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世界の創り方(前編)

Katsuaki Sato

2億人分ぐらいのデータを解析して顧客への改善フィードバックを繰り返す業務をしていた時に、もし人類がコンピューターを通してあらゆるデータを学習できるようになれば現実世界にフィードバックするだけでなく、世界そのものを作り出せるようになるだろう、という着想が頭の中にありました。

それから世界を作るために必要なことを考えながら、事業・組織・製品の開発を通して実験を繰り返していました。この文章は自分の中で一区切りつけるための備忘録として残しておくことにします。

「世界を作る」という言葉を使う場合には、主に二つの異なる意味をもっています。

一つは国家や社会やコミュニティのような人間の頭の中にある「生態系」としての世界です。

もう一つが人間が目で見て触れて五感で感じる「空間」としての世界です。「生態系」としての世界と「空間」としての世界の両方を合わせて、私たちが住むこの現実世界が作られています。

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この記事では主に「生態系」としての世界の作り方をメインに整理しています。最後に「空間」としての世界の作り方に少しだけ触れます。

世界とは複雑な生態系の重なり合い

私たちは大小様々な「生態系」に囲まれて生きており、それぞれを一つの世界として認識しています。
例えば、私たちが知る最も巨大な世界は「宇宙」ですし、人間が住む「社会」や「国家」もそこで暮らす人々にとっては世界であり、「会社」や「学校」もそこに生きる人にとっては一つの世界です。
「自然界」のように目に見える形の世界もありますし、SNSのようにバーチャル空間にだけ存在する世界もあります。
これらの生態系としての世界は非常に複雑でありながらも、まるで生き物のように有機的で、かつ管理者がいなくても成り立つほどに分散的です。

このような生態系という複雑な構造を、意識的にデザインして成り立たせることができるのか、もしくはただの偶然の産物にすぎないのか?というのがずっと個人的な興味でした。

ある先輩の経営者にこういった生態系のようなものを意図的に作ることはできるのか?と聞いてみたら「ああいうものは偶然の結果であって、意図的に作り出すことはできない」ということを言われました。

ただずっと引っかかっていたのは、もしこういった生態系が偶然の産物であるならば、人々の日々の活動はサイコロの目を振り続けているだけのギャンブルのようなもので、虚しく感じられてしまいます。

大昔は災害や飢饉も神の仕業と考えられていましたが、科学の進歩と人々の努力によってそれらは理解可能なものとなり、予測したり対策したりすることもできるようになりました。

同じように、こういった生態系を意識的にデザインして成り立たせることができるようになれば、より良い世界を作りたいと考えてる人が正しい方向に努力を行い、それが報われる可能性も高まると思います。

まだ途中ですが、これまで実験を通して得られた考察を整理しておくことにします。

世界を変える=新しい生態系を作ること

世界を変える、社会を変える。そういったフレーズをよく耳にします。もし自分にその力があるならば、世界を変えたいと答える人は多いと思います。
ここで言う世界はまさしく「生態系としての世界」と同じ意味で、「世界を変える」とは自分たちが住む生態系の構造を変えるということを指しています。
自分たち住む世界は問題が多いから、それを改善してより良いものにしたいと思うことは正常な感覚ですが、これを実行しようとするのは非常にハードルが高いです。

武力のようなクーデターを行なってその世界の主導権を奪取することは多くの不幸を生みますし、近代では非現実です。
政治の派閥争いをして多数決で競っても、賛同できない半分の人にとってはわだかまりを残しますし、泥仕合で硬直したままいがみあい、時間と労力だけを無駄に消耗し続けることになります。政治や企業の派閥争いを見たことがある人はうなずけると思います。

では、現在では世界を変えるといった場合にどんな方法が一番効果的か?
世界を変えるには、新しい生態系の仮説を考えて、それが実際にうまく成り立つことを証明するのが近道です。
もしそれが既存の世界よりも効率的で多くの人にメリットがあるのであれば、それを否定することは難しいですし、多くの人がその生態系に参加したいと考えるはずです。
昔は世界とは物理的な土地と結びついていたため、人々は唯一無二の土地を奪いあう必要がありました。しかし、現代における世界との大半は物理的な土地とは結びつかない社会的な概念に過ぎません。企業、組織、コミュニティ、グループも人々の認識の中だけに存在し、物理的な空間とは切り離されています。

であれば、現在の世界を変えたいと考えている人は、既存の世界の問題点を克服する新しい生態系のモデルを考えて、それを実際に成り立たせることができれば良いだけです。主導権争いに時間と労力を費やすよりも、実際に新しい生態系を成立させることで、既存の世界からの参加者を募るほうが効果的です。

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ただ、そのためには新しい生態系を成り立たせるためのノウハウが非常に重要になります。自分の主張を声高に叫んでいるだけでは誰も相手にはしてくれません。この世界をよりよくしたい、世界を変えたいと考えている人は、生態系の作り方を学ぶ必要があります。
その世界に参加している人が10人だろうが、数千人だろうが、数千万人だろうが関係なく機能する普遍的なパターンを理解できれば、それを社会のあらゆる側面に応用することができます。
事業をやっている人は製品開発に、リーダーは組織の拡大に、コミュニティを運営している人はその活性化に応用できます。自分が参加している様々な世界(組織・コミュニティ・環境・業界・サービス)に置き換えて考えてみるとわかりやすいと思います。

うまく回っている生態系の特徴

世の中に存在するうまく回っている生態系にはざっくり3つの特徴があります。

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◆自律的であること
うまく回っている生態系は、自律的です。指示や命令がなくても個々の参加者が自分で考えて行動し、改善を繰り返すことができます。
外部からの指示によって回っているのではなく、集団そのものに意思があるかのように動くことができます。
そのためにはその生態系の参加者が生態系内のルールを理解して、自分がその中で何をすれば良いかも分かっている状態が保たれていないといけません。

◆有機的であること
次に、それぞれの参加者がお互いに連携しながら1つの生態系全体を成り立たせているような、有機的であることがあげられます。
例えば、生命は信じられない数の細胞が集まって相互作用をしている結果、一つの生物として動くことができます。同様に生態系もそこに参加する各人が交流しながら全体を形作っています。
それぞれの参加者同士でコミュニケーションは常に行われ、新しい人が入ったり出て行ったりしても、生態系は同一性を失わずに動き続けます。

