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あの男と過ごした幾多の夏の思い出

記憶

或る男と過ごした幾多の夏は
女の頭の中からすぐ消えることはない

上書きされることもなく
また恋愛を繰り返しても
新たな思い出は
ただ記憶のストレージを使い
男の存在を忘却する手立てにはならない

目を閉じれば浮かぶ
夏の温度の下がった夕空は
藍、橙、朱、薄黄色が混ざり美しい

今や遠く離れた男と女の永遠は
最初の夏から有り得なかった
否、保身や偽装が潰してしまったのか
今となれば知る手立てもないが
少なくとも女は今手元に、
目の前に溢れる愛が大事なのだ

かつて男は女の猜疑心や執着心を育てた
女は男に恐怖心を植え付けた
昔の記憶は確実に薄れて
ぼんやりとした塊から遠い一点に収束していく 
他の男が与えてくれる多幸感や愛情が
女の現在を支配しているからだ

あの男を追う間に
周り巡った季節が女に遺したのは虚無

脳の血流を遮るかのように流れる血には
砂が混じり それはゆっくりと血管を這い
終わった日々や行った場所を思い出すことで
摩擦されジリジリと痛みを伴う

そろそろあの男の何もかもを手放そう

女は此の夏の終わり
男との日々を処分する決断をした
身の回りの品を捨てた
ネット上に同期された写真を消した
記憶を呼び戻すきっかけを失うために

新しい道を選び
偶然に見つけた星を
大事に手元で輝かせるために


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