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「昼の花火」山川方夫著:図書館司書の短編小説紹介

 真夏の昼下がり、主人公は四つ年上の女性と母校の高校野球の観戦に向かう。
 野球場の席に腰を下ろした時、彼はふと今隣に座る女性と参加した、花火大会の夜に見た光景を思い出す。
 あるビルの屋上から、外国人の幼い少女が夜空に咲き乱れる花火に向けて手を振り、大声に叫んでいる姿があった。
 成人した後まで、彼女はこの夜のことを覚えているだろうか、と彼は考える。大人になった彼女は、花火のことは覚えていても、ビルのある東京の町のことは記憶の中に残っていまいと。
 野球場で強い日差しに照らされながら、主人公は女性から、秋に結婚することになったと告げられる。
 深い仲にはならなかったものの、二人は一年間付き合った。
 その一年の恋は、外国の少女にとっての花火のように、一瞬の印象だけが残る架空のあだ花になってゆくのではないか。
 ヒットを打って二塁へ向かう打者、巨大な泉に似た青空、そこに回想とも現実とも区別がつかぬ昼の花火が広がる。
 二人は選手に向けて拍手を送り続けた。
 夏の日差しと花火の夜の幼な子、実ることのなかった束の間の恋が美しい筆致で描かれた一作だった。
 
 年上の女性というと、私が予備校生の頃を思い出す。
 そこでは講師とは別に、生徒の成績管理や授業の下準備をする係の女性職員が配されていた。
 夏前に志望校を決めるための面接で、その女性職員の一人と空き教室の机を挟んで話す機会があった。
 そこで恋に落ちた。
 我ながら呆気ないほどに。
 中学、高校と六年間を男子校で女子との接点がないままに過ごし、マッチを擦ればすぐに爆発する揮発油のような状態になっていたためなのかもしれない。
 けれど、ひよこの刷り込みと同じで、初めて真剣に恋した彼女こそが私の運命の相手だと決め込み、大学四年生の時に同級生の子に思いを移すまで、ずっとその年上の女性職員を好きでい続けた。
 その間、彼女と会ったのは、私が予備校に遊びに行った時の三回だけなのだけれど。
 そしてそれはもちろん、実らぬ片思いだった。
 だからだろう。年上の女性が出て来る恋愛小説を読むたびに、その人のこと、当時の自分の一途さを思い出し、胸が温かくなる。
 平坦な日常を淡々と送る中、この感情が人生における何らかの熱源となっているようで、割と重宝している。恋はいいものだ、と。
 「昼の花火」(講談社文芸文庫『戦後短篇小説再発見3 さまざまな恋愛』所収)山川方夫著
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