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この人のエッセイに魅せられて、20年。

あれは大学進学のために上京してすぐの頃だろうか。
大学で、ある程度の知人はできたが、まだ深く友人付き合いをしていなかった頃だったかと思う。

1人暮らしをはじめたばかりで、誰とも予定のない休日。住んでいる街についてもよく分からなかったので、意味もなくアパートの近くの商店街をウロウロしていた頃があった。

そんな時、ある曲がり角に小さな古本屋があったので入ってみた。100円になっている、かわいらしい表紙のある本に目が行った。

ただただ、作者の毎日がつづられているだけだったが、どうしてか私はハマってしまった。それまではマンガが多く、活字にハマるほどの人間ではなかった。
そんな私でも魅了されたのが、銀色夏生さんの『つれづれノート』シリーズ。

学生でお金もないから、図書館でも通えばよかったのだが、どうしてもシリーズを揃えたくなり、その古本屋さんで4冊ほど手に入れて、あっという間に読んでしまった。

そして、100均でメモ帳を買って、銀色さんのように毎日の日記を書いている時期があった。(…が、いつかの引っ越しの時に恥ずかしくて処分していた笑)

この『つれづれノート』、ただ日常を書いているわけではない。確かに銀色さんが作るご飯などは、庶民的なんだけれど、なんとなく美味しそうに表現されている。自炊も嫌いだったけど、この人のお陰でなんか自炊しようと思えるようになった。

そしていちばん惹かれたのが、日常生活の中で、銀色さんが思っていることが妙に納得が行くし、こんなふうに物事に悪い意味で執着しないような生き方をしたいなぁと思えたことだ。

収納棚で、数年前に書いた「つれづれノート」を見かけたので、立ったまま読みふける。
昔のはういういしい。でも昔を恥じてはいけない。
昔の自分は他人だ。他人は尊重しなくてはいけない。
ただし、昨日までの自分は、いつでも嫌いだ。
いちばん好きなのは、今からの自分。まだ失敗していないから。

さっき思ったこと。
さっぱりしたものは、ドロドロしたものに負ける。
さっぱりした人は、ドロドロした人に負ける。
さっぱりした人間関係は、ドロドロした人間関係に負ける。
それで、さっぱりしたものたちは、ドロドロしたものたちから、それと感じた瞬間に、とにかく一刻も早く逃げるのが賢明。

「つれづれノート14」より


この、銀色さんの『つれづれノート』に出会って20年くらい経つが、最近また読み直しはじめた。文庫はたまってしまうので去年古本屋に出し、kindleで買いながらまた読むことにした。今は14冊目。毎日の少しずつの楽しみだ。

このエッセイを読むと、心が洗われるのだ。何かイヤな事があった時でも、そこに立ち止まらなくてよいし、考え方ひとつで、ものの見方は良い方向にかわるんだと思えてくる。

あの頃偶然、この銀色さんの『つれづれノート』と古本屋で出会っていてよかった。
本も人間との出会いと同じ。

私はこれからもずっと、この本と付き合っていきたいと思っている。


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