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第8話『はだしの王様』

「び、びびび美少女キターーーー!?」

「っ!?」

 思わずボクはそう叫んだ。
 エルフ少女はボクの声に、ビクッと身体を震わせた。

(はぁ、はぁっ……怯んだ表情もかわいい)

 ボクはエルフ少女を観察する。
 エルフの特性上、正確なところはわからないが……外見は12歳ほど。小学6年生の女児くらいに見えた。

 スレンダーな体格、その身にまとうのは1枚の大きな布を巻いたような衣装。
 尖った耳と、巨大樹で光が遮られ薄暗い中でも輝く金髪。

 幼くともはっきりわかる美貌があった。
 そしてなにより、勝気そうなヒスイ色の瞳が印象的だった。

(ゲームで見たのと同じ……いや、それ以上・・・・だ!)

 ボクは興奮しながら話しかけた。
 抑えきれないニヤケが零れてしまっていた。

「あ、あの……きひっ! ボク、名前テイマ……きひひっ!」

「……」

 エルフ少女は無言でボクから距離を取った。
 表情には嫌悪が滲んでいた。

「「……」」

 お互い、黙り込んでしまった。
 あいにくボクには、女子とのトークで使える話題のストックなんてない。

 このまま睨み合いが続くかと思われたそのとき、沈黙を破ったのはエルフ少女だった。
 彼女は訝し気に問うてきた。

「あんたは、その……ニンゲンなのよね?」

 エルフ少女は視線をテオと行き来させた。
 その視線は、元からツリ目がちであることを差し引いても、鋭いものだった。

(あれ? もしかしてボク、人間かどうかさえ怪しく思われてる!?)

 たしかに今のボクは酷い見た目だ。
 フケとアブラまみれの髪、伸びっぱなしの髭、肥えた腹と衰え細った手足、垢塗れの身体。

 まだ転生(?)してからはお目にかかっていないが、もしかするとゴブリンより酷いかも。
 あるいは、美形しかいないエルフにとって、ボクみたいなブサイクは魔物と見分けがつかないのだろうか?

 もしそうなら、泣くしかない。
 ボクはうなだれながらコクコクと頷いた。

「ふーん……ま、いいわ」

 エルフ少女は顎に指を当て、考える仕草を見せた。
 何気ない所作だが、彼女がやると1枚の絵画のような美しさがあった。

「よしっ」

 しばらくして、エルフ少女の中でなにか結論が出たらしい。
 彼女が続けて放った言葉は、ボクにとっても願ったり叶ったりだった。

「あたしが、あんたを助けてあげる」

「……っ!」

 道案内してくれるのか!? あ、ありがてぇ!
 いい加減、森以外の景色を見たいと思っていたんだ。

 ボクはそう表情に喜色をにじませた。
 そして、彼女は当然のように告げた。

「じゃあ、そこの魔物。今すぐそのニンゲンを開放して、どこへなりとも消えなさい。さもなきゃ――殺すわ」

 エルフ少女の目には冷たい光が宿っていた。
 いつの間にか弓を構え直し、限界まで引き絞っていた。

 は? えっ!? 『助ける』って、そういう意味!?
 ボクは慌てて弁明しようとする。

「あ、ぅ……きひっ、そのっ」

 しかし、どもってしまいうまく言葉にならない。
 こんなとき、<対人会話>なんてスキルでもあれば……。

(いや、待て。マジで使えるんじゃね?)

 職業一覧ウィンドウを表示させる。
 表示された職業のひとつに『商人』の文字があった。

 商人は持っている職業の中でも3番目にレベルが高い。
 しかも、そのスキルには<交渉術>が存在している。

 魔物の軍団を作るため大量の装備品を売買しているうちに、いつの間にかレベルが上がっていただけの職業だが、まさかこんなところで役に立つとは。
 ボクは意気揚々とそれを発動させ……。

『今は使えません』

 そんなシステムメメッセージが出てしまった。
 どうやら商売するときや、かつ商売相手に対してしか発動できないようだった。

 つ、使えねぇ~~~~っ!?
 スキルも、そしてボク自身も。

 いつだってそうだ。
 ボクは自分より下の相手と見ればどこまでもウマく・・・振る舞えるのだが、そうではない人が相手だと最低限の会話すらままならない。

(ん?)

 と、そこでボクは自分の思考に引っかかりを覚えた。
 ……”自分より下”?

(なるほど、そうか! べつに誤解をとくのに彼女と会話する必要はないんだ!)

 ボクはすぐさまテイマーのスキルを発動させた。
 そしてテオへと命令する。

「”テオ、ボクの前にひざまずけ”」

 テオは背中の腕をザワザワと動かし、ボクをゆっくりと地面へ降ろした。
 それからボクの前で膝を着き、頭を垂れた。

「……!」

 エルフ少女は魔物であるテオがボクの命令を聞いたことで、目を丸くしていた。
 よし、ここでダメ押しだ!

「”テオ、ボクの靴を舐めろ”」

 ゲームとしてこの世界に触れていたころ、どこかのイベントでそんな描写があった。
 これが相手との上下関係をもっとも明確に示す行為だと。

 しかし……。

「あれ?」

 待てど暮らせど、テオは動かない。
 ボクは混乱した。

(なんでだ!?)

 テイマーのレベルを鑑みれば完全に支配下をおけているはず。
 それに、さっきの命令が理解できないほどテオオザルという種族のINTも低くない。

(ほかに、なにかを見落としている?)

 考えられるのは、ゲーム時代との差異。
 もしかして現実のルールが優先されているのか!?

 だとしたら原因の特定は難しい。
 このままでは、ボクの覇道が!?

 そう絶望していると「あのぉ」と遠慮がちにエルフ少女が口を開いた。
 そして、答えをもたらした。

「――あんた、裸足じゃない?」

「ぶっひぃいいいいいいっ!?」

 ボクは恥ずかしさで、頓死した。

 



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