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空想短編小説:真夜中の温泉

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人生に疲れたぼくは、ひなびた温泉宿でおかしな男と出会う。男は、大草原にアルマジロがたむろする光景を想像してほしいとぼくに頼むのだった。スランプの作家と青年が、閉じ込められた露天風…
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2023年3月の記事一覧

空想短編小説:真夜中の温泉4

「君……」
男はすぐに歌うのをやめて、少しの間黙ったのち、ふいに口を開いた。
「さっき、大草原にアルマジロは不釣り合いだといったね」
ぼくは、目を開けて男を見ながら軽く頷いた。
「ええ」
「ところがどっこいだよ」
男は、まるでミステリーで犯人のトリックを暴く探偵か刑事のような不敵な笑みを浮かべて、ぼくの顔を見やった。
「アルマジロは、熱帯雨林だけではなく、乾燥地帯にも生息している。中南米の草原にも

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空想短編小説:真夜中の温泉3

「想像してみてほしい。ここが大草原だと」
ぼくは、男がいっていることの意味が分からなかった。
男は構わず、右手にあるカラン置き場を指差す。
「あっちの小高い丘のほうから、たくさんのアルマジロが何匹も何匹も転がってくるんだ。そのとき君ならどうする?」
かりに例え話だとしても。大草原に小犬とかならまだ分かるけど、なぜアルマジロなのか。

ぼくは、黙って湯舟から立ち上がった。
そして、男を見ないように細

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空想短編小説:真夜中の温泉2

「へぇ、1人旅ですか、私と同じですね」
男は、温泉に入ってからもひっきりなしにしゃべり続けた。まるで100円ドロボウと疑われないための予防線を張るかのように。
「いや〜田舎の温泉宿っていいなぁ〜! あっはっは!」
向かいの流し台で頭を洗いながら、1人でしゃべり続ける男に、ぼくはさすがに同情してきた。
「あの……」
「えっ? なんだい? 100円かい? 分かってる! あとでアイス買ったときに、一万円

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空想短編小説:真夜中の温泉1

その温泉宿の空気は生暖かった。
まるで熱帯雨林であるかのような生暖かさだ。
「エアコンの空調が壊れててねぇ〜」
受付のおじさんが、にこにこと愛想良く笑いながらそういった。
だが、空調が壊れているなら、寒いはずなのに、その温泉宿の室温は非常に生暖かかった。
本当に訳が分からなかった。

とりあえず温泉に浸かろう。
今日はそのために来たんだ。
本来の目的を見失ってはダメだ。
温泉に入り、ゆっくりと休む

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