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8月3日 恐怖の南部鉄器

どうやら、父方の祖母がわたしに南部鉄器の鉄瓶を買ってくれたらしい。南部鉄器ってこういうやつね👇

南部鉄器 鉄瓶 平成丸あられ 1L

ただでさえ貧血体質なかわむら、今はさらに抗がん剤の副作用による骨髄抑制(白血球、赤血球、血小板の減少)があって、フラフラする、怪我が治りにくい、免疫力が下がるといった症状が現れやすくなっている。それらを少しでも抑えるために鉄分を摂りたいな〜と前々から思っていて、いつだったか、父にポロリと漏らしたのだった。

「うちに余ってる南部鉄器ない?あったら送ってほしいんだけど」

南部鉄器はその名の通り鉄でできているため、お湯を沸かすと鉄が溶け出して、効果的に鉄分が摂取できる。しかし、実家には錆びた物しかないとのこと。入手を諦めていたところ、昨日、祖母がわたしへのプレゼントに買ってくれたというのだった。

感謝を伝えるために電話をかけた。祖母と話すのは実に7、8年ぶりで、なんだかオレオレ詐欺を仕掛けるような気になった。

「はい、もしもし」
「もしもし、まみだよ」
「あ、まみちゃん?」

うちの祖母は、この「はい、もしもし」と「あ、まみちゃん?」の声のトーンが1オクターブほど異なる。明確によそ行きの声がある世代なのだ。そういえばそうだったな〜と、早くも懐かしくなる。

「まみだよ〜、元気?南部鉄器を買ってくれたって聞いて、ありがとうと思って電話したよ」
「んだよ、まみちゃんに元気になってほしくて買ってきたんだっけ、元気?早く元気になってね」

高齢の祖母に「癌は治らないんだよ!」なんて野暮なことを言う気はないし、むしろ彼女の気持ちが素直に嬉しくて、元気元気、と笑いながらぼろぼろと泣いてしまった。

祖母の話を要約する。

  • 弱火で沸かすんだって

  • 元気?早く元気になってね(2回目)

  • 弱火で沸かすんだって(2回目)

  • 今日はお祭りをやってるよ

  • 鉄器は駅まで歩いて買いに行ったよ

  • 小さいやつだよ

  • 91歳になったよ

  • 社交ダンスを続けてるよ

  • 背筋が伸びてるからみんなの目標にされてるよ

  • みんなから化け物って言われてるよ

  • まみちゃんも早く元気になってね(3回目)

  • 弱火で沸かすんだって(3回目)

  • じゃ切るよ

最終的にガチャ切りされて笑った。「じゃ切るよ」の「よ」の途中で、ツー、ツー、と終話音が鳴っていた。

社交ダンスを続けている?91歳で?というか、実家から駅までは、歩くのが比較的速いわたしでも20分はかかるはずだが?そして、それなりに重さのある南部鉄器を歩いて持って帰ってきたのか?ツッコミどころが多すぎて、相槌が何も追いつかなかった。

南部鉄器は今日にでも送ってくれるということだったので、週明けには東京に届くだろう。変な色柄のクソださ鉄器が届いたらどうしよう……。でも、届いた物がどんな物であれ、長く大切に使おうと思った。それにしても「祖母が贈ってくれた南部鉄器で毎朝白湯を沸かして飲む」だなんて、“ていねいな暮らし”界隈の頂点に躍り出たも同然では?IDÉEの代わりの無印良品、の代わりにダイソーやセリアを使う市井の民とはわけが違うので敬ってほしい。本当は「祖母から譲り受けた」としたいが、嘘はよくないので諦める。ダイソーやセリアはわたしも愛用しています。いいよね〜(庶民)。

祖母へは、南部鉄器と一緒に、社交ダンスの写真を送ってくれるように頼んだ。社交ダンスというくらいだから赤やスパンコールのドレスを着ているのかも……と想像して、少し嫌な汗をかいた。わたしの癌は、祖父と父の遺伝由来の発病だ。祖父は、もう20年近く前に鬼籍に入っている(そして暇になった祖母は社交ダンスを始めた)。祖父や父の血と等しく、このとんでもない祖母の血もわたしに流れていることを考えると、ひょっとすると、わたしは意外と長生きできるのかもしれない。


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