三者面談
里美は夏休みの学校の廊下に母といた。
高校に入学して初めての三者面談だった。
里美は相変わらず、学校という仕組みが好きになれなかった。
そもそも集団が苦手なのだ。幼稚園の時点で母親に
「どうして毎日同じ人に会う為に、同じ場所に同じ時間に行かないといけないの?」
と聞いていた。母に
「里ちゃんは、お友達や先生に会いたくないの?」
と聞かれたが
「うーん。会いたいけど、毎日は会わなくていいかな。」
と答えていた。
幼稚園の時点で既にこの状態だったので、学校というものに馴染めるはずがなかった。人と違う考え方だと仲間外れになるので、必死に他の人はどう考えるかを考えても、いつも同じ考えには辿りつけなかった。そんなだったから、意味も無く人に合わせる事も辛かった。
結局、里美は変わっている。と同級生に言われるようになり、女子特有のグループにも属さなかったので、いじめのターゲットになるのに時間はかからなかった。中学3年の後半頃には受験で忙しく女子たちの結束も弱まり、部活も引退し、部活のブランドバリューも無くなり、何より精神的に少しずつ大人になり、そもそもグループが苦手だったけど、いじめが怖くてグループに入っていた子たちが、いじめられてもマイペースに少数のマイペースで風評を気にしない男子たちと楽しくしている里美を見て、里美の周りに集まってくるようになっていた。
高校でも相変わらずマイペースだったので、少々のやっかみや軋轢は感じていたものの気にしても仕方が無いので、気にしないフリをしてそういう人たちから距離をとっていた。
特に成績がトップでも、クラスに貢献するわけでもなかったが、里美はこの時の三者面談は全く心配していなかった。なぜなら、担任が超自由人だったから。担任の授業は分かりにくかったが、担任の考えは大好きだった。旅行が趣味の担任は古典の授業中に突然、旅行先での治安の良し悪しの判断の仕方を教えてくれた。生徒の個性を尊重する先生だったので、生徒の事は考えてません風を装いつつも、とても生徒から慕われていた。
教室のドアが開き、中に招き入れられた。
担任の正面に母と並んで座る前に里美は机の上に置かれた1.5Lサイズのペットボトルに気付いた。蓋が開いていてラベルもはがされているから、なんだろうと思ったら、ペットボトルの上部まで水が入れられ、その中に茎が無い花が浮かんでいた。
「先生のホスピタリティだ!先生なりに考えた結果、これになったんだろうな。」
と里美はとても感激した。そして、ホスピタリティなんて考えてません風を装いつつも、何とも言えないこの装飾を思いついて実行した担任が可愛く思えて仕方が無かった。
三者面談は里美が予想していた展開だった。里美の母は狐につままれた顔をして終わった。
学校を出て暫く歩いていると、ようやく我に返った里美の母親が怒りだした。
「なんなの、あの先生!」
と母親が言うので、三者面談に大きく満足した笑顔の里美は母の方を向き
「だから、とても良い先生だって言ったでしょ?その通りだったでしょ?」
と言った。
三者面談は、まず成績表を見せられて里美の強化ポイントや現状の話という普通のスタートだった。成績についての話が一通り終わると、担任は母親に向かって
「娘さんは、この1学期間毎日学校に来られていました。大丈夫でしょうか?」
と聞いた。母親は質問が理解できなかったらしく、はぁ?と気の抜けた声を出した。恐らく、こういったリアクションは初めてではないのだろう。担任が
「あのですね。学校に毎日来る事は良い事です。ただ、娘さんが無理しているのではないかと思いまして。」
と言葉を変えて母親に言った。母親はとても怪訝な顔をしながら
「毎日学校に行くという事は当たり前の事ですよね?」
と聞いた。すると担任は
「毎日来なくても大丈夫です。1-2日の授業の遅れはすぐに取り戻せますから。それよりも娘さんが無理をしない事の方が大事です。」
と言った。母親は驚いた顔をしつつも、どう返せば良いのか分からなかったらしく
「はぁ、、、そうですか。」
と言うに留めた。
里美の言葉に母親は
「あんなの先生、ましてや担任の言う事ではないわ!もちろん、無理をし過ぎたらだめだけど、あれじゃあまるで学校に来なくていいと言ってるもんじゃないの。」
と捲し立てた。里美は
「人間の体も気分も毎日違うし、人とは違うから。無理しても結局不調になった時にリカバリーが遅れちゃう。だから、人に合わせたり、常識に合わせたりせずに、自分の体や心の声を聞く事がとても大事だって先生は言いたかったんじゃないかな。まぁ、そもそも私が集団に馴染めない事は先生の同類として見抜かれているだろうし。」
と言うと
「そうねぇ。。。」
と母親は何かを考えているようだった。
母親もそもそも無理をするタイプけど、ルールはきっちり守るべきという人なので、里美はきっと母親もそのうちピンとくる事があるだろうと思った。
大丈夫ですか?という言葉がとても嬉しかった里美は、また新学期に担任に会うのが楽しみだなと思いながら、母親と帰路についた。