◆分散的であること
最後は少しわかりにくい言葉ですが分散的であることです。分散的の反対語は中央集権的ですが、こちらのほうがわかりやすいです。生態系の真ん中に常に指示をする司令塔がいないと成り立たない様子です。逆に分散的とはそういった司令塔がいなくても全体が止まることなく動き続ける様子を指します。

私たちが直接観察できて最もうまく成立している生態系に「自然界」があります。自然界は自律的で有機的で分散的であり、司令塔がいるわけでもなく、参加者である動植物にはそれぞれの役割があり、個々の生物が生きるためにバラバラに動いているようで一つの巨大な環境を実現しています。生まれてくる生物と死んでいく生物が常にいて、参加者は常に入れ替わっていますが、自然界全体は変わらず動き続けます。

人間社会は自然界の劣化版のコピーのようなものですが、時代と共に試行錯誤を繰り返しながら徐々にその構造を複雑化・高度化させてきました。しかし、自然ほどの複雑さや柔軟性を持つにはまだ至っていません。
自分の手で生態系を作る場合には自然界をゴールのイメージに置きながら作っていくと良いです。

カリスマの瞬発力、 生態系の慣性力

たくさんの参加者が集まる母集団を形成するのに手っ取り早い方法は、人を惹きつけるカリスマがいることです。
強いビジョンを持ち、容姿端麗で才能に恵まれたカリスマは、周囲に人を惹きつけ、そのカリスマを中心に集団を作っていくのが近道のように思えます。しかし、これは一種のドーピングのようなものです。カリスマに依存した集団は立ち上がりのスピードが速いですが、構造としては非常にもろいという弱点があります。

このカリスマの存在が実質的にはその集団の最大の急所であり、ここを叩くことでその集団を停止させることができるためです(単一障害点)。カリスマにスキャンダルがあったり、倒れたり、やる気がなくなったり、才能が枯れたり、魅力がなくなったりした瞬間に、この集団は消滅を余儀なくされます。

そのため、カリスマの求心力によって支えられている集団は短命であり、参加者もカリスマの存在に依存しているため、個々人が自分で考えて行動して全体を改善していくような自律性も獲得しにくい傾向があります。

また、初期の少数の集団を形成するのはスピーディーで楽ですが、母集団をどんどんスケールさせていきたい場合には苦労します。自分の周りの近い属性の人間を魅了することはできても、自分が普段は接しないような価値観も違う人たちまで魅了することは難易度が高いためです。そのため、集団の規模はカリスマの魅了以上に大きくなれない宿命にあります。

逆に前述した自律的で有機的で分散的な「生態系」として成立している集団は、カリスマが率いる集団とは真逆の性質を持ちます。
仕組みとして回っており、参加者にはそれぞれの役割があり、自分の利益のために自分で考えて行動することが全体の繁栄に繋がるようにできています。
またカリスマがいなくてもネットワークのように参加者同士が相互作用しながら成立しているので、仮に誰かがいなくなっても一気に集団が消滅するということはありません。全体として「慣性(惰性)の力」が強く働くため、特定の誰かに依存することなく回り続けます
一方で、デメリットとしては生態系がうまく回るまでには複雑な要素を全て満たす必要があり、それには長い時間を必要とします。

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なので、カリスマの求心力で一気に母集団を形成した後に、徐々に生態系として成り立つような集団に移行させる「いいとこ取り」戦略が現代では最も優れています。
100年続く偉大な企業も、カリスマによって創業された後に彼が不在でも成長を続けられるように「仕組み化」していった結果です。

ただ、うまく回る生態系の初期にはカリスマは必ずしも必須な存在ではなく、むしろカリスマの存在が生態系への進化を阻害している場合のほうが多いです。
そのため、新しい世界を作りたいと考える人自身が必ずしもカリスマである必要はないですし、そうでないほうが最初から生態系への進化を推し進めやすいです。

生態系の役割と価値の種類

次に、「生態系」の「場としての役割」と、そこでやりとりされる「価値の種類」をまとめます。
生態系とはシンプルに言えば「価値あるものをやりとりする環境」と言い換えられます。
ここで言う価値には商品のように物理的なものでも良いですし、情報や映像などの無形物でもかまいません。参加者が価値と捉えるものであればどんな生態系も成り立ち得ます。
例えば自然界では動植物は生きるための「エネルギー」をやりとりし、消費経済では「商品やサービス」を、金融経済では株や不動産などの「金融資産」を、SNSでは「情報」をやりとりすることで生態系を構築しています。

人間がつくる「社会」という生態系でやりとりされる価値は3種類に大別されます。実用的価値、感情的価値、社会的価値の三つです。

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1)実用的価値
実用的価値とは最もわかりやすくて、参加者にとって実生活で役に立つ物やサービスや情報です。市場でやりとりされる商品、飲食店やホテルで提供されるサービス、金融市場でやりとりされる株や不動産など、経済的に実利のある価値です。役に立つ・儲かるものは全てここに属します。

2)感情的価値
感情的価値は、直接的に生活の役に立つわけでもなく儲かるわけでもないが、人間の感情へポジティブな影響を与える報酬や価値を指します。
エンタメ業界が扱っているものを考えると非常にわかりやすいでしょう。
例えば、音楽やライブもそれを見たり聞いたりしても直接的に利益にはなりませんが、それによって感情的に満たされるから対価を払いたいと感じるはずです。
スナックや飲食店もそこにいる人々に会いたいから行くという場合があると思いますが、これも実用性とは関係なく人間が特定の感情を報酬と捉えているから起きることと言えます。

3)社会的価値
最後が社会的価値です。これは自分が参加する集団全体にとってメリットがあるようなことは参加者個人にとっても価値と感じられることを指します。
例えばボランティアや寄付は、自分には直接的なメリットはなくても、それが社会全体の秩序や繁栄にとってプラスである場合には、そこに時間や労力や対価を払っても良いと考えるはずです。

