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3/31発売『TIME OFF』日本版序文

3/31(金)に、私が編集した『TIME OFF 働き方に“生産性”と“創造性”を取り戻す戦略的休息術』という本が発売します。
プロバスケットボール選手のレブロン・ジェームズ。作曲家のベートーヴェンやチャイコフスキー。アリストテレスやポアンカレ、ヘッセ、ハフィントン、そして近藤麻理恵さんなどなど…
世界の賢人35人のエピソードを混じえながら、生産性と創造性を高めるための「休息術」について紹介した本です。
原著は2020年にアメリカで発売されると、たちまちAmazon多分野でベストセラーになりました。

今回、編集を担当して、「この本は、働きすぎて限界を迎えている、多くの日本人に読んでほしい」と感じました。
そこで、共著者のひとりであり、日本に長年住んでいるマックス・フレンゼルさんが書き下ろしてくれた「日本版序文」を、以下に公開したいと思います。(許可くださったマックスさん、ありがとうございます!)
ひとりでも多くの人に届いてくれることを願っています。

この本は、日本で生まれ、日本のために書かれた

みんなが期待に胸を焦がしている。
表情は明るく、瞳をキラキラさせ、これからどうなるだろうと夢に描いている。
やる気に満ちあふれ、喜びと穏やかさに包まれた生活が待っている。
「そんなの素晴らしいにちがいない」とみんな思っている。「そんなふうに生き、働けたらどんなにいいだろう」とも。
だけど、高揚感は長くは続かない。
みんなの笑顔は消え、顔が曇る。そしてまた、あの言葉を僕は耳にする。
「でも、ここでは無理だよ」

これは2019年、ジョンとMariyaと僕が日本で目にしたことだ。
本書の草稿を練るとき、さまざまな読者に響くようにと、僕たちは集めたストーリーや思いついたアイデアを頻繁にプレゼンしていた。
その一環で、日本のある有名広告会社に勤める技術者やデザイナー、プロデューサーを前に話をしたとき、返ってきたのが前の段落に書いた反応だ。その会社は、過労が常習化していることでよく知られていた。
あのとき僕は、やみくもに忙しくしていても人生は充実しないし、仕事の生産性も上がらないと説いた。学術的な研究結果やケーススタディなども紹介しながら話した。
僕の言いたいことはしっかり伝わったようだった。余暇を大事にする生き方を選んだ人たちが成功することもわかってもらえた。
だけど全員の顔が一様にこう訴えていた。
「でも、ここでは無理だよ」

そういう結論に達したのは、あの日の広告会社の社員だけではない。日本にいる友達や同僚に話してみたときも、同じサイクルをたどった。ほとんど例外なくね。
彼らは最初、夢を見ているような希望に満ちた表情を浮かばせるのに、すぐにあきらめたように肩をすくめ、そしてこう言った。
「でもここでは無理だよ」

「ここでは」というのは「日本では」という意味なのだと、僕はすぐに理解した。
そして同時に、「タイムオフ」というアイデアが日本には適応しない、もしくは不必要だと思われているわけではないことに気づいた。
日本の人たちも、タイムオフは必要だと思っている。だけど問題はそこではないのだ。
「でも、ここでは無理だよ」という言葉の裏に隠されているのは、恐れだ。
「クライアントにどう思われるだろう?」
「同僚から批判されないか?」
「上司からの評価はどうなる?」
あるいは「家族にどう説明する?」
日本の人たちだって、より良い休息倫理(本書で紹介している概念だ)を欲している。しかし問題は、広く浸透している文化と常識にあるようだった。
日本の人はやさしくて、責任感と義務感が強い。そのせいで輪を乱したくないと念じるあまり、重い荷物を背負い続けている。「タイムオフ」が喉から手が出るほど欲しいのに、実質的には絶対に手に入らないと信じているのだ。

日本の生産性は、50年間、G7で最下位

僕は2015年から日本で働き、暮らしている。そのなかで、日本社会には「タイムオフ」が絶対に必要だということを、僕は身をもって学んだ。
来日したばかりの頃は東京大学で研究に励み、その後は企業で働き始めた。正社員や契約社員、コンサルタントとしていろいろな形態の企業で働き、ハイテクなスタートアップや伝統的な企業など、さまざまなクライアントとのプロジェクトに携わった。
だけどどんな職場でも、みんな忙しく、長時間労働していた。まるでそれが名誉の勲章であるかのように、四六時中休まずにね。
その忙しさが生産性にどれだけ繋がっているのか、考えることなどしていなかった。
日本は製造業では世界トップレベルだけれど、ナレッジ・ワーク(知識労働)ではかなり劣る。日本の1時間における生産性は、G7の中で、ここ50年間ずっと最下位だ。
疲れ果てて燃え尽きるほどに、創造性も生産性もどんどん落ちる。だから焦って余計に長時間働く。そんな、悪循環にはまりっぱなしなのだ。
日本の友達や同僚にこの話をすると、多くの人が効率性(一定時間でやれるだけの仕事をすること)と生産性(価値ある結果を生み出す適切な仕事をすること)の違いさえ考えたことがないことがわかった。
身も蓋もないことを言うようだが、企業も個人もすごく熱心に働いているのに、こんなに何にも達成できていない場所は日本以外にない。仕事内容がそもそも必要なのかを立ち止まって考える時間さえ取らず、ただ働き続けているからだ。

