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【連載小説】ライトブルー・バード<16>sideマナカ④

   ↓前回までのお話です↓ 

↓そして登場人物の紹介はコチラ↓

今泉マナカ(17)  容姿端麗な女子高生。クソマジメな性格で、現在はファストフード店のアルバイトにやりがいを感じて日々奮闘中。退職した先輩スタッフの荒川ヒロキ(21)に想いを寄せている。

白井ケイイチ(21)  小学生時代の夢を叶える為に、大学入学を目指している元サラリーマン。現在はマナカと同じファストフード店で働きながら、受験勉強の毎日を送っている。

星名リュウヘイ(17)  一応主人公。マナカに片思い中のチワワ系男子。勢いで彼女と同じ店でアルバイトを始めるが、意外と向いていたらしい。ケイイチのことは兄のように慕っている。


 土曜日のファストフード店は、目の回るような忙しさで毎回ヘトヘトになるが、その分、時間の流れもあっという間だ。

 5時間の勤務を終えた今泉マナカは、スタッフルームの扉を開ける為、暗証番号キーに手を触れようとした。

 その途端、内側から荒々しく扉が開き、マナカは思わず「きゃっ!!」と声を出してしまう。

 中から出てきたのは浅野ユリ。彼女は別の高校に通う同級生スタッフだ。鉢合わせたような形で向かい合った2人の間に親しげな空気は流れていない。

 (うわぁ、タイミング悪っ)

 マナカとユリは仲が悪い。…いや、向こうが一方的に自分のことを嫌っている…と言った方が正しいだろう。

「お疲れ様です!」

 嫌われていようとなんだろうと、マナカは顔を合わせたスタッフに挨拶することを忘れない。それが自分の『仕事ルール』だ。

 しかしユリはマナカを思い切り無視。そのままスタッフルームを後にした。

 (…まあ、こうなるよね)

 この店は自分にとって大切な場所なので、マナカはユリに嫌われていることを心から残念に思う。もちろん、どんな組織に所属しても、相性の悪い人間が必ずいるのは分かってはいるが…。

 そんなマナカが出した結論は『ユリにどんな態度を取られても気にしないこと』だった。

 しかし今回だけは彼女のことが気になって仕方がない。

 視線を交わしたユリの目に、泣いた跡を見つけてしまったからだ。

 (浅野さん…どうしたんだろ?)

 マナカはユリが去った後の誰もいない通路を暫く見つめていた。

        ☆

 サヨコか店長に何か注意でさもされたのだろうか?
 
 マナカは部屋に入りながら、ユリの涙の理由を考えたが、あの2人はまだ店内にいたことを思い出す。

「今泉さん、お疲れ様。今アップなんだね。忙しかったでしょ?」

「白井さん!?…えっと…お疲れ様…です」

 スタッフルームにいたのは白井ケイイチ1人だけだった。

 彼はいつものようにニコニコしているが、目が笑っていないことにマナカは気がつく。更に表情全体に困惑した跡が残っていることにも…。

 (さっきの謎…解けちゃったかも)

 どうやらユリが何らかの形でケイイチにアプローチをかけ、それを彼に断られたようだ。

 ユリがケイイチに気があることは、周りのスタッフ全員が把握していた。
 何せ彼女からは『ケイイチ大好きオーラ』が漂い、目のやり場に困ってしまったことが、一度や二度ではなかったのだから…。

 知的な年上男性が好みのユリは、以前恋心を抱いていた荒川ヒロキに、皆の前でLINE交換を迫ったことも…。つまりユリがマナカを嫌いな理由には、ヒロキも少々絡んでいる…ということだ。