ただし、これらの三つの価値の大きさは同じではありません。①実用的価値>②感情的価値>③社会的価値の順番に大きいです。
肌感覚としても、自分の役に立つことに人間は一番強く価値を感じるはずです。また、感情的な価値は衣食住が満たされてまともに生きていける状態ではないと対価を払いにくいです。ボランティアや寄付も余裕のある人でないと興味を持ちにくいという現状があります。
ただ、世界は徐々に豊かになっていく過程で、この配分は右にスライドさせていく傾向にあります。昨今のクラウドファンディングやインパクト投資の盛り上がりを見ても、自分の役に立つ・儲かるといった経済合理性を超えて、社会全体をよくしたいという価値が強くなっている現れとも捉えられます。
SDGsや環境問題などの盛り上がりを見ても、今後はどんどん社会的価値の比重が大きくなっていくことが予想できます。

生産者と消費者

この価値をやりとりする存在として、ざっくり二つのタイプの参加者が生態系には存在します。
一つが先ほどの価値を作って供給する「価値の生産者(供給者)」、もう一つがその価値を買ったり見たり聞いたり評価したりする「価値の消費者」です。
ここでいう生産者や消費者という単語はあくまで「価値を作る側(生産者)」と「価値を感じる側(消費者)」と言う意味であり、野菜を作ったりする人や、商品を買う人といった言葉よりも広い意味で使っています。

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例えば、先ほどのエネルギーをやりとりする自然界では「生産者」は光合成をする植物ですし、それらを摂取して生きている動物は「消費者」にあたります。
もっと近い事例で言うとSNSにおいてライブ配信をしたり綺麗な画像を撮ったり面白いことをつぶやいてくれるユーザーは価値ある情報を提供してくれる「生産者」にあたり、それを見たり聞いたりコメントしたりするユーザーは情報を消費する「消費者」にあたります。サロンやサークルでも企画を考えたりする人は「生産者」であり、それを楽しむ人は「消費者」です。大別すると価値を供給する人とそれを消費する人という役割に別れます。

そして割合で言うと生産者<消費者となり、消費者の数に対して生産者の数が少ないパターンが大半です。

参加者の二面性

生産者と消費者に綺麗に別れずに、参加者が状況によってどちらにもなり得る二面性を持つと生態系はより強固になっていきます。
例えば、現実世界の経済では、私たちは何かの商品を作ったりサービスを提供する企業に勤める生産者側の存在であると同時に、仕事が終われば商品を買ってサービスを受ける側の消費者でもあります。

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フリマアプリで物を売る人は買う人でもある場合が多いですし、SNSで情報を発信する人は生産者でありながら、他の人の発信を見たり聞いたりする消費者でもあります。

このように参加者の属性がくっきりと分かれず状況によって役割が変わるような二面性が生まれてくると、一人の参加者が複数の役割を演じられるようになり価値のやりとりが活発となり、生態系は強化されていきます。

生態系の起点は「生産者」側にある

例外はありますが、多くの生態系において起点は「生産者」の存在にあります。まず生態系でやりとりされる価値が存在しない限りは生態系は絶対に成り立ち得ないので、この価値を作る生産者が生態系に参加してくれるかどうかが最初のハードルにあります。

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自然界でも光合成をしてエネルギーを作り出す植物(生産者)が誕生して、ずっと後になってエネルギーを消費する動物(消費者)が誕生しました。
例えば、誰もつぶやいていないSNSに参加したいと思う人はまずいませんし、出店企業がいないショッピングモールに買い物に行く人もいません。

生態系は価値を作る生産者に先に参加してもらい、彼らが作る価値に引き寄せられて消費者が集まって大きくなっていく順番をとることが一般的です。

鶏が先か?卵が先か?問題

生産者を先に集めてくれば良いのだと分かっていても、話は実はそんなに単純ではありません。なぜなら価値を作る生産者はそれを消費してくれる消費者がいない限りは参加してくれないからです。
例えば、新しいサービスを作ったので有名なインフルエンサーに参加して欲しいと頼んでも、頼まれたインフルエンサーからすれば見てくれる人がほとんどいないサービスに参加するメリットはありません。よほどの対価を払ってもらわない限りはインフルエンサーは生産者として参加して価値のある情報を投稿してはくれないでしょう。

この問題は「鶏が先か?卵が先か?」という有名なジレンマで、消費者は価値を供給してくれる生産者がいない限りは参加してこないが、生産者は消費者がいない限りは参加するつもりはないという矛盾があります。

そしてこの問題を解くことが難しいがために生態系を作ることは難しく、「偶然の産物」とも思われています。
ただし、完全な解決法はありませんが、過去の多くの事例からいくつかの突破口は存在します。代表的な方法を4つほど上げてみます。

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1)自らが生産者となり消費者を呼び込む
最もシンプルな方法は、生態系を作ろうとする本人が自ら生産者となり価値を提供して消費者を集めて、その後に他の生産者にその環境を開放するアプローチです。
皆さんがよく使うAmazonが典型例で、Amazonは自らが商品の販売者として倉庫を借りて消費者に商品を販売しつづけて莫大な顧客基盤を構築した後に、他の小売店がAmazonに出店して自由に商品を販売できるようにしました。
日本企業ですと近いのが任天堂で、任天堂は自社でファミコン等のゲーム機を作って、マリオ等のソフトも自社で開発して消費者に提供した後に、その顧客基盤をフックにソフトを開発してくれる外部のゲーム会社(生産者)を募って巨大なゲームの生態系を作っていきました。

この方法のメリットは、①手っ取り早く立ち上げられる点と、②自らが生産者として価値を提供していくので、消費者の需要を熟知してそのノウハウを他の生産者にも共有できるという点です。
デメリットとしては誰もがアマゾンのように莫大な赤字に耐えながら事業を継続できるわけではないですし、任天堂のように大ヒットするゲームを作れるわけではないという点です。自ら生産者としての能力が問われるというハードルがあります。

2)生産者と消費者の両方を兼ねる存在を見つける
生態系を成立させるまでのハードルが高い理由として、生産者と消費者という属性の異なる二つの存在を同時に呼び込まないといけないという点が大きいです。
であれば、この二つの役割を同時に兼ねる、つまり「生産者でありながら消費者」でもあるというタイプの参加者を真っ先に呼び込んでくるという方法もあります。これは双方向性が重要なインターネット上のサービスではよく使われる手で、ソーシャルメディアやマーケットプレイスの構築においては鉄板な手法です。
多くのソーシャルメディアでは投稿者は閲覧者を兼ねますし、フリマアプリでも売り手は時に買い手になったりもします。
価値を供給する側の生産者でありながら消費者でもあるタイプの参加者が初期に入ってくると、非常に少数でも活発な生態系が成立し得ます。一度成立してしまえば生産者だけの人や消費者だけの人が参加してきても双方の需要に応えることができるようになります。

