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(85) 襲い掛かる ”不安”

容赦がない。
手加減がないのだから、為す術がない。
また、突然だからたまらない。

引き金になる外的条件は様々だ。何がどう刺激になるか見当もつかないから、予防することも出来ない。予測もつかない。「襲い掛かる”不安”」に私は無力でしかない。

気づくと突然「傷み」が押し寄せてくる。「アッ」という間なのだ。決まって背中のピンと張った力が砕けて、支えを失くしたように全身の力を失い、自然と前かがみにならざるを得ない。呼吸も乱れてくる。得体の知れない”不安”が襲うのはこんな始まりからだ。

生業がカウンセラーなんだから、全面的に受け身として”不安”に襲われたままではいられないと思う。自身の為にも、クライアントの方々の為にも、そんな理不尽な”不安”の正体の一部でも解き明かさないと洒落にもならない。

孫娘の小学校入学祝いにと思い、楕円形のキャンバスを手に入れた。メルヘンの世界を・・・と思い、湖での釣り人を遠影に、羊とのどかな牧草地をアクリル絵の具で描いた。二十日ほど、ああでもないこうでもないと工夫しながら絵の具を重ねていた間、一度も”不安”に襲われることはなかった。次いで、孫娘が夜中に怖い夢を見ると言うので、お守りにと思い紙粘土でお地蔵さまとお社を造った。お参りしてから寝るように、との思いからだ。この間、”不安”どころか、孫娘のためにとの思いもあってか楽しかったし、快調だった。

カメラを持って散歩となると、”不安”に襲われる”隙”がない。あれもこれもと楽しくなる。チビッ子たちが公園で遊んでいたりしようものなら、これもまた、”不安”が入り込む”隙”はない。とりたてて計画がなく、時間の構造化が出来ていなくて、何をしても良いし、また、何もしなくてもいい、いわば「ゆるい時間」とでも言うのか・・・もしかしたらこれが、”不安”が襲う”隙”が無いと言うことになるのかも知れないと思う。

誰しもが例外なく、”漠然とした不安”を抱えている。日頃はある程度の圧力で無意識のうちに抑圧しているのだろう。”不覚”が生じたらその”不安”は、ここぞとばかり襲い掛かるのだと思えてならない。”不覚” ”隙”かぁ・・・。

「気を失うんですよ。失神って言うんでしょうか?”不安”に襲われることに耐えられないのでしょうか?決まって昼休み少し前なんです」
「会社の同僚の皆さんは気づいてくれるんですか?倒れたりしたら二次的に事故になりますが・・・」
「毎度のことだということで、昼休みあたりになると近くの同僚たちが僕を気遣ってくれています。また、バタッと机に伏せる感じなので倒れるわけではありません」
三十五歳中堅公務員の彼は、上司からの紹介でカウンセリングに訪れた。毎日、ほぼ決まった時間に”不安発作”に襲われたのでは尋常ではなく、いつそれ以外の時に襲われたらどうしようと、やりきれないに違いない。

「仕事中はスーツにネクタイですね?こうしましょうか。十一時くらいに上着を脱ぎましょうか。そしてネクタイを緩めましょう。肩を上下に何回か動かして下さい。両手をまっすぐ上に挙げて伸びをして、バタンと下に降ろします。二・三回繰り返します」
「先生、これわかる気がします。流れの中断っていうわけですよね!」
「よくお気づきです。凄いですね。何か武道やられますか?」
「はい、ずっと柔道一筋です・・・」
「なるほど、やはりそうでしたか。なら早いですよ。例えば柔道で流れを中断して今まで欠けていた足技に集中するために、奥襟を取りに何度か試みて相手の気を奥襟に集中させる」
「奥襟を取るぞ、と相手の意識を集中させ騙して足技ですね。それと同じで”不安”が襲い掛かるのを
騙せますか?」
「いやいや、あなたを襲いにやってくる”不安”を騙すのではありません。来るぞ来るぞと予感してしまっている”あなた自身”を騙すんですよ」
「僕をですか!・・・なるほど」
「僕はね、あなた以上に重篤な”不安発作”に襲われることがあります。突然だということもあり、騙す操作も出来ません。座って背中を強く壁に押し付け、胎児のようにうずくまり、呼吸を整えるだけで精一杯ですよ」
「だとすると僕は軽いんですか?」
「平気平気。どうってことありませんよ。やってみますか?二週間試しましょう。多分、”不安発作”は起きないですよ」

”不安”はあって当然、生きていることの証である。恐れることはない。


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