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お正月の再会

お正月、おせちをだらだらと食べながらのんびり過ごす事にも飽きてきた頃、思いつきで特に用もないが、吉祥寺に車で行く事にした。

渡米する前に住んでいた場所が三鷹で、吉祥寺もなじみのある場所だ。そういえば帰国してからまだ一度も行っていなかったなぁ、、、とふと思う。

道中、あそこのパン屋さん行きたいね。あの店はまだあるかな。などと夫と話しているうちに、住んでいたマンションの近所を通っていた。

うわ~懐かしい~~~~!この公園よく遊んだよね!ここの先には○○があって、ここのブルベリー摘みもしたよね!私達大人は大盛り上がりだったが、息子は「ふ~~~ん」という感じだった。

住んでたところのマンションの前を通ってみようか?と、マンションの前まで行ってみることに。

着いて思わず車から降り、マンションのエントランスに入ってみる。

記憶がよみがえる。
エントランスの大きな鏡、狭い部屋、いろいろ大変だったけどこのマンションも街も好きだったなぁ、、、と思う。

このマンションに住んでいた時、慣れない子育ての中、夫婦関係、親子関係、いろいろなことが大変な時期だった。
そんな時、ここに住んでいるご近所さんに声をかけてもらって救われたり、心強くなったりしたことが、何度かあった。

アメリカへ出発直前に、下の階に住むご婦人がメモ書きを渡してくれたことがあった。どうやら、数年前まで1年ほどNYに住んでいたらしく、メモには街で困らないように、公衆トイレの場所、日本食材店の場所、日本人のコミュニティはここで出来るとか、いろいろなことが書いてあった。

メモをいただいた時はとてもうれしかったが、目の前の事にいっぱいいっぱいでどんな気持ちでご婦人が渡してくれたのか想像する事に至らなかった。

NYでの生活も慣れた頃に落ち着いてそのメモに目を通すと、きっとご婦人ご自身の体験を通して伝えてくれていたんだな、、、とそのメモの暖かさを改めて感じた。

ポストの表札を見ると、そのご婦人はまだここに住んでいるようだった。

かなり怪しいと思われるだろうと気が引けたが、お礼が言いたい一心でインターフォンを押す。

「あのぉ、、、。以前5年ほど前に住んでいた高橋と申します。アメリカに引っ越しをする際にメモ書きをいただいて、そのお礼が言いたくて、たまたま近所に来たものですから、伺わせていただきました、、、、。」

すぐに、
「あーーーー!!!覚えています!覚えています!」
と言ってエレベーターホールに出てきてくださった。

「どうしてるかなぁ、って思っていたの!元気でよかった。」と言ってくれた。

あのメモが本当に助けになって、お礼が言いたかった事を伝えると、ご婦人は無事に帰国した事を喜んでくださった。そして、
「あの時のお隣の○○さんもまだ住んでるわよ!ちょっと呼んでみるわね!」
と言ってインターフォンを押してくれた。

その方は、当時、夫が先に渡米した後、息子も私も体調を崩してどうしようもない時に声をかけてくださった。そして手作りのお惣菜や、子ども用の熱さまシート、ゼリーなど、いろいろ差し入れをくださったお隣さん家族だ。
その時の私は誰も頼る人もいないから全部一人でやらなきゃ、、、みたいになっていて、その優しさに涙が出た思いでがある。

↓この記事で登場したご家族です。

すぐにエントランスを開けてくれて、そのご家族の玄関先まで伺わせてもらった。

本当に感謝感謝でしかなく、ご婦人とそのご家族にお礼を言いながら涙があふれた。
夫も一緒になって感謝の気持ちを伝えてくれた。

ご婦人が、
「今年はとてもいいお正月になったわ。来てくれてありがとう。」
と言っていた。

ほんの10分くらいの再会。
胸がいっぱいになった。

思いつきで、まさかこんな再会を果たせると思っていなかった。
今日がお正月だからこそご婦人もお隣さんご家族もみんな家にいらっしゃったんだろう、、、今日のメインイベントはこの再会だったのだろうな、、、とぼんやり思う。

そして、ここには沢山の荷物を一人で背負った数年前の私の残像がたくさんいた。
アメリカに私が行っている間も、きっと彼女はここにいた。

だけど、もう一度この場所に訪れ、お礼を言えたことで、
彼女もいっしょに連れて帰ってこれたような気がした。
まるで過去と現在と未来の時空が重なって、ズレていたものが戻ってきたような、、、そんな感覚だった。

思いがけないお正月の再会。今年もいい年になりそうだ。

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