弱点としてはジャンルによってはこれができない場合が多いです。例えば生産者側に高度な専門性や資格が求められる場合などです。
例えば、医師とユーザーをマッチングするようなサービスを作ろうと考えた場合に、消費者であるユーザーが生産者である医師の役割をすることは絶対にできません。消費者と生産者の属性があまりにも違いすぎる場合には難しくなってしまいます。

3)生産者にとって魅力的な情報や道具を先に提供する
これはある意味で①と真逆のアプローチで、先に価値を作ってくれる生産者が欲しい情報やツールを無償で配ることで一気に生産者を集めてしまう方法です。
生産者が自分でやるには面倒なことや、あったら良いなと思っているツール、欲しいと感じる情報などを無償で配る場合が多いです。
最も有名な例がインスタグラムです。いまや世界最大のSNSになりましたが、初期から使っている人にとってはインスタは写真にフィルターをかけられるだけのただの写真加工アプリでした。写真を綺麗にしたいと感じるような人(生産者)たちがこぞって使いだし、彼らが加工した写真を他の人(消費者)たちが見れるようにしたことでSNSになっていきました。昔からフォトショップなどの有償ソフトを使えば写真加工はできましたが、それをスマホから手軽にやりたいと感じていた人に無償でツールを提供したのがインスタグラムの始まりです。

4)他の生態系に「タダ乗り」する
少しトリッキーな手法ですが、既に存在している巨大な生態系に乗っかって自らも大きくなるという手法もあります。
実際は大なり小なり他の生態系のメリットを他の生態系も享受することがありますが、それを意図的に狙いに行く方法です。
有名な話では民泊のAirbnbは、地域掲示板のCraigslistをハックして自動的に家を貸したい人たちにリーチする近道を見つけたことが初期の成功の要因といわれています。
またグーグルもWorld Wide Webに勝手にクローラーを走らせて情報を収集して検索結果に表示していましたが、当時は著作権的にグレーだったため初期は多くの訴訟をかかえていました。著作権にセンシティブだった日本ではグレーゾーンという認識が強く、企業はこの分野に本気で投資ができなかったという背景があります。
この手法の弱点としては他の生態系に依存しているので、そこから禁止されたら終わりという点です。荒っぽい手法ではあるので、使える場面が限られるというのもあります。

生態系の設計者の仕事

仮に生産者と消費者がうまく集まったとしてもこれだけでは生態系としては成立しません。この二つの参加者が自発的に価値をやりとりしていってもらう必要があり、そのためにはいくつかの仕組みがないと自然消滅してしまいます。生態系をデザインする人は、なめらかに価値のやりとりが行われるために、下記のような機能を用意してあげる必要があります。

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1)マッチングの支援
当たり前ですが、生産者には価値を供給してもらい、それがちゃんと消費者に適切に届くようにマッチングを促す仕組みが必要です。
さらに提供される価値の種類が増えていくと、消費者の好みに合わせて見つけやすくしてあげたり(検索性の向上)、消費者の好みにあった生産者や価値をおすすめしてあげる仕組み(レコメンデーションの実装)が生態系に求められてきます。
例えば、アマゾンは常に購買行動から次に欲しそうな商品をおすすめしてきますが、このおかげで消費者は商品を探す手間が省かれ、価値のやりとりの頻度が上がっていきます。

2)信用の可視化
これは全ての生態系に言えることですが、生態系には参加者の信用が可視化される仕組みが絶対に必要です。生態系には常に新しい参加者が入ってくるため、やりとりする相手が本当に信用できる人なのかわからないと怖くて誰も動けなくなってしまいます。参加者が詐欺師だったり悪意を持っていたりする場合も普通にあります。
そのため、参加者が生態系の中での行動を互いに評価する仕組みを導入してあげる必要があります。そして、信用を可視化するための指標を定めて、その指標を全員が見ながらやりとりするかどうかを検討できる仕組みを作ってあげる必要があります(評価制度の導入)。
実際に私たちがネットで物を買う時も、販売者の評価や商品の口コミを見ながら判断しますし、SNSの投稿でも投稿者のフォロワー数などをみながら信憑性を考えます。現実社会でも飲食店におけるミシュラン、ホテルの星の数など、私たちは可視化された指標を信頼して様々な意思決定を行っています。

そしてこの信用情報が蓄積されていくことで新しい参加者は様々な判断がしやすくなり、意思決定のコストはどんどん下がっていき、生態系内での価値のやりとりは活性化していきます。
さらに、悪い評価を与えられると生態系の中では活動しづらくなるため、悪意のある行動の抑止力にもなるという秩序維持にもつながります。

3)違反者へのペナルティ
約束を守らない・他の参加者に害を与える行為をする参加者をどう対処するかも生態系を作る人が考えないといけない仕事です。
「悪化が良貨を駆逐する」と言われますがこれは真実で、他人に害を与える参加者を放置した場合には善良な参加者ほど早くその生態系からいなくなってしまいます
多くの方が経験あると思いますが、料理は美味しくてもガラの悪い人たちが騒いでいる治安の悪いお店には2度と行きたくないはずです。組織でも他人に迷惑をかけるメンバーがお咎めなしの場合は、能力の高いメンバーからさっさと辞めてしまうはずです。
生態系を作る場合は明確なルールを設けて、それを全員が遵守することで参加者同士が互いを信頼してやりとりができるようになります。
国家であれば法律、学校は校則、コミュニティには必ずルールがあり、それを守らない参加者にはペナルティがあり、場合によっては生態系の外に出ていってもらうことが周知されている必要があります。

4)自助努力できるための知見や道具の提供
生態系の強みは参加者が自発的に努力することで全体が盛り上がっていくという点ですが、そのためには貪欲で向上心がある生産者がさらに成果を出しやすくするための環境を整備することも重要です。
生態系には多様なモチベーションの参加者が入ってきますが、今のままでも良いという人もいれば、もっと能力を伸ばして多くのチャンスを掴みたいと思う人もいます。野心と向上心を持つ生産者には知識とノウハウを供給するプログラムを作ったり、ツールを無料で提供したりすることで、彼らの活動を後方支援します。
一番わかりやすいのが近代国家の教育システムです。国家は国民に義務教育を施し、専門領域ごとに大学を作って国民の能力を底上げするように促しています。企業も将来の幹部候補となる若手社員には特別な研修プログラムを用意していたり、社費で海外MBAに留学させたりすることがあります。

