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第1話『絶対なる支配者』

「きひひ……死ね、死ね、死ね、死ね……!」

 暗い部屋の中、唯一の光源であるパソコンのディスプレイに向かって呟き続ける。
 そうしなければ、今にもこの暗闇の外にある世界を思い出してしまいそうだったから。

『ぎゃぁあああっ』『ぎゃぁあああっ』『ぎゃぁあああっ……』

 画面の中で赤色が増殖していく。
 表示されているのは中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並み。

 その場所を異形の怪物――”魔物”が蹂躙して行く。

「死ね、死ね、死ね……!」

 青年が現れる。
 魔物に首を刎ねられて死ぬ。

 傭兵が現れる。
 魔物に鎧ごと身体を食いちぎられて死ぬ。

 少女が現れる。
 魔物の消化液に溶かされて死ぬ。

 みんな、死ぬ。

「きひ、きひひひっ……そうだ、みんな、死ねばいいんだ」

 そんな地獄絵図の中でただひとり、例外がいた。
 画面の中央にいる”彼”だけは悠然とそこに立っていた。

 身に纏うのは血の一滴も浴びていない純白の服。
 それは眩しいほどに華美な金銀財宝で飾り立てられている。

 彼だけが血なまぐさい惨状からかけ離れていた。
 堂々と胸を張るその姿はたとえるなら、そう……。

 ――”王”だ。

 そして、絶対なる支配者だ。
 魔物たちは主である彼の命令に従って、虐殺を行っているのだ。

 一体の例外もなく、魔物たちは身体のどこかに刺青のようなものが刻まれていた。
 それこそが支配者である証――”奴隷紋”だ。

「きひひっ……死ね、死ね」

 街はあっという間に蹂躙され、堅牢だったはずの城も崩れ落ちた。
 すべては、彼の手を汚すこともなく終わった。

 生き残った市民はひとりもいない。
 例外として、この国の王族たちだけが生きたまま捕らえられていた。

 王が、王妃が、王女が、本物・・の王の前に突き出される。
 彼らは延々と『無礼者め』『なにをするのですか』『助けてください』と繰り返していた。

「きひひ、死ね! 偽物が! このボクこそが、真の支配者だ!」

 王族たちが魔物たちの手により、むごたらしく処刑される。
 彼らの全身から赤い血が噴き出した。

『ぎゃぁあああっ』『ぎゃぁあああっ』『ぎゃぁあああっ』

 断末魔が再生される。
 じつに、いい気持ちだ……。

「きひ、きひ、きひひひひひっ!」

 蹂躙による達成感と、自己顕示欲でボクは満たされた。
 そして……。

 ――ドン!

 と部屋の扉が大きな音を立てた。
 続けて、ドスの利いた声が響く。

『っせーんだよ! キメェ声出してんじゃねーぞ! ぶっ殺すぞ!』

「……っ」

 唐突にゲームの世界から現実へ引き戻され、ボクは息を殺した。
 なんで……。

 ――なんでアイツがこの家にいるんだ!?

 聞こえてきた声は弟のものだった。
 今は大学の近くに部屋を借りて、下宿しているはずなのに。

『次、うるさくしたらマジで殺すぞ? ゼッテー静かにしてろよ』

 そんな言葉を残し、足音が去っていった。
 完全に足音が聞こえなくなってから、ボクはようやく息を吐き出した。

「……クソが」

 小さな声でつぶやいた。
 それが負け犬の遠吠えだと気づき、ボクはいっそう惨めになった。

 階下から漏れ聞こえる声は、珍しく談笑している様子だった。
 ボクはゲームの世界へ戻る気にもなれず、布団を頭から被った。

「こんなはずじゃなかったんだ」

 口をつくのは後悔の言葉。
 ボクはこの言葉を10年以上、繰り返していた。

「こんな、はずじゃ……」

 ふと現実を感じてしまったとき、よみがってくる失敗の記憶。
 たった1度きりの、しかし永遠に続く地獄のはじまり。

 ボクは高校受験に落ち、つるんでいた友人たちとひとりだけべつの学校へと進むことになった。
 きっかけはそんな些細なことだった。

 希望していた学校ではないため、どうしても積極的になれなかった。
 つまらない、面白くない、と思いながら学校生活を送っていた。

 義務のようにしかクラスメイトと話さなかった。
 ボクはお前らとはちがう、本当はもっとスゴイんだ、と彼らを見下していた。

 結果、目をつけられた。
 あの場所では……。

 ――ボクが奴隷で、アイツらが王だった。

 学校へ行く回数が減った。成績が目に見えて落ちた。
 それでもなんとか3年間、通い切った。

 ……いや、ウソだ。
 そんな立派なもんじゃない。

 本当は、ボクの現状を察した担任が色々と便宜を図ってくれただけ。
 出席日数が足りないにも関わらず、卒業できるように手を回してくれただけ。

 ボクはそんな先生に……感謝なんて、微塵もしていない!
 なぜかって?

 たしかに今の話だけを聞けばとても生徒思いのいい先生に思えるだろう。
 だが、現実はまったくちがった。

 ボクの担任だった先生はイジメを一切注意しなかったのだ。
 しかし、イジメられている生徒は影で助ける、八方美人の偽善者でしかなかった。

 結局、十分な学力を身につけないままにボクは高校を卒業した。
 そして、当然のごとく大学受験にも失敗した。

 ――失敗して、失敗して、失敗した。

 全部で4回失敗して、弟が大学受験をする年になった。
 そしてボクは受験をしなくなった。

 弟と同じ学年になることだけは耐えられなかった。
 これがボクの転落人生の、幕開けだった。



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