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「メンやば本かじり」最後に真面目は勝つ編

 メンやば本かじり、久しぶりの投稿である。とくに誰も読んでいないので久しぶりかどうか誰も(私自身もさっぱりなのだ)わからない。

 わからないから、あたかも連投のふりができる。ああ私はこれっぽっちもさぼっちゃいない何て真面目な人間なんだ! と記憶改竄で自画自賛できる。自画自賛をするとやる気も出てくる。おや、一石二鳥だ。

 そうそう鳥といえば、本日8月10日は焼き鳥の日、だったそうだ。焼き鳥といえば、鳥類学者の川上和人さんによる『鳥肉以上、鳥学未満。』が読みたくなる。

 私は鍛えてもあまり筋肉がつかない体質である。おかげさまで、夏になるとマッチョが自慢げにタンクトップを着ているのを苦々しく思いながら人生を歩んできた。
 そこで勇気を出して聞いてみた。そんなにマッチョを自慢したいのですか? 筋肉のない私を蔑んでいるのですか?

『鳥肉以上、鳥学未満。』(岩波書店)川上和人 著

 いやいやいや、そんなん聞いたらあかんやろ!

 私もまったく筋肉がつかない(だがしかし脂肪はどっぷりつく)ので気持ちはわからなくもないが。てか、鳥関係ないやん、その本。筋肉自慢に文句言いたいだけな本やん、と思われた方。ぜひ『鳥肉以上、鳥学未満。』を購入して読んでほしい。読み終えたころには鳥トリビアどころか鳥専門知識を誰かに語りたくなること間違いなしだ。

 さて、学者と聞くと冗談は通じない真面目な眼鏡の人を想像してしまうが、川上さんは眼鏡だ。そして基本は真面目だ。そこはブレなかった。が、笑いをちょいちょい入れてくる。

 ただ、川上さんのように爆笑する文章でなく、ご本人は至って真面目で笑いのある内容でないのに笑ったときのように心を精彩にしてくれる学者もいる。
 それが今日紹介したい書籍、ひのまどかさんによる『音楽家の伝記はじめに読む1冊 小泉文夫』(YAMAHA)、そう小泉文夫氏だ!

 小泉氏をご存知ない方(私も知らんかってん)のためにちろっと説明をさせていただくと、小泉文夫氏は、東京大学文学部(美学美術史科)卒業後、大学院に進み平凡社の嘱託となり「音楽辞典」の編集にたずさわる。平凡社退社後、東京藝術大学やコネチカット州のウェスリヤン大学で教鞭をとった民族音楽学者だ。国内だけでなく、インドにパキスタンカナダなど多くの国を巡り音楽の研究に励んだ人物である。

 小泉氏が東大に合格したのが一九四七年。インドがイギリスから独立した年となる。そしてその数年後、小泉氏はインド政府給費留学生試験に合格し、インドへと旅立つ。インド音楽を研究していた彼にとってそこは憧れの地──のはずだったが!?

──うっ!
 彼ははげしいかゆみで飛び起きた。(…)
──うー、かゆい。かゆくてたまらない。おまけになんという暑さだ!
 カルカッタ(現コルカタ)から二十九時間の汽車の旅の末、深夜疲れはててマドラス(現チェンナイ)に着いた彼、小泉文夫は、駅の近くの若者用宿舎YMCAに部屋を取り、トランクや布袋を放り出したままベッドに倒れ込んだのだが、そこで人間の血を待ち受けていた害虫たちの総攻撃にあってしまった。

『音楽家の伝記はじめに読む1冊小泉文夫』(YAMAHA)ひのまどか 著

 インドには訪れたことがないので何とも言えない(しかも現在とはまた違っているはず)が、こんな目にあったら私は心が折れてしまいそうだ。『ジェームズ・メイの世界探訪インド編』を見る限りではわちゃわちゃしている感じは現在も残っていたそうだが。

 まあただ、インドに憧れる気持ちはわかる。あの独特の音楽はもちろん、インド文学であるジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』は登場人物の心情の描き方がくどくなくそれでいてしっかりと伝わり、読めばごっそりスパイスを買って料理がしたくなる。どの話(新潮文庫『停電の夜に』は短編集だ)にもおいしそうな料理や飲み物が出てくるがそれは決して特別なものではなく、登場人物と同じくらい作品にしっくりと馴染んでいるのだ。侘しい夕食のあとに読むと、私はマッチ売りの少女よろしく満腹感を味わえるのだ。
 ボリウッド映画の『ピザ!』や『めぐり逢わせのお弁当』は心が疲れているときにうっかり見たらもう号泣だ。人は一人では生きていけないこと、助けてほしいときはまず自分が助けてあげること、そしてご飯が食べられることに感謝し、もしそこに一緒に食べてくれる人がいたらその人の「心の空腹」にも目を向けてみること。大切なことをたくさん教えてくれる。
 ああインド、行ってみたいなあと夢を見ていたが……『小泉文夫』の冒頭を読んだら……ど、どじゃろ。

 なんて度量の狭い私と違い、小泉氏の心は折れない。

 小泉は、週に一回は東京の妻三枝子に手紙を書いていた。インドに着いた最初のころは『なんでこんなに暑くて汚いところに勉強しにきたのかと、後悔しています。食べ物も不潔で口に入りません。ああ、そばが食べたい。お寿司が食べたい、おせんべいが食べたい!』と不平不満を書き連ねていたのが、パター家に落ち着いてからは『緑に囲まれた居心地の良い家に住んでいます。食事もパター夫人手作りの西洋風のおいしいものを食べています。住めば都といいますが、もう外国にいる気がしません』と、現金なものでガラリと変わっていた。

同上

 パター家とは南インドに住むイギリス人のご夫妻だ。小泉氏が彼らの家に下宿するのはインドに到着後数週間経ってから。なんだ、インドらしい生活はたった数週間であとはイギリスで暮らしているようなものじゃないか、と言いたくなるだろう。

 だが、彼は違う!

