意味はなかった。
ただ、明る過ぎるのが気恥ずかしい気がしていた知可子は、ちょっとした取付工事をしてもらい、部屋の灯りを全て間接照明に換えた。壁から天井に向けて、淡い灯りが扇状に独特の雰囲気を醸し出している。部屋全体の明るさのトーンが落ちて、柔らかになり、物に奥行きが感じられるようにもなった。知可子は気に入っていた。
「良ちゃん、さっきから黙り込んでるけど、何か考えてるんだ?」
「うん、ごめん。考えてるってわけじゃないけど、どうもテンションが上がらなくて・・・」
「ご飯でも食べに行く?」
「知可、ごめん。どうも食欲なくて・・・。久しぶりに会ったのに・・・気分が沈んでこの頃どうにもならないんだ」
知可子の視線をずらすかのように、良平は窓の外に目をやった。
「そうだ、私、仕事残ってるんだった。良ちゃん、ごめん。今日はこれで帰ろ」
知可子は時計を見てわざと急いでみせた。
「知可、悪いな、俺・・・」
「気にしない、気にしない。誰でもそんな時あるよ。無理しないことよ。深刻にならないで、流れに身を任せてみるのも手かも知れないよ」
知可子は良平の目を見て、精一杯笑ってみせた。
「良ちゃん、また電話して。いつもみたいにFAXってのもいいわよ」
「すまない、知可。君の心遣いには感謝している。本当にありがとう。今日は送らないけど、気をつけて帰ってくれ。落ち着いたら連絡するよ。じゃあ仕事頑張って。知可・・・ありがとう」
地下鉄の階段を下りる良平を、知可子は母親のような気持ちで見送った。何か切なくて、やり切れない思いで胸がつまった。いつもなら、階段を下りながら、振り返ってオーバーなギャグを送る良平だが、急ぐ乗客に紛れて、すぐにその姿が見えなくなった。知可子は、すぐにその場を立ち去ることがどうしても出来なかった。
良平からのFAXを読み終えると、知可子は壁の間接照明だけを残し、一切のスイッチを切り、良平の曲を流した。良平からの2mを読み返し、知可子は涙を抑えることが出来なかった。これ程までに良平が苦しんでいたのかと思うと、無性に自分が情けなく思えてくるのだった。片方の壁の照明の灯りが円錐型に膨らみ、天井の広範な部分が柔らかなオレンジ色に染められ、良平の電子音が軽いタッチで同じフレーズを幾度となく繰り返している。知可子は、良平を真似て背中を強く壁に押し当ててみた。小さくうずくまるように。
「胎児は、確かこんな格好で母親のお腹の中にいるんだったわ」
ふとそう独り言をつぶやき、どんなにか良平が辛い思いをして来たのか、そして、一人で必死に耐えようとしてきたのかを思うと、胸が痛んだ。
知可子は、ヘッドホンをつけ、ボリュームをいっぱいに上げた。