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未来を予測する技術 - 不確実性に対して今後の展開と仮説を立てるフレームワーク

新技術の発見と立ち上がり、従来想定されないような業界外からの競合の参入や台頭など、企業を取り巻く環境が激変し今後の行く末が見通せない中で、どのように計画的にその未来を制御できるか、そのプロセスについて。

原本は「Harvard Business Review / 未来を予測する技術」の中で紹介されていた「Planned Opportunism - 計画的な日和見主義のすすめ」。寄稿はダートマス大学 タックスクール・オブ・ビジネス教授の方によるものだ。
(c) 2016 Harvard business School Publishing Corporation. "Planned Opportunism", HBR, May 2016.
ここのところ正に不確実で予測しえない未来のモビリティ・エネルギー業界について、その状況を何か見通したり対応したりするためのヒントを探しているのだけれど、自分の「積ん読」書籍を開いていて6年前に購入してあったHBRからこの方法論を興味深く発見した。未来を予測、と裄丈高だった自分は勇ましいが6年もそのまま読まずに過去のものにしてしまっていたとは何ともお粗末だ・・・。まさに未来予測のための思考プロセスが全く身についていない証である。
ともあれこの方法論自体は今でも、むしろ今だからこそ非常に有用な手法であるためこちらでもまとめておこう。

・「計画的な日和見主義」ー弱いシグナルから非線形変化をつかむ

Opportunismを日和見、としてしまうのはこのプロセスには恐らくそぐわないだろう。この手法には不確実性に対してむしろ積極的にアプローチして、コントロールできない外部環境について、どのように予防的かつ先行して戦略と対策を用意するか、という明確な企業側の意思が含まれているからだ。便宜的、またはAgileやNimbleといったようなフレキシブルなオプション戦略主義、という方がふさわしいかもしれない。
まずは未来が予測不能であること、現在の連続と比例線の先に未来があるのではなく、技術も商品もビジネスも非線形の変化や偶然の発見や出来事(自然災害や感染症含めて)によって形作られるものと認識することから始まる。その一方、購買層や技術、顧客の嗜好や経済・環境など、戦略に大きな影響を与える様々な要素と因子の中で特にソフト面の「弱いシグナル」に着目し、それらをどう計画的に情報として取得し、かつ戦略立案に欠かせない材料として吟味した上でアクションプランを用意するか、というプロセスや手法について紹介している。

この「Planned Opportunism」は差し迫った変化の認識と新たなビジネスチャンスの解明だけではなく、実験を(企業としてここにしっかりリソース投下ができるかも大事だが)進め、有望で非線形的なビジネスアイディアを抽出し拡大していくための体系的なプロセスだ。このことによって、
 1. 新しいアイディアの循環システムがつくられる
 2. アイディアに優先順位をつけ、調査し、行動に移す能力が育つ
 3. 継続的な変化を受け入れる、適応力のある文化ができる

という3つの重要なことの達成にもつながる。つまり何かことが起きてから場当たり的に対応するリアクティブなやり方ではなく、先を見越したプロアクティブな仕事の仕方、または組織を生むことになるということだ。

当たり前のように頭では理解していても、ついつい目の前の多忙な業務や日々の急変するビジネスや施策、オペレーションへの対応でリソースが割かれることを考えれば、それをプロセスに落とし込むことで予めこれら「先を見通す準備」を自分の中でプログラムしておくことができるため、とても有用だと思う(自戒を込めて)。

・弱いシグナルをキャッチし、今後の展開を予測するプロセス

自社のビジネス(またはスコープを個人的な自分の業務領域に絞っても全く構わない)に影響を及ぼす変化を予測するために、次の3つの基本的な質問を用いる。これはトイメーカーのHasbroの事例として紹介されていた。
 ・自社のビジネスや商品/サービスの現在の成功はどのような要因や状況によって決まっているのか(成功の定義もしておいた方が良いだろうと思う。例えばシェアなのか売上規模や利益率なのか成長率なのか)
 ・そのうちのどれが時間とともに変化し(あるいは既に変化しつつあり)、現在の成功を危険に晒す恐れがあるのか
 ・自社は(または個人は)このような変化にどのように備え、またその影響を吸収し、あわよくば利用することができるか

これを読んでいて似たような考え方やフレームワークを思い出す方がいるかもしれない。PEST分析やFive forces analysis、または簡便なSWOTなどもこれらと似たような戦略フレームワークだろう。ただ、あくまでマクロな外部環境を俯瞰的にかつ網羅的に把握して自社へ絞り込んでいくこれらの手法と違い、ここで紹介されているプロセスは自社や自分の業務を中心に据え、さらに自らのフィルタリングを用いて事象を発見する主体者となってそこから外側の環境、そして未来の不確定事項を見通すものだ。長時間様々な資料を紐解いたり外部パートナーへ調査依頼したり時間をかけて行うこともありうるが、日々の業務の中で、その未来予測時間軸を次四半期や秋のキャンペーン、など短いフレームに限定して行うことでより簡便に未来への影響因子を洗い出すことも可能だと思う。

