【連載小説】ライトブルー・バード<1>sideリュウヘイ
⭐キャラクター達のイラストは小説家専用ツール『Nola』で作成したものを使わせて頂いております。
⭐主人公は変わりますが、別垢で書いた小説『ツツンデ・ヒライテ』の続編です。
⭐よろしければ、こちら↓からお読み下さいませm(_ _)m
満開の時期を終えた校内の桜は少しずつ花びらを地面に落とし始めている。水色の空はそれら木々をそっと包み込み、優しいコントラストを作り出していた。
まるで春という季節が新たなシーンに立とうとしている新入生たちを祝福しているかよう…。
そんな中、星名リュウヘイは既に気持ちが窒息しかけていた。
(こいつら、どこから沸いて出て来たの⁉️)
新入生と保護者でごった返す入学式会場前。1年生だけで10クラスもあるマンモス校の迫力は想像以上だった。
小学生の頃から9年間、1学年1クラスでの学校生活を送ってきたリュウヘイにとって、この『ヒト密度』は脅威でしかない。
(俺、3年間もここでやっていけるのかな?)
そんな不安にかられたリュウヘイは、ふと中学時代に思いを馳せる。色々な意味で『風通し』がよかったあの頃に…。
少人数の学校にデメリットがなかったワケではないが本当に懐かしい。ほんの1ヶ月前まではそこに所属していたというのに、まるで遠い過去のことを思っているようだと感じた。
仲間の顔でも見れば落ち着くかもしれない…と辺りを見回すが、こんな人混みではそう簡単には見つかりそうになかった。
ちなみに同中出身者は幼なじみのカエデとそこまで仲良くなかったサトシの2人だけ…。それでも顔を見たら懐かしさで思わず抱きついてしまいそうな気分だ。もっともカエデにそんなことをしたら、無言でぶっ飛ばされるかもしれないが…。
ふと空を見上げるリュウヘイ。空の広さだけは中学校と一緒なのが何だかホッとする。そして視線を人混みに戻し、もう一度2人を探そうと思った瞬間…、
(ん?)
リュウヘイの瞳が桜の木の下に立っている少女の姿を捉えて、そのままロックオンしてしまった。知らない顔だ。そもそも自分には他校の…それも女子の知り合いはいないのだから当然なのだが…。
姿勢のいい女の子だと思った。だからつい見惚れてしまったのかもしれない。
彼女は空を見上げていた。
(あの子も高校生活が不安なのかな?)
少しだけ彼女に親近感が湧いた時、不意に一陣の風が通りすぎ、桜吹雪が彼女の姿を包み込んだ。その瞬間、リュウヘイの周りだけ時が止まってしまった。そしてぶるっと震える身体…
(あれっ? 俺、風邪引いたっ!?)
今まで異性や恋愛に興味がなかったせいなのか、リュウヘイがこの現象を『一目惚れ』だと気づいたのは、ここから数日ほど経過した後だった。
☆
不安だった学校生活は思ったより早く順応することが出来て、それなりに楽しい毎日を送っているリュウヘイだが、恋の病には自分でも手を焼いていた。
入学式での出来事を思い出す度に彼の心臓はひとつ波打つ。
あの時の春風には魔法でもかかっていたのだろうか。
彼女の名前は『今泉マナカ』
1年3組、出席番号2番…。あの少女についてリュウヘイが知った情報は、数か月でたったこれだけだった。
世の中には2種類の男子高校生がいる。気になる女の子の情報をスマートに集められるヤツとそうでないヤツが…。
廊下ですれ違った時にドキドキしながらマナカの顔を横目で見るだけで精一杯のリュウヘイはバリバリの後者だ。
そんな彼が好きな子に話しかけるような行動はもはや『無理ゲー』と言ってもいいだろう。
2年生進級時にクラス替えがあり、淡い期待したものの残念な結果に…。
(こんな感じで、今泉さんと何の接点もないまま、俺の高校生活が終わるんだろうな…)
…と、ほぼ諦めモード状態になったのも仕方ないことだった。
だからその年の秋、ふらっと立ち寄ったハンバーガーショップのカウンターでマナカを見つけた時のリュウヘイの驚きといったら…。
「幻覚か?」マンガのように思わず目をこすってしまったほどだ。
早速、購入の列に加わったが、やはりメニューボードよりも仕事中の彼女に目がいってしまう。しかし『知らないヤツにガン見』されているのが分かったらマナカに引かれてしまいそうなので、目線の行き先を出来る限り配分することを忘れなかった。
マナカはそこまで背の高い方ではない。それなのに隣のカウンターにいる長身の女子よりも存在感があるのでは? と思ってしまう。自分が彼女に惹かれているから…という贔屓目を差し引いてもリュウヘイはそう感じずにはいられない。
やはりマナカを綺麗に見せているのはその立ち姿だろう。彼女の背中には目に見えない支え棒があるのではないか…と思えるくらい背筋がピンとしている。更にファストフード業務に必要であろう『スマイル』も完璧だ。「このバイトは今泉さんの天職じゃね?」とリュウヘイは思いながら、順番が来る時をドキドキしながら待っていた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