 パター家から宮殿のような音楽院へ通う小泉氏。優雅な留学生活送ってんな、と言いたくなるところだが、そこで終わらないのが学者である。

 小泉は校舎の二階の風通しの良いバルコニーでヴィーナを練習しながら、
──こんなぜいたくで優雅な留学生活を送れて、なんて幸せなんだろう!
 とうれしさがこみ上げてくる一方、
──このままでは、インドやインド音楽の一端しか知ることができないのではないか?
 というあせりも生じて、気持ちは揺れ動くのだった。

同上

 そうして小泉氏は低い階級(当時カースト制度は廃止されていたが、憲法によって禁止される以前だった。とはいえ、禁止されたあとも社会に根づいているのが現状のようだ)の家を訪ね、インドの竹笛を習いに行ったりもした。留学の条件は美しい宮殿のような音楽院で学べばいいだけなので、わざわざ行く必要はないのだ。しかも、来たばかりのころはあれほど嫌がっていたのに。

 ちなみに、ヴィーナとは

大きな半円形の共鳴胴(弦の振動に共鳴する胴)と、そこから出ている太い棹の先にもひょうたん型の共鳴胴を持った、大型の弦楽器である。

同上

 私は本書ではじめてヴィーナを知り、添付されたQRコードから奏でる音を知ることができた。インドの音楽は聞いただけでスパイスの香りまで家中に充満している気分になり、快活な気持ちになるから不思議だ。とはいえ、聞いているぶんにはいいが、とても独特なリズムなだけに演奏したいとは思わない。才能が溢れる小泉氏でさえ苦戦していたので容易ではないのだろう。それでも彼はめげずにさまざまなインド特有の楽器を学び、ときには女性たちに混ざり足に鈴をつけて踊り、ひたすらに音楽を自分の体へと吸収していった。 

 そうして小泉氏は音楽院のテストに合格し、数カ月後には手で食事を食べ、その後も日本からの持ち物を売りながら楽器を買うことに専念した。気づけば彼の姿は、入国当初は歩けば群がってきた物売りたちも見向きもしなくなるほどだった。

一年半のインド生活で服は汚れ、顔はやつれて真っ黒になっていた小泉は、彼らにはもう用の無い人間だったのだ。

同上

 ここまでやりきれる、この精神を煎じて飲ませてほしい!

 さて、留学期間を終え帰国した小泉氏は大学でインド音楽について教授する。はい、めでたしめでたし。とはいかないのが小泉氏である。

 帰国すると今度は日本の音楽が気になる。彼はただインドで音楽を学ぶだけでなく、留学を経て外から日本を見る目を養っていたのだ。
 
 次に彼が取りかかるのは、わらべうたの調査と研究。百六もの小学校へ調査の協力を求める手紙を書いたというのだ。当然、当時はインターネットなどない。一枚一枚手書きで手紙を書き、切手を貼り、郵便局に出していたのだ。すごい労力だ。
 このわらべうた調査は彼のゼミでその後十年も続いたという。

 さらにその後も小泉氏はペルシャ、沖縄、エジプト、カナダ・アラスカのエスキモー音楽と研究を続けていく。

 それだけ世界の音楽を研究してもまだ彼の勢いは止まらない。今度はバリ島へと飛び立つ。小泉氏四六歳のことである。

──ああ、日本からこんなにも近い国に、人生の半分をささげても悔いのない音楽や芸能がこんなにもたくさんあったとは! それを知らないで死ぬなんて、許せない!

同上

 私はこの一節を読んだとき、涙が溢れるのと同時に腐った自分の心が一瞬的皪とした輝きを放った気がした。私にはまだ知りたいことがあることを思い出したのだ。もちろん、こんな希望をもったところで──ああ、無能なあんたは実験水槽のねずみねと周囲の人は思うだろう。希望なんかを持ったばかりに60時間頑張ってみてもどうせ溺れるなら、5分溺れたほうが楽だぞ、と。

 しかしどうだろう。60時間、ねずみは何を見ていたのだろう。人間たちを焦げるほどにその目に焼きつけていたのだろうか。きっと、そんなことをしても無駄だし無意味だよと言われるだろう。だが、人生が終わればすべて無になるかどうか終わったことがないのでわからない。

 私は、もう少しもがいてみたい。


◾️書籍データ
『音楽家の伝記はじめに読む1冊小泉文夫』(YAMAHA)ひのまどか 著
難易度★★☆☆☆
ふりがながふってあるので小学生からでも読める。音楽に興味がなくても小泉氏のチャレンジ精神は知っておいて損はない。
楽器の写真やイラスト(なんと小泉氏によるものだが、かなりうまい)、さらにQRコードによって実際に演奏している音まで聞けるありがたい書である。

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