経産省「サービスデザインをはじめるために」を読み解いて分かった サービスデザインの秘訣
「良いモノを作っているのに、なかなか売れない…」「顧客体験が重要だとはわかっているけれど、実際何からすべきなのか…」
こういった悩みを抱えた方は多いのではないでしょうか。これは個人に限らず、日本という国が20世紀の終わり以降にずっと苦悩してきた問題でもあります。
それに対してのひとつの指針ともいうべき資料として、2020年4月20日に、経済産業省より「サービスデザイン研究会 手引書及び報告書」が発行されました。その内容が非常に示唆深く、ビジネスやワークショップ、さらにはコミュニティ形成にも活用できる視点とヒントが多かったのでまとめ&シェアします。
■どんな資料なのか?
手引書及び報告書は、3つの資料で構成されています。
①サービスデザインをはじめるために―サービスイノベーションを加速するサービスデザイン入門(手引書)
②我が国におけるサービスデザインの効果的な導入及び実践の在り方に関する調査研究 報告書 概要版
③我が国におけるサービスデザインの効果的な導入及び実践の在り方に関する調査研究 報告書 詳細版
■どんな人向けか?
報告書内では、「サービスデザインの導入・実践による効果が特に期待されるテーマ」として、以下の3テーマが設定されています。
非常に幅広いのですが、①地域に根差した商売をする人、②モノやコトをつくり売る人、③既存サービスの生産性向上に直面している人、が対象と言えそうです。
実際に、後述する「事例」では、この3テーマに対応した事例が取材されており、非常に参考になります。
■「報告書 概要版」から読もう
上級者の人をのぞき、個人的におすすめの読み方は「②報告書 概要版」→「③報告書 詳細版(の一部)」→「①手引書」→「③報告書 詳細版」の順です。
この読み方をすると、全体像→具体論の流れで内容を掴みやすいためです。
報告書 概要版(全12ページ)は、以下の内容になっています。
(目次は報告書 詳細版(全127ページ)ともほぼ対応しています)
P4「1-2 本事業の概要(基本方針)」には、「サービスデザインの定義」として以下「サービスデザインの3つの原則」が紹介されています。
顧客中心で、共創して、包括的である…分かるようで分からないような感じがするので、噛み砕くために読み進めます。
■サービスデザインとは何か?
報告書 概要版のP5「2 サービスデザインについての整理」を読んでいきます。するとこのように書かれています。
これだけ読んでも少し難しいので、いくつかの言葉を整理しましょう。
報告書では、「サービス」についてこのように定義しています。
ふむふむ、モノを買ったり、サポートを受けるといった「点」だけではなく、購買からアフターサポートまで含めた一連の「面」を指す体験が「サービス」と言えそうです。
さらに、「デザインの対象」についても報告書の定義を見ていきます。
顧客体験(UX:User Experience)だけでなく、提供者側のオペレーションや仕組み、体制、企業風土も含めたものもデザインの対象ということで、これは近年言われている従業員体験(EX:Employee Experience)も含んだ幅広い領域になるようです。
これらをまとめると、以下のような図になります。
図:サービスデザインとは(引用:報告書 概要版 P5より)
もういちど、振り返ってみます。
ここまで掴んだら、続いて「報告書 詳細版」へ進みます。
■なぜサービスデザインが必要とされているのか?
と、ふと思いませんか?
そんな疑問にこたえるべく、報告書 詳細版のP24「2-3 サービスデザインの必要性と効果」では、サービスデザインが必要とされる背景・状況について、書籍『ビジネスで活かすサービスデザイン』を引き合いに3つのトレンドが紹介されています。
現代社会では、いわゆるPESTのE(Economy:経済)、S(Society:社会)、そしてT(Technology:技術)が劇的に変化しています。
様々なものごとが揺れ動き、複雑で予測が難しい様子を表す言葉の頭文字を取って、「VUCA」の時代とも呼ばれています。
このような時代背景を踏まえ、モノや情報ではなく「人間中心」の視点によって新たな価値を探索し、全体的・包括的な視点からより望ましい顧客体験を生み出すという、サービスデザインの方法論が注目されているわけです。
■サービスデザインの2領域と3つの副次的効果
サービスデザイン実践することで、何が嬉しいのでしょうか?