2台のレジが稼働している以上、マナカの方に当たる確率は50%だったが、リュウヘイはそれを見事にクリアできた。…とは言っても隣のレジに進む直前、すぐ後ろに並んでいたオバサンに「また注文が決まっていないんで、よかったらお先にどうぞ」と言ってローテーションを強引に変えただけだが…。
「は、はい…あのぉ」
初めて正面から見るマナカの顔に心臓が爆発しそうだった。そして今頃になって「髪をとかしてから列に入ればよかった」や「ヤベェ、制服のシャツヨレヨレじゃね?」などの(本人にとっては大きな)後悔が次々にリュウヘイの脳内を襲う。
「えっと…ダブルチーズバーガーの…セ、セット…を」
更に緊張で言葉が途切れ気味だ。同じ女子でもカエデのような昔からの仲間ならば屈託なく話すことが出来るのに…。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「…コーラ…じゃなくてコーヒーを」
何となくコーヒーを選んだ方がカッコいいかな?…と思ってのオーダー変更だった。その後、「ブラックで…」を付け加える。
「サイドメニューはポテトでよろしいですか?」
「…はい」
「ではご注文を繰り返します。ダブルチーズバーガーのセット。サイドメニューはポテト、お飲み物はコーヒーのMサイズブラックで」
「はい」
「ご一緒にストロベリークリームパイはいかがですか?」
「はいっ!?」
恥ずかしさで顎の角度が下向きだったリュウヘイだったが、想定外の話の流れに思わず顔を上げてしまった。
「はい、只今期間限定のパイを販売しております」
好きな女の子に笑顔で勧められたら買わないワケにはいかないだろう。しかしリュウヘイの場合、頭の中で考えるよりも早く、口の神経がそれに反応してしまった。
「10個! 10個下さいっ!」
☆
テーブル席にはトレーに乗せられたダブルチーズバーガーセットとパイが1つ…残りの9個はテイクアウトとして紙袋に入れてもらった。
限定ストロベリークリームパイは1個150円なので1500円も余計に使ってしまったことになる。小遣いが月5000円のリュウヘイには結構な痛手だ。
自分は自分が思っている以上にバカなのだろうか…。日本一のバカではないとは思うが、少なくとも今、この店の中で一番のバカは自分かもしれないとはリュウヘイは思う。
それでも…
(俺、今泉さんと話が出来たんだ‼️)
これに関しては思い出すだけで口角が自然に上がってしまう。
あの後、カウンター越しのマナカは驚き、大きな目を更に丸くさせた。
「あの…、本当に10個もですか?」
いくら自分が勧めた商品とはいえ、10個と言われれば誰だって驚くだろう。
「はい。あ、美味しそうだから…家族にも買って行こうかな…って」
「ありがとうございます。家族の方、甘いものが好きなんですね?」
「はい、甘いものに目がない妹が2人もいて…」
しかも食べ盛りなヤツらだ。油断すれば今晩中になくなる確率は高い。それっぽい理由でごまかしたリュウヘイだったが、おかげで会話が自然に流れ始めた。
「優しいんですね。私は一人っ子だから、そんなお兄ちゃんがいたら嬉しいです」
☆
(今泉さんは、一人っ子っか…)
新しいマナカの情報をゲットした喜びと共にダブルチーズバーガーを思い切り頬張る。そしてあっという間にポテトごと間食してしまった。
(さてと…)
シメ(?)はマナカが勧めてくれたストロベリークリームパイだ。一口かじっただけで、ピンク色のクリームの断面が見える。
「あ、ウマっ…」
そしてこのパイはコーヒーとの相性が最高だった。
客席からはカウンターが見えないが、接客しているマナカの声が時々聞こえる。小遣いが入ったらまた来よう…と思いながらリュウヘイはコーヒーを飲み終えて立ち上がった。
(次の小遣いまで長いなぁ…)
財政難に陥ったリュウヘイはため息をつきながら、トレイを戻してゴミを捨てる。
その横で店長らしきオジサンが何か張り紙を張っているのが目に入った。
『急募‼️ 学生アルバイト』
(ま、マジで?)
落ち着いたはずの心臓がまたドキドキしてきた。
(万年金欠病から脱出できる上に、今泉さんと同じところで働けるなんて‼️)
そのままガン見してしまったのだから、当然店長と目が合ってしまう。
「…どう? 一人辞めちゃったから、早く人手がほしいんだよね」とリュウヘイの心を読んだかのようにニッコリ微笑む店長。
(…でもなぁ、俺、バイトやったことないし、バカだし不器用だし、いきなりファストフードなキツイかな…)
心の中では『突進モード』と『客観モード』のリュウヘイが言い争っていたが、先ほど同様に口が先に動いてしまった。
「…や、…やります‼️」
<2>↓に続きます