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ステラの事件簿⑦《電子証明書、偽りと成る・漆》


●登場人物
 ・宝城愛未(まなみ)…欧林功学園の人気教師。ある冤罪を着せられる。
 ・島原太東(たいとう)…学園OBで、学園システムのエンジニア。
 ・大林星(すてら)…学園中等部2年の本作主人公。事件の解明に奔走。
 ・中沢慶次(けいじ)…学園用務員。不審な女生徒について星に話す。
 ・向田海(かい)…学園高等部2年で映像研究会会長。星の友人の兄。
●前回までのあらすじ
 地域では有名な中高一貫校、欧林功学園で男子生徒の体操着が盗まれる事件が起きてから1か月。星(すてら)は独りぼっちで下校中、大量の体操着が入ったスポーツバッグを発見する。
 そのバッグの持ち主は人気教師の愛未で、彼女の元には、身に覚えのない彼女自身の犯行現場の映像が送り付けられていた。星は困惑しながらも、愛未を信じたい気持ちで事件の調査と、真犯人の究明を開始する。
 いつ、愛未が窃盗事件の犯人として逮捕されるかわからない中、新たな「愛未の犯行映像」が送り付けられ……星はその現場に不審な女生徒がいたことを突き止める。
 一方の愛未は、諸々の映像について学園OBの太東に聞き込みに行く。すると太東は、星も愛未も知らない「3つ目の映像」の話を切り出した――

「こんなの、何かの間違いよ……!」
 コンピュータールームに愛未の声が響く。その表情は悲痛に歪んでいた。彼女は今、身に覚えのない事件の犯人に仕立て上げられ、その原因を突き止めるため、学園のシステム担当者に話を聞きに来ていた。
 その担当者――島原太東は、愛未の視線を涼しい顔で受け流し、再生され続ける「犯行現場の映像」を一時停止する。
「信じられないと言っても、これは事実です」
「でも、そんな映像……どこから」
「学園の防犯カメラですよ? 直接に決まっているでしょう」
 島原は机の上に置いてあったSDカードをつまんで見せた。よく見ると、「第3校舎2ーN」と書かれたラベルが張ってある。愛未がはっとした顔をする。冒頭少ししか見ていないから確証はないが、確かに映像の場所は、第3校舎――中等部の教室がある校舎に似ているような気がした。
 島原は、学園のカメラの一部が、昨日メンテナンスをしていたことを語る。この映像はメンテナンスの過程で見つかったものらしい。
「続きを見ますか?」
「……」
 愛未は目線を下に落とす。先ほど淹れ直してもらったお茶が、静かに揺れていた。彼女の目的は、ここに事件の証拠や、手掛かりになるものがないか探すことだった。防犯カメラに自分の犯行現場が映され、しかもそれを送りつけられる恐怖……調べないわけがない。犯人は彼女に恨みのある人間か、それとも何かのメッセージを伝えたいのか、愛未はそう思って、今まで調査を進めていた。
 けれど事件は、愛未の考えとはかなり違う方向へと進んでいっているらしい。なにせ、島原が見せてきた「3つ目の映像」に映っていたのは――

「――見せてください、島原太東さん。あとできれば、データをいただきたいです」
「えっ……?」
 ガラリと、コンピューター室の戸を開けて入ってきたのは大林星だった。予想だにしない登場人物に、愛未は口を開けたままだ。一方の太東は、分かっていたとばかりに持っていたSDカードを星に向かって弾く。
「わわっ……!?」
 星はどうにかそれを手のひらに収めた。ふう、と一息ついてから咳払い。慌てたことをごまかした。
「い、いきなりなんですか」
「いや、欲しいと言ったものだからね。それはコピー済みのものだから、用務員に話を通して持って行ってくれ。それより――」
 島原はPCを操作して、コンピューター室の扉を閉めた。愛未がびくりと肩を震わせる。
「開けたら閉める。この学園はそんな簡単なことも教えていないのか?」
 島原は大して気にしていないように言ったが、愛未が申し訳なさそうな顔をしたので、少しだけ口角を上げ「冗談だ」と示してみせる。星はSDカードを学生手帳に挟むと、改めて、いまだ一時停止状態の映像が映るモニターへと近づく。
「僕が映っているみたいですね」
「……あんまり驚いてないね?」
「まあ、手紙が来ましたから」
「「手紙……?」」
 島原と愛未の声が重なる。星は一通の便箋を取り出すと、その中に収まっていた手紙を広げた。そこにはびっしりと、星への恨み節と、愛美にこのまま協力するなら敵とみなすなどの文言が強い口調で書かれていた。
「自分の席に入ってました。それと、ここに来れば見れるだろう、とも」
「……!」
 その言葉に、島原はわずかに眉を上げた。少し考え、口を開こうとしたところ、隣の部屋からアラームが鳴る。
「……お湯がわいたようだ。君も座りなさい。こういうときは落ち着くことが大事だからね」
 星は素直に従った。何やらブツブツと口を動かしながら、部屋から去っていく島原。着席した星が深々と息をはくと、隣の愛未が「ごめんね」と呟いた。
「何がですか?」
「だって、星くんまで狙われちゃった…」
「危ないのは元々ですよ。むしろ、犯人の手がかりが増えたからありがたいくらいです」
 星は愛未を安心させるべく、柔らかい口調で言った。こうなることは予想していたとは言わないが、遅かれ早かれ標的になるのは分かっていた。むしろ、そうやって犯人の矛先が少しでも逸れている間に、確たる証拠を見つけることが大事だと星は考えていた。
 お茶の、いい香りが漂ってくる。愛未の飲みかけているものとは別らしい。
「星くんは、あの人のこと信用してるの?」
 愛未は小声で、星に尋ねる。星は、はっとした表情で愛未を見たが、それは彼女の言葉そのものに驚いたからではないようだった。
「愛美先生でも、人を疑うんですね」
「え? そ、それはもちろん……というか私、疑り深いのよ、本当は」
 目をそらす愛未。そんな仕草に、星は思わず笑った。いつも、誰かの相談を真摯に聞いたり、誰かのために頑張ったり、授業のことを格好良く答えていたりする姿しか見ていなかったから、星にとって今の様子は中々新鮮に映った。
「わ、私のことはいいから、質問に答えて……!」
「まあ、信用というか……手紙のことを知ってるかどうか、確かめただけですよ。かまをかけるって言うんですっけ」
 星は、島原の入っていった隣室の戸を見つめる。
「防犯カメラの映像は、犯人の武器です。それを管理している彼が敵かどうか、それから、どのくらいのことを知っているかは、分かっておかなきゃと思いまして」
 星はそこまで語って、ぽかんとした様子の愛未にあどけない笑みで応える。改めて、星と愛未は問題の映像を眺めた。そこには、教室に大型の機械を運び込む、見に覚えのない星の姿が、あった。

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