こちらも報告書 詳細版の「2-3 サービスデザインの必要性と効果」にて、サービスデザインがもたらす領域と副次的効果が紹介されています。
領域は2つあります。
1つ目の領域は「新規事業の創出」
2つ目の領域は「既存事業の改善」
そして、サービスデザインを実践することで期待できる3つの副次的効果は、以下のようなものが挙げられています。
これらは事業としての⽣産性を上げる、あるいは今後のより本質的な問題発⾒・問題解決に取り組んでいくためには⾮常に重要なポイントであるとも言えます。
ここまでをざっと把握できたら、いよいよ「手引書」に進みましょう。
■「手引書」から見えること
「手引書」は、以下の章立てで構成されています。
特に分かりやすいと感じたのは、P6「Chap.1 なぜサービスデザインなのか?」にある図です。
「おいしいコーヒーが自宅で手軽に飲めるサービス」が例になっています。
「おいしいコーヒーが自宅で手軽に飲める」という顧客体験を構成する要素として、例えば「コーヒーを楽しむ体験」=”コト”、さらにそれを構成する要素として、「機械」「カップ」=”モノ”が包含関係で表現されています。
世間一般ではよく「モノからコトへ」などと言われることも多いですが、モノもコトも重要なのです。「ひとつのサービスには様々な”モノ”と”コト”が含まれる」のが実態です。
顧客体験をより良いものにするには”モノ”と”コト”を統合した”サービス”全体のあり方を考え、設計し、その体験を阻害するものを動的に取り除いていく必要があるわけです。
■サービスデザインの核となる2つの概念
手引書のP12「Chap.3 サービスデザインのプロセス」では、核となる2つの概念が紹介されています。
それは①”発散”思考と”収束”思考、この2つの思考モードを使い分けること、そして②状況に応じてプロセスを柔軟に変化・反復させることです。
①”発散”思考と”収束”思考
これは理屈では簡単にわかるのですが、僕自身、実際に事業創造のワークショップなどを企画・開発・運営していて感じるのは、多くの人にとって「”発散”思考の実践にはマインドセットの転換が必要になる」ということです。
なぜなら大半の企業・組織では「”収束”思考」をベースにした報告や意思決定のフローが存在しており、ひとつの正解(と思えるもの)を導くことが良しとされているためです。
”収束”思考そのものが問題なのではなく、”発散”思考とワンセットであるということを置き忘れてきてしまったのが、旧来型の教育の弊害なのかもしれません。
ポジティブに捉えれば、”収束”思考に偏ってしまった固定観念を打ち破るのが、組織内外のサービスデザイナーや、ワークショップおよび会議のファシリテーターに求められる最大の役割である、ともいえます。
②反復的で柔軟なプロセス
アプリケーション開発などで採用される「ウォーターフォール型」ではなく状況に応じてプロセスを柔軟に変化させます。
目的が手続きではなく、あくまで「構想した価値が適切か検証し、サービスとして実装する」ことにあるためです。そのため、各ステップ内で発散と収束を繰り返しながら、ステップ間を行き戻りしながら完成度を高めていきます。
重要なのは「いきなり作りこまない」ことです。
(5/5追記)記事執筆当初、以下のように書いていました。
>アプリケーション開発などで採用される「ウォーターフォール型」ではなくいわゆる「アジャイル型」のプロセスをとります。
こちらを修正させて頂きました。
サービスデザインにおける人間中心設計とアジャイル開発の違いについての僕の認識が浅かったのですが、Makoto Soneさんから指摘を頂き、また紹介頂いた記事を拝読してとても腑に落ちたからです(記事末尾の参考資料④にも記載)。
人間中心設計とアジャイル開発とでは、
・共に反復的、協働的、実体的だが、目的が違う。
・要求の出どころが違う。
・順次進むか、順次進まないことが許容されうるか。