「休息」の大切さに気づいた、山形旅行

本書刊行への旅は、そういう気づきから始まった。そう、この日本で始まったのだ。
日本に来て初めて就職したとき、終わりのない忙しさと押し寄せる不必要な仕事に、僕は燃え尽きた。過去のクリエイティビティとやる気に満ちあふれていた自分とは違う、抜け殻のようになったと感じた。
それである夏、休もうと決めた。「青春18きっぷ」を買って、年休を10日間取り、東北をゆっくりと旅することにしたんだ。
静かな日本の風景に身を浸す旅で、僕は古い旅館に泊まった。山形県の山々を見つめながら、お茶をすすっていた。そのとき、稲妻に打たれたみたいにひらめいた。忙しくしてても全然ダメなんだと気づいたんだ。人生が変わった瞬間だった。
それまでの自分を見返すと、惨めだったし、仕事の生産性もまるで上がっていなかった。
逆に、落ちていた。皮肉にも、仕事を詰め込むこと自体が、成功の邪魔をしていたんだ。
当然私生活にも、その悪い影響は及んでいた。

このことに気づいたとき、僕はタイムオフについて学ぼうと決めた。
そして学んだアイデアを積極的に実践していく中で、僕だけではなくて他の人の役にも立つかもしれないと思うようになった。
ケーススタディなどを調べていると、多くの研究は世界の国で行われたものだったけれど、日本企業にも適用できることに気づいたからだ。
それでも、まだ自信がなかった。僕自身が休息倫理を見つけ、高尚な余暇に向かって動き出すことと、他人にそれを説明して励ますことはまったく違うことだと感じた。異なる文化圏ではなおさら、困難なことのように思えた。
だけど僕は前に進んだ。世界中で応援してくれた人たちのおかげで、自分の経験を他の人に共有してみようと思えた。そして、あなたが今読んでくれているこの本を、ジョンとMariyaと一緒に作ることができたんだ。

タイムオフは、「絶対になくてはならない」もの

それでは、「今」の話をしよう。
本書の英語版は2020年5月に刊行されると、瞬く間にベストセラーとなった。タイムオフを学び、人生の焦点を新しくすることで生まれ変わることができたと、たくさんの読者から感想をもらった。
それだけでなく、世界中のさまざまな企業からも、タイムオフを有効に使うことで従業員のやる気やイノベーション、私生活の充実に繋がったと教えてもらった。
そして、原著が出た2020年からの3年間で、タイムオフに対する人々の考え方も微妙に変わってきたと思う(とくにコロナ禍の影響は大きかった)。
多くの人が自分の生き方や健康についてより考えるようになり、人生における「休息」の優先順位が上がったように感じるんだ。
それに、まだまだ課題は山積しているけれど、多くの経営者やリーダーたちが、働き手の健康や人生の充実度は「オプションとして選ぶもの」ではなく、「絶対になくてはならないもの」だと気づき始めている。
もちろん従業員はハッピーな方がいい。そしてそれこそが、会社が市場での価値を上げ、会社(や国)がイノベーションに必要な基盤を構築し続けるために絶対不可欠な要素だと、リーダーたちも気づき始めているのだ。

日本が抱える問題や、その対応の特異性は僕にも理解できる。
日本は「過労死」という言葉の生みの親で、この言葉は今や世界中で使われている。なんの成果も生まないのに「ただ忙しく見せる」ために忙しくしている、というのは日本だけで見られる現象ではない。
しかし、日本の忙しさは、僕が訪ねた他のどの場所よりすさまじいことは確かだ。
父親が育休を取ることは形式上では推奨されているのに、実際に取得する人はかなり少ない。反発や孤立を恐れて取れない人がたくさんいる。
しかも女性にとっての状況はもっと悪い。多くの女性たちは、母親になるかそれともキャリアを追い求めるか、その二択を迫られ、厳しい状況に追いやられている。
そして、タイムオフを取ることはみっともなく、他人をがっかりさせ、迷惑をかけると考えられがちだ。「休む」ことが「弱い」ことの同義語であり、精神病に注がれるのと同じくらいの偏見に見舞われることもある。