生態系は一つの生命のように捉える

生産者と消費者が集まり、信用が可視化され、価値のやりとりがスムーズに行われて、参加者が自発的に行動して生態系全体が盛り上がってきたら、それらがうまく回り続けているかを正しく観察することも重要です。ここまで読んだ人ならピンとくると思いますが、生態系とはひとつの生命としてのアナロジーで捉えるとしっくりきます。

ただのチリや石のような無生物と動植物のような複雑な生物の間には、圧倒的な構造の差があります。だた個人がよせ集まっただけの集団とうまく回り始めた生態系にもそれと同じぐらいの隔たりがあります。生命には下記のような特徴があると言われています。

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1)代謝構造
エネルギーを取り込んで循環させる仕組み。生態系においては価値をやりとりして循環させる構造を指します。

2)相互作用性
細胞同士が作用しあう有機的なネットワーク。生態系では参加者同士の相互の価値のやりとりやコミニュケーションが該当します。

3)恒常性
代謝を繰り返して細胞が入れ替わって同一性を保つ属性。新しい人が参加したり既存の参加者が抜けたりしても生態系が変わらず機能し続ける様子を指します。

4)自己組織化
情報量の増加に伴って勝手に秩序が形成されていく現象。生態系の参加者が増えていくにつれて自然に役割分担がなされて、ルールなども形成されていく現象が近いです。

5)ホロニック・フラクタル
マトリョーシカ人形のように部分がより大きな部位を構成する繰り返し。課があり、課が集まって部になり、部が集まって会社が成り立ってるように、同じ構造がスケールを変えても永遠に続く様子です。

6)成長と進化
代謝を繰り返し成長して環境に適用しながら変化できる。価値のやりとりが繰り返されるうちに生態系が成熟していき、外部環境に合わせて変化したりする様子を指します。

これらの特徴を持つ生命のような構造は散逸構造と呼ばれますが、膨大な参加者によって作られる生態系も同じ特徴を持ち、生命のように捉えることが観察のヒントになります。
生態系を作ることは子供を育てて独り立ちさせていく行為に近いです。うまく成長していくか状態をこまめに観察して、必要であればテコ入れを定期的に行ってくことが大事です。

生態系をより強固にしていくためには?

生態系をより強固にしていくためには、下記のポイントを強化したり補ったりしていく必要があります。

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◆価値の重ね合わせ
実用的価値・感情的価値・社会的価値と三つに分類しましたが、実際はこれは参加者によっては感じ方が曖昧で、2つもしくは3つの価値を兼ねることがあります。
当然ながら多様な価値をやりとりできる生態系のほうがより強固で盤石です。さらに、生態系の成熟度によっては扱っている価値が変化するといったこともあります。
例えば、儲かるという理由でやっていた仕事が、誰かに感謝されるのが嬉しいからやっているという理由に変化したり、そこで会える人たちとの交流が楽しいという理由が混ざったりするケースです。

◆コミュニケーションの促進
こちらも当然ですが参加者同士のコミュニケーションが活発であるほど生態系は強固になり、持続性が高まっていきます。
参加者同士が困ったことがあったら助けあい、わからないことがあったら質問しあえる関係性だと、問題があっても自分たちで対処できるようになっていきます。
生態系の設計者は参加者同士がコミュニケーションできる場を作り、その頻度を増やす工夫をすることで生態系の成熟を促すことができます。
例えば、一定以上の規模の会社では社員総会や打上げのような催しは必ず存在しますし、昔の村や集落にも祭や儀式などで全員が集まる場が必ず存在していました。

◆ヒエラルキーの存在
ヒエラルキーは「階層」や「序列」を意味し、一般的にはネガティブなイメージのある単語ですが、これが存在することで参加者同士のコミュニケーションはしやすくなり関係性を築きやすくなります。
それぞれの世界には必ずヒエラルキーを可視化した指標が存在し、それを軸にピラミッドのように参加者同士の関係性が築かれていきます。
例えば、現実世界やSNSを注意深く観察してみれば、受験生であれば偏差値を軸に関係性が成り立っていますし、投資家は運用資産額、経営者は会社規模、YouTuberはチャンネル登録者数、といった具合にそれぞれの業界で特定の指標が軸になってヒエラルキーが生まれ、ヒエラルキーをとっかかりに関係性が生まれています。
つまり人間はヒエラルキーを自然に作ってしまう生き物で、これがないと自分と他人の立ち位置を推し量ったり、関係性を構築するコストが異常に高くなってしまうためです。
多様で膨大な参加者がいる生態系では、全員とじっくり会話して誰にどんな話をすれば良いかを考える時間も労力もないため、交流を促すとっかかりとしてヒエラルキーの構築が重要な役割を担います。

◆流動性の確保(固定化の防止)
生態系内で、価値のやりとりが頻繁に行われ、コミュニケーションが活発に行われ、評価が短期間で更新される「流動性」の確保が重要です。生態系は流動性が高いほど活性化し、低いほど停滞していきます。
例えば、一度優位にたった人の地位が固定化されている場合に、新しく入ってくる参加者には何の旨味もありません。そうなってくると古くからいる参加者は優位にあぐらをかき努力しなくなり、新しい参加者は入ってこなくなるので、生態系全体がどんどん廃れていくことになります。
設計者は生態系内のあらゆる流動性がちゃんと保たれているかを観察し、流動性を妨げている要因を分析して対処してあげる必要があります。

◆不確実性の担保
最後が不確実性です。これは生物の本能に宿る性質で、生物は不確実な環境に置かれたほうが集中力は増して活発になります。
人間が自然にいた時代には天変地異や他の動物に襲われる脅威に常時さらされていたため、常に必死に環境に適応して生き残りの確率を高めようと努力していました。同様に生態系の外部環境や内部環境の変化が激しいような状況にあると活発化しやすいのです。
逆に何の変化も無い環境に身を置かれた生物は進化するのをやめて、生態系も徐々に衰退していきます。生態系においては、頻繁に起きるイベントや、普段は見ないような情報に触れる機会、自分から遠い参加者との接触など、参加者にとって不確実なことが一定確率で起きるように設計されていると良いです。

