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はじめての古文書学習(1) 「初心者のくずし字解読奮闘記」 吉成秀夫

はじめに
 古文書の学習をはじめて2年半になる。しばしば学習をさぼってしまうせいか、初心者の域を出ない。
 それでも良き先輩たちのご指導に恵まれたおかげで解読できる文字が少しずつ増えてきた。
 ここでは、私がどのように古文書の勉強をはじめたのか、そしてどのように勉強を進めているのかを書き留めていきたい。折々、北海道の歴史・地理・習俗などに触れることにもなるだろう。私の体験談が、これから古文書を学びたいと思っている誰かの参考にわずかでもなればこの上ない歓びである。
 
 私が古文書を学びたいと思ったきっかけは、私が古書店を営んでいることに大きく関係している。古書業界に入って約20年。そのあいだに古文書などの和本に触れる機会がいく度もあった。触れるうち、古文書を商売として扱ってみたいという気持ちが大きくなった。
それに、せいぜい160年以前の本や文字が全く読めないでいるのは悔しいのだ。
 また、北海道に関する本を取り扱うことが多いが、北海道史をきちんと学習したことがなく、一度しっかり勉強してみたかった。
 
古文書学習いろはのい
 さて、古文書を勉強したいが入り口がわからない。ゼロからはじめるには、何をどのように勉強すればよいのだろう。
 2021年12月。「札幌 古文書 学習」で検索すると、札幌歴史懇話会の「古文書解読学習会」というブログがヒットした。月に1度、100名以上が集まって古文書を学んでいるという。札幌にそんなに大勢の古文書学習者がいるのかと驚いた。早速見学を申し込むとすぐに「ぜひ見学においでください」と、主催者の森勇二さんから返事が来た。嬉しかった。期待に胸が高鳴った。新しい世界の扉が開くのだと思った。
 意気揚々と参加した第一回目はわからないことだらけだった。初心者向けのガイダンスなどあるわけもない。しかも、この日はどうやら主催者の森勇二さんが急遽欠席することになり連絡が錯綜しているようだった。皆あわただしそうにしている。受付の人に名前を伝えるとしばらく待たされた。ようやく指定された座席にすわり、隣にいたおじいさんに挨拶をした。「古文書は初心者ですががんばりたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」と言うと「この学習会は人数が多すぎるんだ」と悪態をつかれた。こわいと思った。
 参加者は100名をはるかに超えているようだった。座席は4つの班に分かれていた。班ごとに解読ページが割り振られていて、順に翻刻案を読み上げる。それに対して、他の班の人たちから別の解読案があがり、司会が会場全体に諮るなどして翻刻文を確定してゆく。解読文字を決定できない場合は保留にして進む。
 テキストのコピーは『日諸用留』『箱館定飛脚記録』の二種類があった。どちらも私にはみみずがはったような字にしか見えない。それでもよくよく見つめていると、だんだん文字に見えてくる。読み上げられる解読文を聞きながら文章を追いかける。ところどころ判読できる字を頼りに、いまどこを読んでいるのか見当をつけて目を走らせるのが精一杯だった。となりのおじいさんはおもむろに「書」と「出」のくずし字はよく似ていてほとんど同じだから文脈で判断するしかないんだ、と私に教えてくれた。おじいさんは周りの人たちから「先生」と呼ばれていた。いったい何者? と思いながら私は緊張がすこしほぐれていくのを感じた。
 
 初日はあっという間に終わった。まったくわけがわからないまま終わった。いくらなんでもわからなさすぎる。こんなていたらくでいつか本当に古文書が読めるようになるのだろうかと途方に暮れた。それでも、気づいたことがあった。みんなが共通の辞書を使っていたことだ。それが児玉幸多編『くずし字用例辞典』だった。自分の古書店の在庫を検索すると一冊ヒットした。近藤出版社刊行の「机上版」とある。倉庫で手に取ってみるとずしりと重い。会の人たちが使っていた辞書は赤い函に入った小ぶりの「普及版」で、東京堂出版刊行のものだった。私の手元にあるのは緑色の重厚な辞典だ。まずはこれで勉強してみよう。さっそく「書」と「出」を引いてみた。「先生」が言っていたとおりだ。二つの文字はそっくりだった。いつか読めるようになるまでがんばってみよう。辞書の重さを手に感じながら、すこし希望が見えたような気がした。

突然の解散
 年が明けて、月に一度の古文書解読学習会の日がきた。私にとっては古文書学習の第二日目だ。どんなに分からなくても参加し続けて、とにかくくずし字に慣れていきたいと思った。重い辞書をカバンに入れて会場へ向かった。ところが、会場につくとすぐに、誰からともなく「森さんが亡くなった。この学習会も解散になるらしい」と聞こえてきた。「せっかく入会したばかりなのに残念だったね」と誰かが声をかけてくれた。わけもわからずショックを受けていると、学習会の冒頭、森さんの遺族という女性が挨拶をした。長年のお付き合いに感謝申し上げますと言っていた。私は一度もお会いすることのないまま訃報に接っしたのだった。その後は通常通りその日予定されていた分の学習が進み、会の終盤になると今後の方針が議題にあがった。司会の人は、この学習会はあくまで森勇二さん個人の私的な塾であるから、森さんが亡くなった以上、会は解消すべきだろう、と言った。皆さんはどうお考えになりますかという問いかけに、どうにかして会を存続できないかという声が二名から上がったものの、大勢は会の解消に賛成だった。足を引っ張るだけの初学者である私は意見を言える立場にないと思って口を噤んでいたが、内心では存続してほしいと願っていた。はたして札幌歴史懇話会はこの日をもって解散することに決定した。せっかくつかんだ古文書学習の糸口が、指の間からするすると逃げてしまうのを感じた。学習二日目にして、せっかく開いたと思った新しい世界への扉が、再び閉ざされた。これからどのように学習していけばよいのだろう。

