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楽園瞑想〜母なるものを求めて(9)再会


 私は母に会う気になった。

 そして会った。一人で会う勇気がなくて、姉に同行してもらった。母はあいかわらず笑わない。表情がわからない。感情を表さない。

 ずっと前から、どうしても母に確かめたいことがあった。私は真っすぐ母に向かって尋ねた。

 「お母さん、私のことが嫌いなの」

 私は泣き出しそうだった。

 母は答えた。

 「加代子が私を嫌ってた」

 私は一瞬、耳を疑った。

 確かに母はそう言ったのだ。母の目頭が光っていた。泣かない母が泣いていた。

 私は混乱した。いったい、どうなっているの?私が母で母が私?どっちがどっち?

 何が何だか、分からなくなる。 

 私たちは、お互いがお互いを否定しあう母と娘だったのか。私たちは合わせ鏡?お互いに鏡の中の自分を見ていたのだろうか。

 後で、姉がこんなことを言っていた。お母さん、毒が抜けたみたいに穏やかだったね。いやいや、もしかしたら、毒が抜けたのは私のほうではないか。

 母と私は一つ?苦悩を与えた人も、与えられた人も一つ?

 私は母を恐れていた。では、母も私を恐れていた?まさか、この娘は怖くて近寄れない、と思っていたのか?

 母は私に冷たかった。私は母に冷たくなかったか?

 何度も何度も、自問自答してみる。

 そして、この長い長い母とのバトルはいったい何だったのか、と思う。長年の怒りと悲しみが溶け出したのを感じる。私は、呆然とそれを見ている。

 そして、ずっと拒否してきた母を初めて心の中に迎え入れる気になったのだった。

 私は老いて一回り小さくなった母を抱きしめる。

 母の孤独を思う。私の孤独を思う。

 もしかしたら、二人の魂は相似形をしているのかもしれない。


 私は清々しい気持ちで、父の仏壇に線香をあげ、手を合わせる。姉は古いアルバムに見入っている。母は黙って夕飯の支度を始める。やがて弟が帰ってきて、一緒に食卓を囲むだろう。

 ばらばらになった家族が再会した日。小さな奇跡が始まった日。

 私はやっと実家に帰れることができたのだ。お母さんの家に。

 それは、現実ではお母さんの家でもあるし、私の心の中にも確かに存在している、心の中のお母さん。


 私はいま、石垣の自分の部屋にいる。

 そして、長くて悲しかった旅路をふり返り、大切な宝物を愛おしむような気持ちで眺めている。


 よーし、明日にはオバアの家を訪ねてみよう。ジュース一本持って。


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2012年3月 執筆 

(終わり)



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