ここで言っている『境界』って何ですか」

研修で、組織のあり方についてお話しをしていて質問を受けました。

「普通の組織は、境界を越えようとしないが、
 学習する組織は、境界を越える」

という話のなかでの「境界」です。「縦割り」とか「セクショナリズム」とか、多くの組織で課題となるところです。回答として「ある種の責任分界点を引いて、そこから外に出るか、出ないか」とお伝えしました。

この会社は、急成長をしています。新しいメンバーも加わったり、あらたに事業所を立ち上げたりしています。結果として、組織図も四半期ペースで更新されています。活気もありますが、少々混沌としている側面もあります。

そのような背景もあるためでしょうか。いろいろとお聞きすると質問の意図は、「境界がないと組織は機能しないのではないか?」ということでした。

「うちの会社は業務分掌もあいまいで、うまく行ってないんですよ。そういうのがないと組織の意味がないじゃないですか」ともおっしゃっていました。

なるほど…。
あらためて深く考える機会をいただきました。

まず、ここで言っている「境界」は、業務分掌のように明文化されたものでもあるし、暗黙的な「ここまでがウチの範囲」というものでもあります。
「そこに縛られてしまって、組織が硬直する」と伝えると「あるあるですね」というリアクションがあることが多いです。しかし、質問者は違うようでした。

たしかに、組織としてゴールに向かうためには、役割分担が必要となります。「子どものサッカー」と表現されることもありますが、全員が一つのボールに寄ってたかって集まっていたのでは非効率です。また「船頭多くして、船山登る」という言葉もありますね。これは船頭という機能が重複していて、かつバラバラの状態です。

ただ、ここで言いたいのは、境界を無くすことではありません。境界を越えることです。明示されていようとなかろうと、境界は存在します。むしろ、見えない境界があることに無頓着なことが多いように思います。互いが前提にしていることが違っていることに気づかないままでいるために、コミュニケーションエラーが起きるのです。

つまり、質問者は、「質問者自身が境界だと思っている境界を守ってくれない誰か」への不満があるようです。実は、この組織では、少々上層部への不満、不信感が発せられるのが気になっています。急成長し、変化が激しいがために境界があいまいになっているのでしょう。

経営学者のチェスターバーナードは、組織の3要素を以下の通り定義しています。

共通の目的
情報共有・意思疎通
協働の意識

です。

境界が必要になるのは、機能を分担するためです。ただ、成り行きで決まる境界もあります。それに業務分掌などでは表現されない境界も存在します。ゆえに、建設的とは言えない水かけ論も起こります。多様な人が集まれば、コンフリクトはあって当然です。これを前向きな方向にするには、「私たちが何者でありたいのか」という目的に立ち返る必要があります。

また、互いに前提の捉え方が違うのは、考え方や価値観もありますが、単純に持っている情報が非対称であることが原因だったりします。結果、誤解や思い込み、偏見、疑心暗鬼…などなどが生まれます。やはり、情報共有は大切です。

そして、人間には感情があります。局面局面での伝え方に相手へのリスペクトが必要です。質問者の発言には、どこか被害者意識を感じます。つまるところ、境界を作って「こっち」と「あっち」と決めつけている態度そのものを改善していく必要があるように思います。

この組織は、まだまだ分かり合おうとすることや、それによって前に進む経験が少ないのかもしれません。そんな中で研修を月1ペースで進めているのですが、例えば「境界」ということで感じたようなモヤモヤを言える「場」として機能しつつあります。会社の目的に立ち返りながら、研修参加者どうしで、社内の課題を話し合う対話が作用しつつあるようです。

この対話をより建設的なものにしていくには、もっと腹を割って、互いに組織に存在している境界を見ようとすることが必要だと感じました。そうすれば、協働の意識も高まり、さらに建設的な方向に向かうのではないかと思います。

前向きな変化をまたここで書きたいと思います。

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