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トラウデン直美さん発言炎上の裏から見える、流通業の根本的問題と「オーガニック」が普及しない理由

先日Twitter界隈を賑わせたこの発言とそれに伴う大喜利大会。多くはその視点が「上から」であることを批判したり、「店員さんに言うてもかわいそうだ、経営者に直接言え」というような至極まっとうな指摘もある。

一方で、日本においては環境に関する興味、持続可能性に対する関心が低いのではないかと指摘する声もある。

両方の視点は相反するもののように思えるが、おそらく論点がずれている。本日はそこを指摘しつつ、私がかかわる流通業の問題、小売業の問題と、「日本においてオーガニック≒有機農業が普及しない理由」を合わせて論じていきたい。

① トラウデン直美さんの発言にマイナスに反応した人の視点

先ず、一番上のTwitterに引用したように、「上から店員にモノを申す」という態度が多くの人の気に障った。

しかしどうやら多くの人が思ったのは
【この場合店員は「使われている労働者」であり、組織の中で動く歯車でしかないその人にイチ消費者が何かの改善を求めたところで何かが変わることはありえない。店員にこのような発言をすることは無駄ばかりか、『私は環境に関心がある気高き人。その人の発言は店員を通して社会を変える一言になる』と考えるなんて、なんてお高く留まった人なのだろう】
ということなんだと思う。ちなみに上記の【】内太字部分は大元の発言に対して多くの人が心の中で生成した部分であると思う。
トライデンさんを擁護するわけでもなんでもなく、最初の発言は『市民が環境に対して関心を高めることで世の中の仕組みが変わっていく』という、エシカル消費やクラウドファンディングといった新しいビジネスに寄せられる期待と同じ程度くらいの「純粋な」気持ちのものなのだろう。上記の【】太字部分にあるように、自分で勝手に思い込んで攻撃している部分があるのは否めないと思う。この辺は、勝川氏のTwitterにおける指摘も大切なところだと思う。


② じゃあ何が問題なのか

ただ、トラウデンさんの発言を素直に「そうだそうだ」といえないところは多い。ただ、「社会事情を知らぬ上級国民の戯言」という思い込み発言はあまり議論を深めることにならない。トラウデン氏が上級国民(と称されるくらいに育ちが良い)であることは否めないが、それを言いだしたところで「問題」の解決には程遠い。

この騒動で一番本来「問題」として取り上げられなければならないことは、『日本においては消費者の声で会社や組織が「変わる」ということは極めて稀』ということだ。そこにトラウデンさんは気が付いていない、ということが非難されている。しかし、非難している原動力は日頃からの「組織や企業が変わらないことへの不満」である。
なので、トラウデンさんへの批判の声を正確に解釈(≒展開)しようとすると、『その発言は所詮組織の歯車でしかない店員に言うてもどうせ上司に伝わらない。上司に伝えるような仕組みもない。上司に伝えたところで握りつぶされるか、ハイハイ、で終わる。だから、経営者に届く形で言う必要があるのだが、それを分かっているくせに「しない」のは金持ち上級国民としての上から目線があるからだ。私は偉いから下のものにモノ申して、私は環境に興味があるキラキラした人です、というアピールしたいだけだろうが。どのみち経営者に言うたところで、一人だけのアピールで何か変わるほど世の中甘くないんだ、そんな一言で変わるならとっくに世の中変わってるわ!若いくせに偉そうなことを言うな』なんだろうと推察する。一人の声で組織企業が変わらないのは厳然たる事実ではあるが、それをトラウデンさんにおっかぶせるのは酷な気がする。

なぜ「企業や組織は変わらない」と思っているかというと、多くの人がその経験があるからだ。誰しも何かを変えようとして頑張ろうとする。もっと速く走りたい、もっとゲームでうまくなりたい、もっと稼ぎたい、もっとキラキラしたい、もっと働きやすい環境を作りたい、もっと仕事を頑張りたい、、、という気持ちはあるのだ。しかし、全ては上手くいかない。それが自分自身の努力で何とかできるハードルであればいいが、年をとればとるほど、他の要因があり、にっちもさっちもいかないハードルがそこらかしこに存在しており、越えようとするどころか「そのままでいること」を上のものから強制(矯正)される。いわば、水戸黄門などの時代劇で出てくる「悪代官と、それにつるんだ悪徳商人搾取されて困っている人々」である。

そういった心理だから、消費者の声で何かが変わるなんて大層な発言は、彼ら彼女らにとって非難の対象でしかない。事実そうだし。消費者の声で変わるのは小手先の品ぞろえくらいしかない。そもそも、小売業で当てはめると、消費者の要望で品ぞろえを環境重視型に変えても「環境型重視の商品をそろえることがお店にとって利益につながっている」という厳然たるデータとして発生しない限りその品ぞろえを強化しようとしない。そして、そういう声は結果として組織を動かすまでには至らない。しかしそれはお店の責任というわけではなく、消費者の多くがその商品に関心が低いからである。声を上げるというより、「買う」という行動に繋がっていない限り、世の中を変えることはない。

