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詩の機能美/物語のカタルシス:抽象化と問題解決の知的価値

最近、知性や知能との関わりとして、詩や物語の性質や構造を考えていくつかの記事を書いてきました。

次のステップとして、詩と物語の違いについて考えた時、そこに数学における数式と証明の関係、あるいはシステム開発におけるアーキテクチャと要求仕様の関係との類似性に気がつきました。

そこで、ここでは、それら異なる分野の類似性を取り上げながら、詩と物語の違いを掘り下げ、そこに機能美とカタルシスという知的刺激が存在していることを紐解いていきます。

さらに、機能美の抽出とカタルシスの創作が、知識作業において特に重要である点を指摘しつつ、それを上手く行うためのコツやノウハウの話題にも触れていきます。

■機能美の抽出

詩は短い文で表現する美です。数式も、シンプルでありながら応用範囲や深い意味を持つとき、美を放ちます。システムやソフトウェアの設計における抽象的なアーキテクチャも、シンプルでありながら応用範囲が広い時、やはり美しいと感じさせます。

美は多義的ですが、これらに見られる美は、機能美と呼べそうです。シンプルな構造に多くの意味や用途が集約される、そうした共通点が詩、数式、アーキテクチャの世界には存在しています。そこにある有用性を究極的にシンプル化した姿に、私たちが感じる用の美、すなわち機能美であると思うのです。

詩も、数式も、アーキテクチャも、この機能美の抽出により導出されます。

対象を徹底的に見つめ、そこにある最小条件を抽出します。機能が消えてしまわないように残すべきところを維持しながら、余計なものを徹底的に削り落とすことで本質的なものを抽出するのです。

すると、最初に対象にしていたものの本質が浮き彫りになり、そこに私たちは美を感知します。同じ対象であっても着目する観点によって、抽出されるものは変わってきます。鋭い観点から抽出したものは、類似の構造を持つ別の対象にも広く応用できるものもあります。そうしたものは、ひときわ強く美を放つようです。

■カタルシスの創作

一方で、物語は、途中で不確定のものが提示され、それが確定するという構図を持ちます。詩と物語を分けるのは、文章の長さではなく、この物語の持つ不確定と確定の遷移の性質です。そしてそこには、曖昧で不安定な状況がもたらす感情から解放される感覚、つまりカタルシスがあります。たとえ結果がポジティブにもネガティブであっても、不確定から確定への遷移に、私たちはカタルシスを感じるのです。

数学における証明も、この性質を持ちます。証明の最初の段階では、命題が証明できるのかどうかは、不確定な状態です。それが事前に分かっているのであれば、証明が不要だからです。そして、最終的に証明に成功することで、不確定だったものが確定します。その過程は、物語と同じです。そこに、カタルシスのような感覚がもたらされます。

システムやソフトウェアの世界についても、これに相当するものがあります。それは要求分析のプロセスです。

プロジェクトの開始当初、要求分析を行う前は、どういったシステムやソフトウェアができるのか、それがきちんと形になるのかが不確定です。そこで、プロジェクトの初期に、要求分析という作業を行います。システムに求められる要求を聞き出して整理する作業です。

要求が整理出来たら、その要求を満たす機能を考えて要求仕様としてまとめます。それを元に、システムの実現範囲とおおよその基本設計であるアーキテクチャの見通しをつけ、開発の期間とコストを見積ります。これらができれば要求分析はひとまず完了です。

その時点で、システムのイメージが明確になり、プロジェクトの予算や日程もわかります。つまり、最初に不確定だったものが確定します。ここにも、カタルシスのような感覚があります。

機能美は、抽出する作業でした。カタルシスをもたらす物語や証明、要求分析は、これに比べると作業者の独創性が試されます。同じ問題で、同じ着眼点を持っていたとしても、その過程には作業者の個性や、その作業時の偶発的な思い付きが混入します。その意味で、創作的な作業と言えます。

従って、物語や証明、要求分析は、カタルシスの創作であると、表現したいと思います。

■知的な刺激

このように、文学の世界では、機能美を持つ詩と、カタルシスを持つ物語という関係があります。数学の世界では、機能美を持つ数式と、カタルシスを持つ証明、そして、システム開発の世界では、機能美を持つアーキテクチャと、カタルシスを持つ要求分析があります。

機能美もカタルシスも、直感的で感性的な美や感動とはやや異なるように思えます。そこには、深く理解することが求められます。その意味で、感性的な刺激と対置される、知的な刺激と言えそうです。

一部の熱心な人たちが、詩や数式やアーキテクチャを懸命に求めて作り上げていくのは、その知的な刺激である機能美を味わいたいという一心のためかもしれません。また、そうして得られた知的な刺激を多くの人と共有したいという気持ちもあるでしょう。