ということで、人間中心設計からのアジャイル開発、という組み合わせがデザイン経営組織のひとつのかたちであるというようにも理解しました。
ご指摘と非常にわかりやすい参照記事を頂き、御礼申し上げます。
核となる2つの概念を掴んだ後は、各プロセスを見ていきましょう。
■サービスデザインのプロセス①リサーチ
リサーチのPointとしては以下が挙げられています。
サービスデザインでは定性調査をより重視しています。人々の行動や感情の背景を把握しやすいためです。
後述の「③サイコグラフィック(心理的)変数」と「④行動変数」とも重なるものですが、ユーザーの「意⾒」ではなく、「⾏動・⾏為」から、ユーザーが意識していない潜在的な価値観や⽣活背景を知ることを目指します(いわゆる「UXリサーチ」)。
この調査により自分たちのバイアスを取り除き、より「顧客中心」のサービスを考えるヒントを掴んでいきます。
バイアスを乗り越えるための代表的な調査手法として、手引書では以下の3つが例示されています。
①予備調査(業界、組織、競合他社、自社などの状況調査)
②エスノグラフィ調査(対象の場面に深く入り込んだ観察調査)
③インタビュー(個人へのフォーカス×特定テーマ)
■サービスデザインのプロセス②分析
分析のPointとしては以下が挙げられています。
リサーチで集めたデータは、構造化・可視化して理解しやすい形にします。その際、顧客やステークホルダーなどにも参加してもらうことで①確証バイアスの防止、②リサーチの品質向上、③チーム内の情報レベル統一、といったメリットが得られます。
代表的な構造化・分析手法として、手引書では以下の3つが例示されています。
①ペルソナ(ターゲットとなる架空の⼈物像の設定)
②カスタマージャーニー(As-Is)(⼀定時間軸でのペルソナの体験可視化)
③キーインサイト(ペルソナが成し遂げたいことに関する簡潔な洞察)
■サービスデザインのプロセス③アイディエーション
アイディエーションのPointとしては以下が挙げられています。
顧客の抱えている課題に対する解決策は、ひとつではありません。
「質より量」を重視し、とにかくたくさんのアイデアを、プロジェクトに関わる全員で生み出していきます。当初案にこだわらず、より良いアイデアを作るための重要なプロセスです。
デザイナーや企画職の人にとってはバイブルともいえる、『アイデアのつくり方』という本が非常に参考になります。
代表的なアイディエーション手法として、手引書では以下の3つが例示されています。
①カスタマージャーニー(To‐Be)(ペルソナの望ましい体験の可視化)
②ブレインストーミング(アイデアの発想、共有、組合せ、組替え)
③クラスタリング(アイデアの分類と、解決したい課題の共通認識化)
■サービスデザインのプロセス④プロトタイピング
プロトタイピングのPointとしては以下が挙げられています。
プロトタイプを作る最大の目的は「アイデアの価値や課題を高速で検証する」ことです。コストをかけずに、リスクや不確実要素を減らしていくためのプロセスです。
リーンスタートアップの世界で「MVP:Minimum Viable Product=価値検証可能な最小限の製品」と言われる概念と重なるものがあります。
代表的なプロトタイピング手法として、手引書では以下の3つが例示されています。
①コンセプトシート(グラフィックや言葉を使った紹介資料)
②ロールプレイング(演劇形式でのカスタマージャーニーの疑似体験)
③ペーパープロトタイプ(紙でできた試作品によるアイデアの価値検証)
■サービスデザインのプロセス⑤サービスの実装
サービスの実装のPointとしては以下が挙げられています。
サービスの実装は、そのサービス内容に応じて以下のように様々な形態をとります。
実装段階では、これまでサービス開発に関わってこなかった人や部門、それに外部パートナーを巻き込む場合もあります。
特に既存事業の改善の場合は、業務運用や体制の変更を伴うこともあるため、その変更の”理由””動機””可能性”を示して、コンセンサスを得ることが非常に重要です。