参加者個人を惹きつける仕掛け

今までは生態系全体の設計に関する話がメインでしたが、シンプルに参加者個人を生態系に惹きつけるテクニックも存在します。これは生物の本能や脳の仕組みに根差したちょっとした仕掛けで、世の中の様々な場面に織り込まれています。ただ、文字通りただのテクニックであり、生態系の肝にはなり得ないので、最後にふりかけるスパイスのようなものだと理解してもらったほうがいいです。

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1)ランダムフィードバック
人間がゲームを面白いと感じる理由の一つですが、人は自分のアクションに対するフィードバック(反応)がバラバラだった場合に脳が報酬を感じてしまうという性質があります。これは人間がかつて不確実な自然で暮らしていた時代の名残のような機能で、人は自分の行動に対して返ってくる反応が一定ではない時にそこに意識を向けてしまう癖があります。大半のゲームにはこの要素が入っていますが、中毒性も高いので悪用には注意です。

2)届きそうな目標
人間は達成可能な目標を目の前に置かれるとそれをやりたくなってしまうという属性があります。そのため常に目標を細分化して可視化しておくことで、継続性が高まったり努力がしやすくなります。ダイエットやトレーニングでも最初から高い目標を掲げるよりも、少し頑張れば達成できそうな目標を提示されたほうが長続きします。

3)難易度のエスカレーション
これも届きそうな目標と近い話ですが、目の前の作業の難易度が徐々に増していく場合には人間はそこに熱中していく性質があります。ゲームでも最初は簡単だったけど、クリアするごとに難しくなっていくのが面白くてついやり続けてしまうという記憶は誰にでもあると思います。

4)社会的相互作用の可視化
人は社会的な生き物ですから、周りからどう見られているかを無視できないという性質があります。そのため、単純に他人から見られているということが可視化されているだけでもついつい気になってしまいます。
例えば、SNSでも覧数数やいいね数が可視化されていると後から気になって見に行ってしまったり、テストの成績が廊下に張り出されるだけでモチベーションが変わったりします。自分が見られているということが可視化されると意識がそこから離れにくくなるため、こちらも生活のいろんな場面で登場します。

5)進歩している実感
自分の行動が徐々に進歩してるという実感を持つことは行動を継続する上で非常に重要です。小さな成功体験を積み重ねてもらうように設計することで自信につながり、それが楽しくなって続けやすくなります。飲食店の会員向けスタンプカードや、昔のラジオ体操のスタンプカード、春のパン祭り、ソーシャルゲームのログボなどこちらもいたるところで使われています。

上にあげたようなテクニックは今風に言えばゲーミフィケーションというものに分類されますが、あくまでも小技であってこれが軸で生態系が作られるということはありません。そのため、重きを置きすぎるのはおすすめできません。これらは生態系の基本的な要素を捉えた後に付け加える程度で覚えておくと良いです。

生態系が有機的に進化する瞬間

水が氷になるように、あるシステムが全く別のシステムに移り変わる現象を「相転移」と呼びますが、生態系においてもこれは当てはまります。

仕事とは日々の問題点を抽出していき改善していけば結果は比例してついてくるのが一般的です。しかし、生態系の構築にはおいてはこれが当てはまりません。生態系のほとんどの要素が揃っていない限りは日々の小さな改善を続けても、それに比例して成果が現れてくることはありません。

一方で、必要十分な仕組みができて一度うまく回り始めると、無機質だった存在がいきなり有機的な生命に変化したかのように、一気に別のものに変わります。
生態系として成立してくると参加者同士の自発的なやりとりが加速していき、生態系は自律性を帯びていきます。まるで今まで何をしてもぴくりとも反応してくれなかった存在が、勝手に走り回ってしゃべり始めたみたいです。

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そして生態系が成熟していくほど設計者の仕事は徐々になくなっていき、最終的には完全に手離れをして一人歩きを始めます。まるで夜泣きが酷くて大変だった幼児が、成長して高校を卒業して、家を出て一人暮らしを始めるようなものです。

生態系が自律性・分散性・有機性を帯び始めると、参加者が次の参加者を呼び込み指数関数的に成長していくようになります。
さらに参加者の価値のやりとりが増えるほど信用情報が蓄積されていき、参加者同士のやりとりにかかるコストはどんどん下がっていきます。
そして生産者がいるから消費者が集まり、消費者がいるから生産者も集まるという鶏卵問題と真逆な好循環が起きていきます。
最終的にはそこに参加している人数がそのまま生態系の価値になっていきます。これは「ネットワーク効果」と呼ばれますが、この効果が発生した生態系は強力な安定性と慣性を発揮するようになります。

生態系のデザインにおいて重要なこと

生態系の基本的な仕組みと作り方をまとめました。こういった話を聞くと何にでも応用できる万能なノウハウなように聞こえてきてしまいますが、実際はそうではありません。

どれだけ知識が豊富でも、世の中の人が感じている不満や需要を正しく把握していないと意味がありませんし、時代とタイミングが噛み合うことも大事です。
そして最も大事なことは、今よりも良い世界を作ろうとする人間の意思です。ウェットな精神論のように聞こえますが、これには生態系の構造的な理由があります。

前述の通り、生態系は改善を繰り返しても直線的な成長はせずに、全ての要素が噛み合ったタイミングで指数関数的な成長を始めます。そのためには何の成果の兆しも出ない日々であっても延々と改善を続けないといけません。それがいつ来るのかは予測できません。永遠にこないかもしれません。
経済合理性だけを考えるのであれば割りに合わないギャンブルになるので、これを続けるには少なくても生態系を作ろうとする人間にそれを成立させようとする強烈な意思が求められます。
そして、この意志だけは他から借りてくることができません。

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新しい生態系を作ることが難しいのは、経済合理性を超えた設計者の「意思」と、それを形にするための「知識」と、成果が出なくても改善を繰り返し続ける「忍耐」が、同時に求められてしまう点です。

世界を作ることが未来の仕事になる

直近の100年は論理的思考力が最も評価された時代でした。偶然のように思える現象をテクノロジーの力を借りて論理に落とし込み、理解可能にすることがあらゆる場面で求められるようになりました。