一方、美しい詩や数式やアーキテクチャの追求よりも、物語、証明、要求分析はもう少し一般的です。とは言っても、その知的作業は十分に高度です。そして、その作業が人々を引き付けるのは、そこにカタルシスという知的な刺激があるからでしょう。

この機能美とカタルシスというものに、知的な刺激を感じ、それを求める性質を人間が持っていることは、幸いでした。これらの知的な刺激が、文学や数学、科学技術や工業技術などを進化発展させる力になっているのだと考えられるためです。

■記録と推論

詩や物語の他に、文章の中には、出来事の記録も含まれます。数学というか、科学的な世界にも、計測データを数値化して記録することがあります。システムやソフトウェアも、その動作の過程をログに記録するという事があります。

このように、文章、数値、システムの動作などの別々の分野に、記録という共通的な知的作業が存在しています。

詩や物語に対して、感想や評論を文章にすることがあります。数学においては、数式を実際の問題に適用して計算結果を求めることがあります。システムやソフトウェアでは、アーキテクチャの上に具体的なアプリケーションプログラムを作成します。

これらは、ベースとなる機能美やカタルシスの元を展開していく作業です。これは、推論という知的作業と呼べそうです。

機能美やカタルシスのように約束された知的刺激は、記録や推論にはないようです。その代わりに、これらは機能美の抽出やカタルシスの創作よりも、さらに一般的な知的作業と言えそうです。

■知的作業分類の汎用化

記録、推論、創作、そして抽出。知的作業の難易度は、恐らくこの順序で上昇します。もちろん、対象や、成果物の深さによっても難易度は変わります。このため一概には言えませんが、傾向としてはこの順序になるでしょう。

そして、この知的作業によって得られたものを、理解したり応用したりする難易度も、この順序になるでしょう。そして、難易度が高いほど、知的刺激も大きくなると考えられます。

ここまでに、文学、数学、システム開発の世界に、記録、推論、創作、抽出があることを見てきました。多少強引に当てはめた部分もありますし、分野によっては、ここで挙げた例に該当しない記録や推論、創作や抽出に相当する知的作業もあるでしょう。

他にも様々な知的活動分野で、同じように記録、推論、創作、抽出といった知的作業の分類ができるように思えます。つまり、記録、推論、創作、抽出は、知的作業に対する汎用的な分類とみなせると思うのです。

そして、それぞれの知的活動分野で、機能美やカタルシスという知的刺激があり、その分野の進化や発展の原動力になっていると考えられます。

■共通特性の探索の価値

機能美の抽出や、カタルシスの創作について、より深く考えていけば、その知的作業を上手く行う手掛かりがつかめるかもしれません。

特に、分野に関わらないような抽出や創作のコツやノウハウを見出すことができれば、広く様々な知的分野に応用できる、方法論や訓練法などの開発に繋げられるかもしれません。

もしそうしたものが上手く導出できれば、そこには、計り知れない価値があるでしょう。大風呂敷を広げた言い方をすれば、人類全体の知的作業のレベルを向上させる糸口となり得るものです。

■抽象化と問題解決

恐らく様々なコツやノウハウがあると思いますが、ここでは過去記事の中でこの点に関連しているものを2つ取り上げておきます。

1つ目は、機能美の抽出に関するものです。機能美の抽出における重要なキーワードは抽象化です。本質以外の部分をそぎ落として機能美を抽出するという作業は、対象を抽象化していく作業です。

本記事の末尾の参照記事1として、抽象化について以前書いた記事への参照リンクを掲載しておきます。

複雑な情報を整理する際に、分析的な抽象化と評価的な抽象化を行い、それを同時並行で進める、という手法を概説しています。これは、私の専門であるシステム開発における経験をベースにして、システム以外にも適用できるよう一般化した整理術です。

2つ目は、カタルシスの創造に関するものです。カタルシスの創造における重要なキーワードは問題解決です。不確定なものを問題と捉えれば、問題解決はそれを確定させる作業やその確定の道筋を見つける作業に相当します。

末尾の参照記事2に、問題解決について記載した記事への参照リンクを掲載しておきます。こちらも、システム開発における経験を基にしていますが、同様に一般化した考え方としてまとめています。

■さいごに

この記事では、詩と物語の差異を、機能美とカタルシスという知的刺激にあるという話を展開しました。また、数学やシステム開発にも、機能美とカタルシスが存在することを示し、他の知的分野にも共通する汎用的な概念として整理しました。

私は、システムエンジニアの中でも、システムの基本設計であるアーキテクチャの設計を担うシステムアーキテクトが持つ抽象化や問題解決のスキルが、コンピュータのシステムに限らず広く様々な分野で役に立つと考えてきました。

この記事では、詩と物語の持つ性質の観点から、抽象化と問題解決の話への結びつきに気がつくことが出来ました。やや我田引水に見えるかもしれませんが、私の中では、システムアーキテクトのスキルの可能性について、確信が強くなりました。

参照記事一覧

参照記事1

参照記事2


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