イギリスの医学部をめざして(上)

今回はイギリスの医学部進学を目指した学生の話を書きます。

バンコクのインターナショナルスクールに通う13年生(高校3年生)の K君は学校のワーク エクスペリエンス(職場体験)のプログラムを利用して、バンコク市内の私立病院で2週間研修を受けました。彼は大学の進路を決める前に、医者という仕事を実際に自分の目で見てみたかったのです。

その古びた病院の待合室を初めて見た時K君は少し不安になりました。  

「間違った所に来てしまったのではないだろうか?」
「日本人が利用する一流病院へ行くべきではなかっただろうか?」
という様々な疑念が彼の頭によぎりました。それでも、その病院のタイの医師達に会うとそんな心配も一気に吹き飛びました。
   

彼が一番最初に気付いたのはタイの医師達の優しさでした。彼らにとって、高校生のインターンを受け入れるメリットはほとんどありません。それでも、彼らはいやな顔を一つもせず、温かくK君の事を迎えてくれました。朝のミーティングから、患者の診察、そして、手術室にも彼を招き入れ、医者の仕事と言うものを見せてくれました。日本だったら、インターンの高校生が実際の手術を見学するという機会などはまずないでしょう。
お昼になると、医師達はK君を昼食に誘い、彼らの仕事についての様々な話をしてくれました。そして、その昼食代をいつも当然のように払ってくれました。K君がお金を出そうとすると、「あなたも大きくなって、職場にインターンの学生が来たら面倒を見てあげて下さい。」と言って、そのお金を決して受け取りませんでした。 

二つ目に気が付いた事はタイの医師達のコミュニケーション能力の高さでした。その病院にはいつも多くの患者がいて仕事は忙しかったのですが、彼らはいつも患者の話に熱心に耳を傾けていました。特に病気で不安を抱えた老人や子供の患者と話す時、医師達は彼らの話を良く聞き、時には冗談も交えながら、彼らの心配を取り除こうとしていました。
その病院ではスーパーバイザーという10年以上経験がある医師が、若手の医者を指導していましたが、彼らが若手に対して怒鳴ったり、声を荒げる事は一度もありませんでした。彼らはどんな質問にも辛抱強く、丁寧に答えていました。K君は医者としてコミュニケーションの重要性を彼らの行動から学びました。

三つ目に感じたのは、彼らの使命感でした。その医師達の仕事は激務を極めていました。彼らは基本的にはシフトで働いていますが、急患が出た時や手術がある時、その勤務時間は12時間以上にも及びます。しかし、彼らはどんなに疲れていてもベストを尽くしていました。そんな彼らの仕事ぶりからK君は「一人でも多くの病人を助けたい」と言う強い使命感を感じました。彼らはいつも「皆で助け合えばタイの社会はきっと良くなる。」と言って、多くのタイ人に見られる「助け合い」の精神を職場で忠実に実践していました 

K君は将来、彼らのようになりたいと思いました。そして、その職場体験の後、医学部に進学する事を決めました。彼の人生は文字通り、彼らとの出会いによって変わりました。K君の観察力や感受性もすごいですが、強い信念を持って働き、他人を感化してしまうタイの医師達は本当に素晴らしいと思いました。

K君の話を聞いて私も思わず、「彼らのように使命感と責任感を持って自分の仕事に打ち込んでいるだろうか」と自問してしまいました。

先日K君から「アイルランドの大学の医学部に合格した。」という知らせを受け取りました。

「大学で医学を学ぶのが楽しみです。」と言った彼の笑顔を今でも思いだします。


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