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子どもの消費大好きマインドを創造大好きマインドに切り替えるには

先日とある中学校の探究学習のお手伝いに行きました。総合的な学習の時間を使って、1,2,3学年全校生徒が一斉にこれから取り組むテーマ設定を行っています。基本一人一つのテーマで「未来の気仙沼を支える」探究だったら何でもOK。

その学校にとって、今年度からの新たなチャレンジです。とてもわくわくする学習です。昨年度から先生たちが時間のない中準備をしてきました。

一人一つとなると実に多彩なテーマが出てきます。防災、環境、人口減少。みんな机の上にそれぞれiPadを出し慣れた手つきであれこれ検索をかけながら模索しています。一人で黙々とやる生徒、隣の子と相談しながらやる生徒、4人くらいでおしゃべりしてる生徒、とスタンスも様々です。

机の間を縫いながら「どう?どんなテーマにするのか聞かせてくれる?」と聞いて回るのが私コーディネーターの役割です。設定した課題は何なのか、対象つまり受益者は誰なのか、そしてそれらはもっと絞れないだろうか、といった問いを投げます。驚いたのはほとんどの生徒が気さくに答えてくれたことです。「どうやって進めればいいのかさっぱりです」という答えも含めて顔を上げて答えてくれます。学校によって違うんですよね。教室に入ると空気が「警戒」色に満ちている学校もありますので。一見、個人プレーの探究学習ですが、クラスのいい雰囲気が下支えしているようです。素敵な学校です。

さて、その「さっぱり分かりません」組の生徒たちの話です。「なんとなく人口減少をなんとかしたい」「なんとなく若者が住みやすいまちにしたい」と言います。じゃあ今の気仙沼は若者が住みにくいの?「はい、イオンしかないんで」じゃあ何があったらいいと思う?「もっと買い物できるところですかね」

彼らに共通しているのは「いいまち」とは「いい消費ができるまち」だと言うことでした。もちろんお年ごろで流行りのものを消費したい欲、真っ盛りです。悪いとは思いません。ただ「消費大好きマインド」一色だと探究のサイクルが回りづらいです。

2016年、気仙沼のある中学3年の女子生徒が弁論大会でこんなことをスピーチしました。

(都会にある)誰かの手でつくられた『楽しさ』はあなたに、何を残すのでしょうか?(中略)自分たちの視点で地域の課題に立ち向かい、ふるさとを魅力的なまちにしていく。それがこの地で生まれ、ふるさとに育まれた私たちにしかできない未来を形づくる『楽しさ』だと思うのです。

そうそう、この似て非なる「楽しさ」の違いに気づいたワケですね。彼女はその後高校に進学して、探究的な活動に打ち込みます。創造大好きマインドは探究のサイクルをどんどん回します。じゃあ、消費大好きマインドを創造大好きマインドに切り替えるにはどうすればいいんだろう。

ねぇ気仙沼はいったん置いておいてさ、最近ハマってることとかないの?

さっぱり分かりません組の何人かに聞いてみます。「文房具に最近ハマってます」文房具いいじゃん!気仙沼と結びつけてテーマにしたら?「え?どういうことすか。気仙沼には大型の文房具店がないんで仙台まで行くんですよ」だから、気仙沼ならではの文房具をつくっちゃえばいいのよ。例えばー…気仙沼の間伐材でなんかペンとか作れないの。「サメの皮とかいいじゃん」隣の生徒が身を乗り出して茶々を入れる。サメの皮最高じゃん。自作したオリジナル文房具が話題になったら、同じ文房具好きたちが気仙沼に注目するかもよ。

「…確かに。あぁ(この総合学習って)そういう感じでいいのか」

そうそう、好きなことやっていいって言われてるんだから半年間好きなことやんなきゃ損だよ。

次。最近ハマってることとかないの?「◯◯っていうYouTuber!すっごい面白いんで見てみてください!」どの企画が面白いの?さっそくスマホで検索してみる。「え、今見るんですか!えーっとですね、これです、これ特に面白いんですよ」へぇ、じゃあ自分たちでもやってみたら?この企画のパロディでいいじゃん、何かまちのことを絡めて。どうやったら見てもらえるか、を考えるのも探究だよ。「え、そんなことしていいですか?」逆にダメなの?何かを企画するって楽しいよ。やってごらん。

創造マインドのスイッチを探します。

一人の人間の中にある「消費大好きマインド」と「創造大好きマインド」のバランスは結局、家庭教育に起因すると思います。ウチの5歳の息子が日曜の朝からテレビのCMを見ながら「これが欲しい、あれが欲しい」と連呼しているのを見ると、こりゃ大丈夫かなぁとぼんやり考えてしまいます。親も含め、見事にマーケティングに踊らされてるなぁと。

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私自身はあまり流行りのおもちゃを買ってもらえない家で育ったので、何かと自分で遊びをつくっていた記憶があります。小学生のころは自由帳に、自由帳がなければ白紙の紙を紐で綴って、マンガを描くのが好きでした。友だちの家に大量にあるコロコロコミックが羨ましくて、自分で独りでオリジナル作品つくって描いて連載してました。白紙の紙って今でも見るとわくわくするんです、何にでも変身するんで。

でも、買い与えないことが創造マインドを育てるんでしょうか。それも疑問です。きっと「創造活動」を親が伴走者として一緒に楽しむことなんでしょうね。言うは易し。

探究的な学びの土台とは?マインドとは?現場にいるとどんどん問いが湧いてきます。探究は続きます。

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