武家用文章 目録

古文書解読・実践編
 さて、ここからは第二部として、古文書初学者の助けになるテキスト『武家用文章』を実際に翻刻してみます。これは江戸時代の武家の「手紙の書き方」の本です。文例集であり、封の仕方など細かな礼儀も記されています。この本がくずし字の初心者向けに良いと思う理由は、フリガナが振ってあるからです。(ちなみに、かなについて学びたい人はまずアダム・カバット『妖怪草子 くずし字入門』柏書店がおすすめです。江戸時代の妖怪がかわいいので、たのしく勉強できますよ。)ではまず『武家用文章』の目次から見ていきます。私にとってはどんなときに手紙が書かれたのかがわかるだけでも興味深く感じます。なお、私の手元にある和本の奥付は「文化14年丁丑仲秋東叡山下 両社天神前 書林花屋旧二郎梓」となっています(花屋久次郎か?)。なにぶん古文書解読初心者の翻刻なので誤りもあるかと思います。正確な解読箇所は古文書学習会の諸先輩方のご指導のお蔭です。間違いがあればひとえに私の不勉強のせいです。先達の皆々様の教えを乞いたいと思います。
 
武家用文章(1)
武家用文章 目録
〇公用向之切紙類(こうようむきのきりかみ〔てがみ〕るい)
 △召状(めしじやう) △同請書(うけがき)
 △頭(かしら)之宅にて申渡事有之前日(せんじつ)之達書(たつしがき)
 △同請書(うけがき)
〇窺書願書(うかがひしよねがひしよ)之類
 △養子願窺書(やうしねがひうかがひしよ) △聟養子願書(むこやうしねがひしよ)
 △縁組願書(えんぐみねがひしよ) △隠(ゐん)居願書(ねがひしよ)
 △夏足袋願書(なつたびねがひしよ) △病後歩行願書(びやうごほこうねがひしよ)
 △入湯願書(にふたうねがひしよ) △永之暇願書(ながのいとまねがひしよ)
〇届書類
 △養子引取届書(やうしひきとりとどけがき) △妻女引取届書(さいぢよひきとりとどけかき)
 △出生届(しゆつしやうとどけ)並産穢書付(さんえかきつけ) △産穢明届書(さんえあけとどけがき)
 △病気引込届(びやうきひきこみとどけ) △同神文状(しんもんじやう)
 △忌中(きちう)之届(とどけ)並忌服書付(きぶくかきつけ)
 △紛失物届(ふんしつものとどけ)書 △親類義絶(しんるいぎぜつ)之届(とどけ)書
 △勘当(かんたう)之届書
〇口上書(こうじやうがき)之類
 △出火之見廻(みまひ) △類焼(るいせう)見廻
 △悔(くやみ)
〇結状(むすびじやう)之類
 △家督祝義(かとくしふぎ)状 △同返(へん)状
 △役替(やくがへ)之歓(よろこび)申来候方へ答礼(たふれい)状
 △婚姻(こんゐん)之歓(よろこび)状
〇裏白(うらじろ)ものの類
 △他家之主君(たけのしゆくん)の機嫌(きけん)を伺(うかがふ)状
 △養子願親類(やうしねがひしんるい)より添(そへ)状
〇切手手形証文(きつててがたしやうもん)類
 △見附(みつけ)之御門(女(ごもんをんな)を通(とふし)候切手(きつて)
 △侍奉公(さふらひほうこう)人親類書(しんるいしよ) △奉公(ほうこう)人請状(うけじやう)
 △金子借用証文(きんすしやくようしようもん) △養子離縁(やうしりえん)状
 △譲証文(ゆづりしようもん)
〇結納目録帯代(ゆひなふもくろくおびだい)目録等認方折方(したためかたをりかた)

武家用文章 目録

武家用文章
 此書は武家重からざる陪臣の振合のみを輯諸家夫々の風有て少づつの違はあれ共大概此心得なるべし
〇公用向之切紙類
 △召状
何之誰
何之誰殿      何之誰
何之誰
(頭注)
武家に取扱ふ書物種々有半切もの届書願書うら白もの夫々に紙の様子包方皆大概の定り有能々振合を心得へし
 
△召状は或は家老年寄又は重役々の頭より達し家風にて替り有日向糊入等の半切紙切封じ也都て半切に書たるを

武家用文章 目録

【執筆者プロフィール】
吉成秀夫(よしなり・ひでお)
1977年、北海道生まれ。札幌大学にて山口昌男に師事。2007年に書肆吉成を開業、店主。『アフンルパル通信』を14号まで刊行。2020年から2021年まで吉増剛造とマリリアの映像詩「gozo’s DOMUS」を編集・配信。2022年よりアイヌ語地名研究会古文書部会にて北海道史と古文書解読を学習中。
主な執筆は、「山口昌男先生のギフト」『ユリイカ 2013年6月号』青土社、「始原の声」『現代詩手帖 2024年4月号』思潮社、共著に「DOMUSの時間」吉増剛造著『DOMUS X』コトニ社など。


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