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言い訳を続けた結果22歳になったんでしょ?

おはようございます。

大学4年生の代を休学して川崎にあるロックヒルズーガーデンという屋上グランピング場の店長をしております石川勝巳です。

僕は店長になるために、大学4年生を休学するという決断をしました。

今年大学に行かれていた方は分かると思いますが、コロナの影響で授業がオンラインに変わりました。

つまり、大学に行きながら『店長』という仕事をすることができたのではないか、という質問をよくされます。

その質問をされた当時は本当に直感でなんとなく1つの道に絞った方が良い気がしてました。

でも、今改めて考えてみると僕が大学に行かずに店長の道に絞った理由は『言い訳』をしたくなかったのだと思います。

もし、大学に通いながら店長をしていたら『結果』が出なくても大学のせいにするという逃げ道を作れてしまいます。

『すいません、今日までの課題があったので仕事が間に合いませんでした』
『今週は卒論で忙しいのでおやすみをいただきたいです』

と大学を言い訳に仕事のできない自分を肯定できてしまうのです。

僕は今までずっと自分の現状を肯定できる言い訳をたくさん作ってきました。

サッカーをしていた時も

『今日ぐらいストレッチサボっちゃおうか』
『今日は調子が良くないから走り手を抜こうかな』

と試合で結果が出なかった時の言い訳をたくさん作っていました。

言い訳をして、自分の現状を肯定する『仕方ない』を用意しないと気持ちを落ち着かせることができないのです。

そうやって言い訳をしては自分の現状を肯定して、僕は前に進んできてました。

確かに、『やりたいこと』を見つけて自分の道を歩むという選択は自分の好きなことをして生きている気がして憧れを抱きます。

しかし、自分の道を歩むという決断は言い訳ができなくなってしまう為とても怖いです。

僕は自分でやりたいことへの道へ進んでいるという充実感とこれで上手くいかなったらどうしようという恐怖と常に戦ってきました。

やりたいことへの道は何をしても自分の責任です。

『あいつのせいだ』『運が悪かった』など言い訳があったとしても
それを分かってた上でその選択をしてんでしょ、と上手くいかなかった原因が自分に帰ってきます。

失敗したら自分の実力不足なんです。

自分の失敗を認めるというのは自分で思っているより怖いことです。

だったら上手くいかなった現実を何かのせいにして言い訳をした方が気持ちがだいぶ楽になります。

部活の時も『あの時こうしておけば試合に出れたかもしれないのに』と試合に出れなかった自分に対しての現状を肯定することができます。

ただ、その行動を起こさなかったという後悔は一生残ることになります。

『〜したいなぁ』『〜しておけば今頃』と現状を肯定し続けても何も残りません。

そういう人は結局いつまでたっても行動することができません。

だって僕がそうでしたから。

言い訳ばかりをして現状を肯定ばかりする自分が嫌になったから休学をするという決断をしたんです。

これは、僕なりの一つのケジメです。

自分で決めた道は結果を自分で尻拭いしないといけません。
そうすることで起きた物事全てが自分のせいになります。

良いことも、悪いことも自分次第。

逆に進むべき道に、『環境』や『誰か』のせいになっている人はスタートから『言い訳』を作れてしまいます。

『親がやれっていったから』『コロナのせいで留学いけなかった』

現状を肯定するのは本当に簡単です。というかずるいです。

だって現状を肯定する人は自分は挑戦してないのに、人の判定ばっかするからです。

『あいつは面白くない』
『こいつは才能ない』

と外野から発言して何になるんですか。ただの自己満足じゃないですか。

そんな自分の評論家気取りで何もしてこなかった21年間に嫌気がさして僕は起こることが全て自分次第という修羅の道を進むことに決めました。

立ち止まったらまた、自分に問いたいと思います。

また、言い訳するんですか、と。







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