見出し画像

無料とは「その分しか手に入れられない」という制限

 初回無料、基本無料、無料お試し、今なら無料、無料キャンペーン。今、無料は本当に「安く」なった。こんなにも無料があふれかえる時代はきっとないと思えるくらい、私たちは多種多様な種類の無料を、色んなところで見かける。
 そしていくらでも無料は利用できる。無料で遊べるし、無料で知ることができるし、無料で稼げたりする。すごく手軽で、恐ろしいくらいに私たちはこの「無料」に慣れてしまった。

 しかし考えてみれば、無料とは無料ではなくて、つまりお金がかからないという意味だけではなく、「無料分しか得られない」という意味ももっている。つまり無料とはタダで何でもできるから嬉しい、というよりは、お金を出していない分、それまでのものしか手に取ることはできない、ということなのだ。
 そして大抵の場合、時間はかかる。なぜなら無料の分、それを手に入れるためには条件があり、苦労しなければならないからだ。まして無料の分だけ質が下がっているのに、条件を満たすために時間もかかるということが往々にしてある。

 結果、現代の無料とは、有料よりも多くの試練を課されても仕方がないものとなった。受け取れる質は大したことがないのに、無料という以外に取り柄がないものがはびこっている。無料をありがたがり、それをただ「タダ」だと思い込み、どんどんと受け入れていった今がここにある。
 そのおかげで様々なものがとりあえず無料になり、手軽に、様々な経験もできるようになったが、けれど、やはり勘違いしてはいけないのは「無料は無料ではない」ということだ。
 無料は、制限である。
 けして私たちを、お金という枷から解き放つだけのものではない。

※このテーマに関する、ご意見・ご感想はなんなりとどうぞ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?