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30歳で自立したくなった話⑩/男女の関係性は自由がきかない

すぐに既読になったが、返信はなかった。

その日はソファで眠ろうと決めた。私の知らない人になってしまった彼と同じベッドで眠りたくなかった。目を瞑ると、私のよく知る顔の彼が笑っていた。


ガチャ、という玄関の開く音で目が覚めた。
朝4時。
この時間ということは、彼は相当酔っていて話にならないはずだ。これでは話をすることはできない。苛立ちとともに、どこかほっとしている自分がいた。

リビングのドアが開く。私は寝たふりをしながら彼の様子を伺った。
意外にもしっかりとした足取りで鞄を置き、スーツを脱いでハンガーに掛けていく。

「おかえり」

予想通り返事はない。顔を見た。あのときと同じ、真っ直ぐに目の前の空虚を見つめている顔。全く酔っていなかった。

「あんな風に思ってたんだね」 

今度は予想もしていなかった言葉が自分の口から零れ落ちた。

「…どういうこと?」
「俺んちにいるくせにって、俺が住ませてやってるって、そう思ってたんだね。」
「そんなんじゃない。」
「まぁいいや、1週間後に出てくから。部屋も決まってる。今までありがとう」
「勝手にしろ」
「もう勝手にしてるので…これは相談ではなく決定事項の報告なので」

我ながらすごく嫌な言い方をしてる、 と思った。長い沈黙のあと、彼が絞り出すように声を発した。

「出てくってなに?別れたいならそう言えば?もうそれでいいよ」

家を出ていくと決めてから、部屋を探している時も契約したときも、そして今日も。
ずっと何かをどうにかしないといけないとわかっていて、知らないふりをしていた。

家を出たあと、この関係をどうする?
5年も同棲したあとに家を出るって、別れるってことでしょ?いろんな人にそう言われた。自分でもわからなかった。とにかくこの家から出れば自分が変われる、それしか考えていなかった。

彼のこと、彼との関係、何も考えていなかった。

急に現実を目の前に突き出された。
そうか、やっぱり一般的にはそういうことだよなぁと冷静に考えた。見たことも無いような彼の険しい表情。


「別れたくないよ」

潜在意識から出た言葉で呟いた瞬間、涙が止まらなくなった。

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