「…白井さん」

「なに?」

「あのぉ…そこまで気にしないでいいと思いますよ。浅野さんと仲が良くない私が言うのもナンですが、彼女は割りと立ち直りが早い人だと思っています」

 ユリの件については、本来ならスルーすべきだと思う。しかしマナカは困り顔のケイイチを気の毒に思い、つい声に出してしまった。

「…あ、分かっちゃった?」

「えぇ、まあ…」

「泣かれると色々キツいね。言葉を選んだつもりだったんだけど…」

 ケイイチは頭を掻きながら、独り言のように呟く。

「断る方も大変なんですね」

「…いかんせん慣れていないから」

「えー!? 白井さんカッコいいのに。それに頭もいいし…」

 ユリがケイイチを好きになった理由をマナカは知っている。自分はその時、彼女の隣のカウンターでレジを打っていたからだ。

 ユリが担当するカウンターに、日本語を話せない外国人客がやって来たことが始まりだった。英語でまくし立てるように話す男性の言葉を何一つ聞き取ることが出来ず、オロオロするユリ…。
 こんな時はマネージャーが替わって対応するのだが、運の悪いことにサヨコは問い合わせの電話を受けている最中だった。

「大丈夫?」

 独断で自分のレジをストップし、ユリの所へかけよったケイイチ。彼の口からは流暢な英語が流れ、話はスムーズに動き出した。どうやら宗教の関係から原材料について知りたかったらしい。

 デリケートな問題なので、ケイイチは電話を終えたサヨコに確認しながら、見事に通訳の役割をこなした。そして何度も頭を下げたユリに対しては…

「なんか、出しゃばっちゃってごめんね」

 …といつもの笑顔で一言だけ告げ、さっさと自分のカウンターに戻って行ってしまった。

 (あの時の白井さん、本当にカッコよかったな…)

 ユリがあの時点で恋に落ちてしまった気持ちはよく解る。
 彼女とは水と油のような関係だが、マナカも同じように年上男性に恋をしている身なので、今回の失恋に関しては同情に近い感情を覚えた。

 (年上…そうか、白井さんと荒川さんは同い年)

「…あの…白井さん、そのぉ…、4歳年下の女子はやっぱり『子供』ですか?」

「えっ?」

「あ、すいません!!変なコト聞いて…」

「別に変じゃないよ。…うん、そうだね、実年齢より精神年齢の方が大事だとは思うけど、まだ高校生だから…。今の僕にとっては…やっぱり4歳下は子供に感じるかな」

「…ですよね」

 おそらくヒロキも同じ考えに違いない…。あんな素敵な彼女がいれば尚更だろう。

「今泉さんの好きな人は僕と同じ年なんだ?」

 マナカはその『不意打ち』に対し、思い切り慌ててしまった。

「えっ、えっ、そのぉ…好きは好きですけど、彼女になりたいとか、そんなことは全然考えていません!! わ、私はただ見ているだけで充分なので…す…」

「あーあ、言っちゃた。とぼければよかったのに…。それにしても随分と取り乱したね。なんかいつもの今泉さんとキャラが違う」

 クスッと笑うケイイチにマナカは頬をふくらませた。

「もぉ!!そういう白井さんこそどうなんですかぁ? 実は彼女いるとか?」

「彼女はいないけど、好きな人ならいるよ」

 あまりにもあっさりと答えたことにマナカは驚いた。

「えっ? いいんですか? 私にそんなこと言っちゃって…」

「今泉さんは白状したのに、自分だけダンマリはズルいでしょ? ちなみに僕の場合は10年以上片思いしているけどね」

「10年以上!…あ、幼なじみなんですね!!私の友人…男子なんですけど、彼も小3からずっと同じ女の子に片思いしているんです。でも最近、『半分』だけ成就したんですよ」

「半分?」

「はい、半分です」

 マナカはそう言って、いたずらっぽく笑った。

        ☆

『井原サトシに彼女!! 相手は同じ中学校出身の幼なじみ』というニュースは、瞬く間に学校中に伝わった。

「今泉、あれはガセだから。カエデはいわゆる『ウソカノ』」

 サトシからはコトの真相を聞いている。彼は片思いの相手である山田カエデをイジメから守る為に噓の恋人宣言をしてしまったらしい。

「まあ、うっかり告白はしちまったけどな」

 そう言いながら、苦々しい顔をしたサトシ。しかしその告白によってカエデの頭が混乱している隙に話を畳み込んで、さっさと『契約』を結んだ…というワケだ。

「アイツの好きな男が振り向いたら、気にせずにソッチに行け…とは言ってはある。やっぱり女子は一番好きなヤツと付き合った方がいいと思うからさ…。あ、今泉…ごめん…オマエの場合は難しいもんな…」