これは難しいことで、消費者アンケートを取ると、「環境に配慮した商品を買いたいと思うか」という項目には、それなりに「そう思う」「どちらかというえばそう思う」と回答する人が過半数にはなる。しかし、実際その商品を品ぞろえしても、売れない。『あんたらアンケートではこう答えたくせに、実際に買ってないやんけー!』というのは小売りの現場ではしばしば起こることである。しかし消費者からしてみれば、アンケートにはそう答えつつも「同じ値段なら」「いつも買っているあのブランド商品がそういうものに置き換わるのなら(仕方なく)」買う、というくらいの消極的なものなのである。アンケートで隠された心理状況は読み取れないのだ。

流通業においてはこの消費者の声と実際の購買行動のギャップはどうしても大きい。これが、『消費者の声一つで企業は変わらない』根本的問題である。

③ 日本においてオーガニックが広まらない理由

2018年、私は全国の農業者100人と消費者100人に、上記のテーマ(有機農業が広まらない理由、という題)でアンケートを取ったことがあり、その結果を2019年のマーケティング学会のポスターセッションで発表し、アンケート結果を軸とした考察を2020年の日本商業学会で協働で論文にまとめた。

要点を言うと、日本において有機農業が広まらないのは、そもそも有機、という概念が正しく理解されていないから、ということだ。

農家は「消費者が有機農業を正しく理解していないから取り組んでも意味がない。おれは美味しい野菜を作っているし、消費者もそれがいいと言ってくれている」という声が非常に多かった。

消費者はというと、野菜売り場でどんな農産物を選ぶのかどうかを尋ねると、「価格」「鮮度」を上げる人が圧倒的に多く、「有機農産物」「無農薬」を挙げる人はとても少なかった。しかし、そう答えた人の多くは「上級国民」と呼ばれるであろう、ある程度以上の所得がある人だった(※ただしN数が少ないのでこのコメントは論文では書いていない)。

実際、有機農産物は慣行農業での産物に比べて価格が高い。同じ面積からとれる生産量がまだまだ低いため、どうしても高くなるのだ。価格感についてアンケートを取ったが、「通常商品の1.5倍くらいまでなら有機農産物をチョイスしてもいい」という声が多かったが、実際に店頭に並んだ時に、その声の多さくらい購買数が伸びるのかというとそうではない。

アンケートや様々な文献調査などで私が導き出したのは、「有機農産物については、消費者の理解促進が進んでいない&生産者それぞれの思いや事情がある&経済的観点から消費者の実際の購買行動が変容しない」という袋小路状況に陥っているという結論だった。

日本商業学会で他の先生が論文の中で提起したのは、「新しい生活スタイル(例えば半農半エックス)の人がブレイクスルーを作る」ということだ。

今はお金持ちの人の一部しか浸透していない「オーガニックスタイル」が、何人かの『始動者』によって変わっていくのがこれからの時代なのだ、ということだ。もちろん私もこれを期待している。しかし、私は小売業の現場にもいるのでその期待は3割くらいで、7割が悲観的である。8割かもしれない。

トラウデンさんは、では『始動者』になるのだろうか。残念ながらこの人は「金銭面に余裕があり、自分の生活スタイルを変容できる余力がある」人の発言としてとらえられてしまっている。そうではなく、日々頑張って生きているが、なかなかお金が貯まらない。でも、そういう状況であっても、これからの消費はしっかり持続可能性を考えよう、という状況の人からの発言であったら、ここまで炎上することはなかった。広まったかどうかは別だが。

多くの人は、そういう『始動者』を見ても変わらないと思う。一部の人がついて行き、だんだんと大きなうねりとなって「結果として変わっていた」ことはあると思うが。しかし、そのためには長い年月を必要とする。個人的には、「有機農業を理解しよう」「環境に配慮しよう」というような広告に、上級国民感を出してしまうようなタレントを使うことはマーケティングとして逆効果だと思っている。なので、あの会議に若者に影響がある発言者としてトラウデンさんを呼んだこと自体が間違いである。マーケティング的にはぜったいフワちゃんでなければならなかった。言い方はあのような発言でなく、「環境に配慮した商品が並んでたらそれを少し高くても買うように私たちも少しずつしなければと思うし、そういうものを作ってくれる人たちに関心を持てるようにしたいです。少しずつだけどみんなで頑張っていける世の中にできればな、なんて思っています。もちろん私も少しずつ頑張ります。」なんて内容だったらよかったと思うのだ。

でも、大半の人は今の状況を自分で変えようとは思っていない。黄門さまがやってきて悪代官を倒してくれないかな、と思っている。しかし、黄門さまもウルトラマンもプリキュアも助けに来てはくれないのだ。トラウデンさんを批判している気持ちはわかるが、その前に、自分が少しは変わることをしないといけない。そんな感じのことはドラえもんも言うている。

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なお、このアカウントは買い物の際はなるべく1品、有機農産物を買うことを心がけたりしてます。月に数千円程度にしかなってませんが、それでもいいじゃないですか。

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