どれだけ対外的にUXが最高のサービスをつくったとしても内部的なEXが最低のサービスでは、誰もが嫌がるでしょうし、持続性がありません。
■よいサービスを作るための6つの視点
手引書のP20「Chap.4 よいサービスをつくるために必要な“視点“」では、6つの視点が示されています。
この視点のもとになったのが、報告書 詳細版のP22「2-1 サービスデザインの概念」です。では、サービスデザインの具体的な手法と事例をまとめた実践書『This is Service Design Doing』にもとづいて、以下の6原則が紹介されています。
いわゆる「デザイン思考」のアプローチをもとにして、よりサービス観点にたった実践的な原則となっています。
いかがでしたでしょうか。
実際のサービスデザインと実装にはたくさんの困難が伴います。でもなにより大事なのは、「お客さんの立場になって、みんなで最高の体験をつくる」こと。
上記に挙げた原則や手法を取り入れてみることで、そのための最短距離を辿れるはずです。
失敗を恐れず、たくさんトライしていきましょう!!
■真髄は「事例」にあり
ここまで、報告書および手引書に書かれた「理論」的な箇所を中心にピックアップしてきました。個人的には、一連の資料で最も価値があるのは「事例」だと思っています。
なぜならそこには、「何のために」「どんな人が」「どうやって」サービスをつくり上げていったのか、「その結果どうなったのか」、生の情報が息づいているからです。
報告書 詳細版のP35〜84では、国内8事例、海外10事例が見事にまとまっています。調査・整理した方の努力に頭が下がります。興味を持って頂いた方は、ぜひ事例をご覧ください。
↓事例の一例
■参考資料①「デザイン経営」宣言
本報告書に先行する資料として、2018年5月23日に経済産業省・特許庁より発行された「デザイン経営」宣言 が非常に参考になります。
こちらはより「経営」視点の強いものとして、経営に対してデザインを取り込んでいくためのポイントがまとめられています。
■参考資料②日本の「デザイン思考」は誤解だらけ
いろいろと書いてきましたが、これまでの概念を(いい意味で)ぶち壊される記事です。
日本を代表するプロダクトデザイナーであり、デザインファームIDEOの東京オフィスを立ち上げた、深澤直人さんが「日本人のデザイン思考は誤解が多い」と切り出しドキッとしますが、ますが、読んでいくうちにその真意と、氏の考えるデザイン思考の一端に触れることができます。
考えるよりも、やってみて経験者になることの大切さを思い知らされます。
■参考資料③デザイン思考とサービスデザインとUXデザインとUIデザインの違い
(5/4追記)UX/UIディレクターの方による、非常にためになるnote記事でした。「デザイン」という言葉は共通していますが、それぞれがどう違うのか、どう重なっているのかについて実経験も踏まえて触れてくださっています。
■参考資料④「人間中心設計」と「デザイン思考」と「サービスデザイン」の関係
(5/4追記)こちらはサービスデザイナーの方による、非常にためになるnote記事です。「人間中心設計」と「デザイン思考」と「サービスデザイン」の関係性について、それぞれの概念の歴史的な成り立ちも踏まえて書かれています。サービスデザインにはふたつの意味がある、という言及はまさに目からウロコでした。
(5/5追記)良いサービスをつくるための視点のひとつである「人間中心」の設計と、アジャイル開発の関係性について触れているnote記事です。Makoto Soneさんの解説が丁寧かつわかりやすく、非常に勉強になりました。
いろいろと書いてきましたが、個人的に思うサービスデザインの本質は「よいサービスをみんなでつくって、お客さんにしっかり届けて、満足してもらいたい」という想いや志、これに尽きると思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?