 ヒロキが彼女持ちなのを思い出して、サトシは謝ったが、特に気にしてはいない。

 それよりも大切な友人であるサトシの恋が、少しだけ進展したのが嬉しい。

 カエデの好きな男子は誰なのか分からないが、願わくば、これを機にサトシの想いが彼女に通じますように…とマナカは願っている。

 (…でも、これって山田さんの気持ちを無視しているってことだよね? う~ん、難しいな)

「今泉さん、どうしたの?」

ケイイチの声でマナカは我に返った。

「あ、すいません。色々思い出してしまって…。白井さんもその人と何かいい進展があるといいですね」

「…うん、ありがとう」

 ケイイチの片思いの相手は、どんな女性なのだろうか。やはり知的な人? ヒロキの彼女のような…。

 (白井さん…その人に告白できない理由があるのかな? 山田さんみたいに他の誰かを想っているから…とか)

 さすがにその領域に踏み込むことは出来ないので、自分はそっとケイイチの恋を応援しよう…とマナカは思った。

「今泉さんと雑談したら、少し気が楽になったよ。ありがとう。向こうはどう思うか分からないけど、浅野さんとは明日からも普通に接するつもりだから」

「それがいいですね」

「ところで、リュウくんはまだ仕事終わらないのかな? 僕がインする時間まで、一緒に数学の勉強する約束をしたんだけど…」

「あ…、実は星名くんがアップする直前に、大量オーダーが立て続けに入ってしまいまして…。今、厨房は大変なことになっています」

「『アップ直前あるある』だね。大丈夫かなぁ…リュウくん」

 その直後、「ケイイチさぁぁぁん!!遅くなってごめん」という声と共に、エプロン姿の星名リュウヘイが駆け込んできた。

「リュウくん、そこまで急いで来なくてもいいのに」

「だってケイイチさんのインまで、あと1時間でしょ。休み中にこの課題終わらせないと、俺、月曜日に死んじゃうよ」

「大丈夫。1時間でしっかり指導してあげるから」

 不敵な笑みを浮かべるケイイチ。

「う、うわぁ、それはそれでなんかコワイかも…」

「はいはい、エプロン取ったら、教科書持っておいで」

「はーい、お手柔らかに…」

「それはリュウくん次第」

「ひぇぇ!!」

(この2人、本当に仲がいいな…)

 ケイイチとリュウヘイのやり取りを聞いていたマナカは、思わず微笑んでしまった。そして自分もかつてこの場所で、ヒロキから数学を教えてもらっていたことを思い出す。

(…懐かしい)

 あの思い出は宝物。でも『あの頃は良かった…』的な思考では、自分を前に進ませることは出来ない。

 更衣室に入ったマナカは、鏡の中の自分へ気合いを入れた。

(…よしっ!!)

「白井さん」

 着替えを終えたマナカはコートを羽織りながら勉強中の2人に近づいた。ケイイチの教え方が上手いのか、シャーペンを持つリュウヘイの手はスムーズに動いている。

「ん?」

「今度は私に英会話の勉強法を教えてくれませんか?」

「英会話?」

「はい、自分が将来やりたいことに必要なので、最近独学を始めたんですが…」

「うん、いいよ。僕でよければ」

「へぇ~、今泉さんやりたいこと見つけたんだ? 凄いな。俺なんか全然…。2年生なのに遅いかな?」

「大丈夫だよ。リュウくんはまず、目の前のこっちをがんばろうね」

「は、は~い」

「星名くん、頑張って。じゃあ、お先に失礼します」

        ☆

 小学校4年生の夏休み、マナカは両親と共に横浜を観光した。
 その時に宿泊したホテルで、一人の女性スタッフを目にし、その後チェックインを終えるまで、ずっと彼女に釘付けになってしまった。

 口角の上げ方、宿泊客とすれ違う際のお辞儀の角度が、当時小学生の自分にも分かるほど美しかったのを今でも覚えている。そしてたまたま彼女の前に現れた外国人客に対しては、流暢な英語で対応…。

 (あの人、カッコいいな)

 2泊3日の旅行でマナカの心に一番残ったのは、このホテルでのチェックインだった。

 (私、大きくなったら、あの人と同じ仕事をしたい。ううん、絶対にする!!)