経営、金融、組織、人事、営業においても全て論理的に考えて整理・予測・行動することが現場でも求められているはずです。そこでは、テクノロジーと論理を味方にできた人々が大きな力を得てきました。
しかし、全ての産業に当たり前にテクノロジーと論理的思考力が求められた結果、それだけでは価値を発揮することが困難になってきています。

現代は、Volatility(不安定さ)、Uncertainty(不確実さ)、Complexity(複雑さ)、Ambiguity(不明確さ)の頭文字をとって「VUCA」の時代と呼ばれています。これは熱力学におけるエントロピー(乱雑さ)のように不可逆なもので、グローバル化とテクノロジーの進化が加速していくほど、この傾向は強まっていきます。

そしてVUCAの傾向が強まるほど、生態系は威力を発揮していきます。なぜなら、生態系とは前述の通り複雑で不安定で不確実な環境でこそ本領を発揮し、外部環境や内部環境が激しく変化しても柔軟に適応し、同一性・恒常性を維持し続けられる構造そのものだからです。
例えるなら、生態系とはあらゆるものが流されていく濁流の中で、流されずに勢いよく周り続ける水車のような存在です。

今後さらにグローバル化とテクノロジーの進化が加速していくと、物事を論理的に整理して改善していくだけでは足りず、技術と論理を駆使して生態系を作り出す能力があらゆる場面で求められてくるでしょう。

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論理的思考力とは目の前の事象を、客観的な事実に基づき分析した上で将来を予測し、最も成功確率の高いアクションを考えて実行することです。言い換えれば、様々な出来事を抽象化した上で、具体的なアクションとして現実世界にフィードバックを返してあげることです。
一方で生態系を作ることは現実世界の構造を理解した上で、概念として同じものを再現することです。現実世界の構造をまるごと再現する生態系構築力は、現実世界を分解してその一部を改善する論理的思考力の上位互換のようなスキルで、その延長線上でつながっています。

技術はどんどんコモディティとなり、論理的思考は人間が当たり前に扱う能力となっていくと、次の時代に価値を発揮するためにはさらに複雑で難易度の高い力を求められることになります。今後は生態系を作る能力は、世界を変えたいような特殊な人だけではなく、組織のリーダーに当たり前に求められてくる素養になると予想しています。

目に映る「空間」としての世界

ここまでは世界という言葉を「生態系」として世界の意味で使っていましたが、ここからは「空間」としての世界を作るという話も少しだけ触れたいと思います。

インターネットの普及によって人々の認識の中だけにある概念としての世界を、パソコンやスマホの2次元の画面上で手軽に可視化できるようになりました。私たちはSNSやWEBサービスを通して、多種多様な生態系が成り立っていることを一目で認識することができます。

今後は5Gや6Gの普及によって現在の数十倍から数百倍の通信速度が実現し、VRや3DCGが普及すると空間としての世界をバーチャル上で誰でも作り出すことができるようになります。
そしてバーチャル空間上で現実世界と違和感の無いレベルで生活できるようになれば、「世界を作る」とは文字どおり現実そっくりの「生態系」と 「空間」を作るという意味に進化していくことが予想できます。

無数に広がる多元的な並行世界

ここからさらに先の未来に思考を伸ばしてみます。今後は5G→6G→7G..とどんどん通信環境が改善していき、コンピューターの計算力もどんどん上がっていくと、従来では動かせなかったクオリティのグラフィックもリアルタイムでストレスなくさくさくと操作できるようになります。

下記の映像は個人的な実験として、衛星から取得できる地球観測データに機械学習をかけて、AIに地上の3Dモデルを自動生成させたものです(東京都心の某所の再現)。映像の中に実写物はひとつもありません、全てがAIと3DCGによって作られたバーチャルな存在です。

少し専門的な話になりますが、衛星から取得できる地上の静止画像と標高データ(DEM・DSM)に機械学習をかけて地上の構造物の自動検出を行った上で、アルゴリズムに基づいて地上の3Dモデルを自動生成。さらに、3DCG技術で石・ガラス・鉄・植物などの質感を自動で再現し、それらを一つのシステムとしてつなぎ合わせました。実験段階なのでまだ精度は低いですが、理論上は衛星から観測できる範囲であれば世界中のあらゆる景観を自動生成することも不可能ではありません。

ここからさらにAIに現実世界のあらゆる情報を学習させて、バーチャル空間に世界を再構築させていき、その世界の3Dモデルを誰でも使えるように無料で配布していこうと思います。

こういった技術が誰でも利用できるようになっていけば、今まで何十人何百人のクリエイターとエンジニアが集まって数ヶ月で作っていたようなものを、個人が無料ですぐに使えるようになっていきます。

さらに、VRなどのデバイスも普及してくると、SNSのアカウントを作るように手軽に現実と錯覚するクオリティの仮想世界を作って、友達を募って日常的に様々な活動を展開していく未来は容易に想像ができます。映画マトリックスやレディープレイヤーワンの世界観はすぐそこまで来ている実感を持っています。

さらに、ブロックチェーン技術などを使えばバーチャル空間上のアセットに希少価値を発揮させることも可能なため、近い将来は自分の作った世界を価値に変換することは今よりもずっと簡単になっているはずです。

赤ちゃんの頃からYouTubeを見て育った次の世代にとっては、Unityなどのゲームエンジンを使いこなして自分の好きな仮想世界を作って友達と遊ぶことは朝飯前になり、才能のある子供は現在のハリウッド映画のような映像を個人でさくっと作って大人を驚かせていることでしょう。

私を含めた現代の大人世代は、まだネットが存在しなくて、物理空間だけが唯一の世界であり、それを奪い合っていた時代を知っています。そのため、私たち現代人は何かを二つの対立構造で考える思考の癖のようなものが染みついています。
例えば、派閥に分かれて領土を取り合うようにいがみ合い、自分たちと考えの違う人たちを攻撃して白黒決着をつけようと泥仕合をしてしまいがちです。これは唯一無二の「土地」という物理世界を奪いあってきた時代のスタイルと言えます。

無限に広がる仮想空間で世界を自由に作れるようになった世代にとっては、世界とは物理空間のように一つではなく、重なり合って多元的に並在しているものという認識を当然のように持ち、それぞれが干渉しすぎずに、多様な生態系を広げていけると思います。