・タスクフォースや社内横断の他部署を巻き込んだ参加型アプローチ

前述のプロセスは人為的に取り組むこともできるが、論文の中ではインターナル(エクスターナルもありうるだろう)の社員に定期的にこれらの質問を投げかけてその回答から共通テーマを特定して導き出す、社内アプリケーションプラットフォームの紹介などもあった。これであれば定期的に回答を、かつ膨大な量でフラットに得ることもでき、またフィルタリング属性などを自動化し、精緻化の向上をAIに続けさせることで経営判断時に行いがちな「自社に都合の良い欲しい回答だけを見つけてしまう」バイアスも排除することが可能かもしれない。

プラットフォームを整備しなくとも、不定期で社内外にタスクフォースを設置するのも一つの案だ。論文の中では経営幹部、外部からのパートナー企業などのメンバーを招集して期間限定でのプロジェクトとして行うやり方や、このプロジェクトに自由参加型で他部署から意欲ある人員に参加してもらうやり方なども紹介している。これらのフィードバックはとても有益なものだが、前述の質問に加え、次のような質問に正確な回答を得る必要がある。
 ・将来の顧客は誰か。その顧客の優先事項は何か(マーケティング視点では顧客ニーズ、セグメントと考えたい。かつそのニーズが他社や他のサービスなどで代替されているまたはできるのかなども考慮が必要だろう)
 ・どのような破壊的技術が新しいビジネスチャンスを広げる可能性があるか
 ・将来の競争相手は誰か、また何に基づいて競争するのか
(この「基づく」はとても大事な視点だろう。単に同業種ということでも、同種のサービスということでもなく、顧客が満足した、と感じる観点やその対価としてのコストや支払い方のフォーマットなども変化している可能性が大いにある)
 ・将来的に自社の市場参入方法が根本的に変化するか
 ・どのような規制改正の可能性があるか

弱いシグナルを捕まえるためにはこの質問やフィードバックが得られた時点での絞り込みは行わず、このプロセスの段階ではまず「拡散」「発散」「拡張」的に幅広くサインを集めることが必要だ。また、その際のフィルタリングも出来るだけ短視眼的にならないように意図的に注意すべきだろう。

・未来についてビジネスプランを作り仮設を構築する

自分一人での壁打ちであろうがタスクフォースなどで社内外から多数の有用なヒントを得られた場合でも、これらのアイディアを実際の未開拓市場へのアクセス方法や新規市場の創出方法などのチャンスに変えていくのが次のステップだ。
このためにはいくつかの不確実性を「仮説」の構築を通じて解決する必要がある。いくつか有用と考えられたプランそれぞれについて「このアイディアで高収益を上げるには、どのような前提が成立しなければならないか」という質問に対して、明確な答えを用意出来るまでじっくりと検討することで仮説をつくりあげていく。

論文の中でインドのマヒンドラがインド国産の初SUVをローンチした際の事例が挙げられていた。インドの中間所得層向けに現地の好みにあった優れた性能とデザインの、かつ市場に適した中間価格での新カテゴリの展開だ。
仮説の検証は以下のような事柄について行われた。
「顧客の好みの理解度」(どんな車なら良いと思ってくれるのか、の理解を明確に判別できなくてはならない)、「対象市場の規模」(どの程度の規模である必要があるのか)、「中間所得層に向けた競争力のある価格とその訴求」(の手法が確立されなければならない)、「コスト効率の良い製造能力とサプライヤー」(が確保される必要がある)、「自社のケイパビリティ」(新規立ち上げするにあたってどんな能力が必要か)など。

弱いシグナルはその情報それ自体は中立であり、機会にもリスクにもその両方にもなりうる。SWOT分析で「ではその事実を前に自社にはどんな防衛や機会があるのか」を導き出すのと同様だ。これらのシグナルをビジネスアイディアとその仮説構築にかけて検証していくことによってのみ、このプロセスが有用である、と感じられるだろう(アクションに落とし込めない情報集めだけでは意味がない)。

・実験による仮説の検証、そしてコントローラブルな手法としての未来予測

仮説の構築が出来たら次は実験だ。低コスト、クイックリターン(可能な限り)、低リスクのビジネスまたはアクションプランを策定して実験へつなげ、仮説の検証とそのプランの精緻化を図っていく。
先のマヒンドラの例ではUSの既存SUV車種をライセンス契約で入手し、それをモデルに自社で新たなモデルを製造する、という実験が紹介されている。マーケティングメッセージ、ターゲットへのポジショニング設定、未知のカテゴリに関する自社の経験不足を補うためにサプライヤーに設計部分から開発に関与してもらうなど、単に新車種販売、ということだけではなく、「最小のコストで無駄を省いたモノづくり」というFrugal Engineeringという新たな設計販売手法自体を自社の新たな強みにすることが出来たのだ。

未来の予測は誰にも出来ないし、その際にどう行動すべきなのかなどわかるはずもない。ただ未来は現在目の前で起こっていることにそのヒントが隠されていることもあるし、常にこの現象の把握と仮説の構築、検証というプロセスを自分のものにすることで、実際にそれを目の前にした際に弾力的な対応をとることが可能になる。

外部環境や未来という自分でコントロールできない領域だからこそ、それが起こる前に予測できない状況を自らで制御する、それがこのPlanned Opportunismの技術である。予測不能性が目の前にあらわれた時に受け身になるのではなく、未来を制御する。まさに言うは易し行うは難し、だけれども、時間リソースの使い方と言う点でも戦略的に日々の業務プロセスに是非取り入れて自分のものにしておきたいものだ。



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