 マナカの夢が決まった瞬間だ。

        ☆

 人間関係で色々あって、あの時の夢を諦めかけた時期もあった。

 しかしアルバイトを始めて、やはり自分は接客が好きだということを再確認。自信がついてきた今は、夢に向かって少しずつ準備を進めている。

 そして今日、更にやる気に火がついたマナカは、何か新しい資料を購入しようと書店に立ち寄った。

 (こうやって書店に並んでいると、どの本も凄いモノに見えてくるよね)

 マナー関係の本はすぐに決めることができたが、英会話コーナーは惹かれるタイトルが多すぎて、なかなか一冊に絞ることが出来ない。

 一旦、別のコーナーへ移動して、頭の中をリセットしようか…と身体の向きを変えた瞬間、マナカは驚きのあまり、全身が硬直してしまった。

 向こうから歩いてきた女性…彼女は…

 (あ、荒川さんの『彼女さん』!!)

 そうヒロキの彼女(だった)真柴ヒデミだ。そしてヒデミも自分の進行方向先で固まっている女子高生にすぐに気がついた。

 2人の視線が絡む。

 ちなみにマナカがヒデミと会ったのは、以前彼女を接客した一度きり…。それで挨拶するのは変だろうか? いや、それ以前に自分のことを覚えているかどうかも怪しい。今、『あの子誰だっけ?』と思っている可能性だってある。

 (こんなに『彼女さん』のこと凝視しちゃたんだから、もうあとには引けないよね!!)

 マナカはヒデミに向かって会釈をした。相手は微笑みながら、自分に近づいてくる。

「こんばんは。お久しぶり」

 昔、カウンター越しに見たヒデミ。知的な美人…という印象に変わりはない。

「あ、こんばんは。私のこと覚えていてくれたんですね」

「そりゃ、忘れないよ。あなたの接客ステキだったから」

「ありがとうございます。あ、ところで荒川さんはお元気ですか? 辞めてから全然お店に来てくれなくて…」

「ん?」

 一瞬、彼女の表情に複雑な何かが見えた…ようにマナカは感じた。しかしヒデミはニッコリ笑うと「元気だよ」と答えた。

「良かったです。是非また2人でいらっしゃって下さい。お待ちしております」

「ありがとう。…あれ? もしかして英語の本探してる?」

「はい。進路に必要なので、今、英会話を勉強中なんです。でも色々ありすぎて迷いますね」

「ふ~ん」

 本棚を眺めるヒデミ。そして「これと…、これとこれ…かな」と呟きながら、3冊の英会話の本を抜き取り、それらをマナカに手渡した。

「…えっ?」

「私のオススメ。よかったらチェックしてみて。じゃあね」

 それだけ言い残すと、ヒデミは別のコーナーへと去って行く…。

 マナカは暫くの間、本を胸に抱き締めながらヒデミの後ろ姿を見送っていた。

「…敵わないな」

 マナカの口から独り言がこぼれ落ち、そんな自分にびっくりしてしまう。そもそもヒロキにちょっかいなど出すつもりはないのに…。

 (『彼女さん』ごめんなさい!! もう少しだけ、荒川さんのこと好きでいさせて下さい)

        ☆

 ヒデミがチョイスした本はどれも分かり易かったが、予算の関係上、1冊だけを購入した。

 (それにしても、外見だけじゃなく、中身も素敵な人だったな)

 ヒロキは、美人というだけで恋人を選ぶような人間ではないのだから、当然といえば当然かもしれない。

 この出来事は、自分とヒデミの格の違いを見せつける為に、神様が仕組んだものなのだろうか…。

 少しネガティブモードになってしまったが、マナカは首を思い切り横に振る。

 (違う違う!!『日々努力して、あんな女性になりなさい』っていうメッセージだよね!!)

 頑張ろう…勉強しよう、将来の夢の為に…。そしてヒロキに代わるような素敵な男子と出会えた時に、自信を持てる自分であるように…。

「よーーーしっ!!」

 暗くなった空を見上げ、気合いを入れ直すマナカ。心なしか、西の空に輝く一番星が自分を応援してくれているように感じた。

   〈16.5〉↓に続きます。


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