もともと日本は、「オフ」が得意な文化

これは、日本の抱える問題の氷山の一角に過ぎない。しかし、僕は悲観していない。
なぜかというと、悪い面と同じくらい、日本にはタイムオフにとって大きな追い風となる文化があるからだ。
僕みたいな外側の人間から見ると、遊びでも仕事でも、日本の人たちはルールをよく守る。だからもし、タイムオフが規則になったり許容されたりすれば、みんながそろって取り組むようになるはずだ。たとえば、ゴールデンウィークや新年の休暇みたいにね。
そしてじつを言えば、多くの日本人は、仕事を忘れてパーッと遊ぶのがすごく上手だ。
行楽や温泉、花見、祭りなんかは日本特有の(世界中から注目されている)文化だ。
また、職人文化やオタク文化は、タイムオフの最たるものではないだろうか。何かに打ち込むことで、人生の本当の意味や目的を見つけている。
同様に、気を散らすことをゆるさない剣道(僕も大学時代に打ち込んだ)や書道といった伝統的な「道」も、もっとも質の高い余暇だと言えるだろう。日々の忙しさから心を離すことなくして、上達はないからだ。
「タイムオフ」は、休暇や余暇についてではなく、生きる意味を深く探って人生を充実させるための概念だ。思うに、日本で言う「生きがい」とも通ずるところがある。こう考えると、厳格な日本文化にこそ、タイムオフの真髄が隠されているような気がする。

このようにタイムオフは、文化や価値観のレベルでは、すでに日本でも行われているのだ。しかも、かなりのハイレベルでね。
だからこれからの数年で、働き方の面でも、規則や常識が少しずつ変化していくことを僕は願っている。もう少し臨機応変に、寛容にゆったり構えることで、それぞれの人が自分なりの生き方を見つけるための勇気が出せると思うのだ。
僕は日本で働いている間に、たくさんのクリエイティブで優秀な人に会った。素晴らしい人たちを忙しさやプレッシャーの海に沈めてしまうのはもったいない。
多忙や重圧が、成功のために必要な時代もあったかもしれない。製造業ではとくに。しかし、ナレッジ・ワークが主流となった現代では過去の遺物だ。
才能を持て余している人がたくさんいるのに、このままでは全部を無駄にしてしまう!

僕が大好きな国、日本のみんなへ

僕は日本が大好きだ。これからもずっとここで働き、暮らしたい。
そんな愛すべき国の人々に、僕はこの本で伝えたい。
仕事で成功することと、余暇を楽しむ人生のどちらかを選ぶ必要はないのだと。
あなたはどちらも手に入れることができるし、手に入れるべき人だ。

この本で紹介するアイデアやストーリーが自分の環境とは違っていても、「僕の人生にはどんなふうに適用できるかな?」と考えてみてほしい。「自分には無理だ」と決めつける前に、見方を少し変えてほしいんだ。
あなたの職場がすごく厳しくて、変化は起こりそうにないと感じるのであれば、まずは自力でできるタイムオフに集中してみてほしい。どんなに短い時間でもいい。
そしてもしラッキーなことに、あなたの職場がこの本に書いてあることに理解を示し、試してもいいと言ってくれるのならば、自分ができる範囲で試してみてほしい。
他の人も誘って取り組めたら、もっとすてきだよね。

一晩で文化が変わる、なんてことはないだろう。
社会を変えるには、多くの人たちが小さな変化を積み重ねることが重要だ。
小さな変化を大人数で、ずっと続ける。その旅路にあなたも加わってほしい。
自分の人生だけでなく、家族や友達、同僚やコミュニティに変化をもたらそう。
日本の人たちが持つ強い責任感は、正しく使えば、素晴らしい武器になるにちがいないのだから。
もう、現実を無視した「期待」に応えようとするのはやめよう。
顧客に最善のサービスを提供したいのであれば、そして、友人や家族が困っているときに本当に味方になりたいと思うのであれば、まず自分がしっかりしなきゃいけないということに気づくべきだ。
そしてタイムオフをしっかり取ることが、最初の一歩なのだと気づいてほしい。

あなたが穏やかな気持ちでいることが、周りに与える影響は計り知れない。
この本であなたの心が元気になったら、僕はすごく嬉しい。
そしてこの本で得たものを、ぜひ周りの人にも伝えてほしい。一緒に変えていこう。
さあ、静かな心で一歩ずつ進んでいこう。

2023年1月 東京にて マックス・フレンゼル

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