こういった多様な世界を普通に受け入れられる世代が社会のメインになるに連れて、従来は白い目で見られてきたマイノリティと呼ばれた人たちの社会的地位もどんどん向上していき、「対立する必要はなく、違う世界は並存できる」という思考が当たり前の価値観に変わっていくと思います。

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物理における宇宙の仮説の中に「マルチバース(多元宇宙)」という概念がありますが、これは私たちの住む物理的な宇宙は一つではなく複数の宇宙が並行で存在しているという考えです。

これと同じように、人間の認識上の世界も、多種多様な世界があらゆる方向に分かれて広がっていき、並行で重なり合いながらも無限に拡張していくようなイメージに近づいていくと予想しています。

そして、複数の「世界」が並行でいくつも生まれて、個人もそれぞれの世界に合わせて複数の「人格」を使い分けていくようなことが未来では一般的になっていくかもしれません。現状ですら、人々は現実世界とSNSの人格を使い分け始めていますし、TwitterやInstagramといったSNSごとにも違うキャラクターを演じ始めています。

「Individual」という単語は否定を意味する「In」と分割可能の「dividual」を合わせて「これ以上分割できない最小単位の存在」という意味で「個人」を指した言葉ですが、これからは個人も複数の世界にまたがって複数の人格を使い分けていくことになるため、この単語の語源は時代と合わなくなっていくかもしれません。

物理世界より魅力的な仮想世界の先

テクノロジーは現実世界を便利にしていくだけでは飽き足らず、世界そのものを作り出せるまでに進化し、社会や人間の再定義を求めるほどにまで大きな存在になりました。これからは人間の想像力が無限に拡張されていく時代に突入していくでしょう。

この文章のタイトルに前編とつけましたが、後編はまだかけません。空間としての世界の作り方は私もまだ分からないことだらけで、実験の途中だからです。
人間が「空間としての世界」をどのように見ているか、何にリアリティを感じて、何をフェイクだと感じるか、これは生態系を設計するのと同じぐらい興味深いテーマであり、日々気付きと発見の連続です。
世界を作ろうと考えなければ、自分がこの世界をどんな風に見ているのかなんて全く気になりませんでした。自分の知りたいことは実は自分の認識の中にあったという意味で、まさに灯台下暗しでした

もし後編を書くことがあるならば、「生態系としての世界」と「空間としての世界」の両方の作り方を理解した後にしようと思います。

生態系と空間、この二つを融合して私たちが住むこの物理世界よりも魅力的な仮想世界を誰もが当たりに作り出せるようになった時に、どんな未来が待っているのか。いつか後編として書いてみたいと思っています。そして、そこに至るまでの過程を全力で楽しみたいと思います。

終わりに

恥ずかしい話ですが、私はかつて強烈な意思があれば、世の中も変えられるし、何でも実現できると思っていました。もちろんそんなことはありませんでした。個人の意思の力ではどうにもならないことが存在するからです。そのことにひどく絶望して、独りで長く無気力な時間を過ごしていました。世の中がこうあって欲しいという理想と、世の中がどのように動いているかという現実は、全く別物であり関係がないからです。

そして個人の意思が及ばない最も大きな力だと感じたものが、社会における生態系の力でした。社会は個々人の理想とは関係なく回り続けます。それは社会には強力な慣性(惰性)の力が働いていて、ちょっとした個人の意思などかき消してしまうぐらい強力です。「世の中はこうやって動いていて、これまでも問題なく回ってきたのだから、これからもそうするべきだ」という力です。

自分の思い通りにいかないからと言って駄々をこねていてもしょうがないので、個人の意思を超えた生態系の力を学び、それを万人が使いこなせるようになればまた違う景色が見えるかもしれないと思い、世界の作り方をテーマに試行錯誤を続けていました。

生態系を設計すると聞くと、ロジカルに数式でも解くかのような淡々とした作業を思い浮かべますが、実際は人間としての意思を試される日々の連続です。

生態系を作ろうとする行為とは、初期の何の成果も見えない日々に耐え、周囲からの疑念・嘲笑・誤解に耐え、参加者の反応に一喜一憂し、それでもいつかは形になると信じながら暗闇の中を手探りで進んでいくようなとても人間的な行為です。これを続けるには損得を超えた意思が求められます。
そのため、経済合理性に支配され、諦念に取り憑かれて、理想を失った人間には新しい世界を作ることは難しいのだと思います。

この人間的な活動の繰り返しは、機械的で無機質な絶対法則のようなものを期待していた自分としては意外でした。

しかし、結局は今よりも良い世界を作りたいと思う人間の意思がこの世界を前に進めているということが分かり、意思→論理→意思と、まるで一周して同じ場所に戻ってきたようで妙に可笑しかった反面、なぜか嬉しい気持ちでいっぱいでした

個人の小さな意思がこの巨大な世界に対してできることなんて何もないんじゃないかと諦めていたんですが、そうではないということを教えてもらえた気がしました。

終わりに自分への戒めとして、文字通り世界を変えたある科学者が残した言葉の中で、個人的に気に入っているこんなフレーズがあります。

Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world.
想像力は知識よりも重要だ。知識には限界がある。想像力は世界を覆う。

人間は知識や経験が増えて賢くなるほど、何でもわかった気になり、それ以上の想像を止めてしまいがちです。ただ、現代はあまりにも変化が速く過去の知識はすぐに賞味期限切れを起こしてしまいます。

非合理的で愚かに見えるけれども、今まで積み上げてきたものに依存せず、常に未知なことに挑戦し、日々もがき、失敗して傷つき、恥をかき、絶望して、生の現実に触れるほうが、この世界の真実により近づけると思っています。賢くあるよりも愚かであり続けることのほうがずっと難しい。これからも愚かでありたいと強く思いました。

今までの個人的な実験と考察の記録ですが、いつかどこかで、世界を変えたい・新しい世界を作りたいと考えてる「変わり者」の誰かの目にとまり、なにかの役に立つことがあればいいなと願っています。

English: How to Create a World (Part 1)
Español: La creación del mundo (Parte 1)
Deutsch: Wie man eine Welt erstellt (Teil 1)
Français: Comment créer un monde (1ère partie)
Português: Como criar um mundo (Parte 1)
简体中文:如何创造世界 (第一部分)
한국어: 세계를 만드는 방법 (전편)