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高校に行くにはどうしたらいい? 学習障がいのある男の子がオンラインのサードプレイスで見つけた「自信」と「将来の夢」

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。

そこは、子どもたちが親や教員、友達とも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、子どもたちの世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。

子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子どもたちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

学習障がいが引け目となり、友達を遠ざけ、学校も休みがちに。

幼い頃から運動が大好きで、公営のキッズスポーツクラブに通っていたダイキさん(仮名)。体格も同い年の子どもの中では飛び抜けて大きく、中学生になる頃には高校生か大学生によく間違われるほどでした。

一見、いかつい印象のため、初対面の人からは怖がられることも。でも、静かな声でちょっと照れたように話す様子は、見た目とは違ってとてもシャイでやさしい印象。人見知りはするけれど、丁寧に相手に接しようとする人の良さを感じさせる少年でした。

そんなダイキさんには、学習障がいがありました。小学2年生のとき、あまりに計算ができないことに不安を感じたお母さんがダイキさんを病院へ。医師から「心身または発達上の障がいがある」と言われ、学習障がいと診断されたのです。

小学校5年生の時点で、ダイキさんの学力は小学2年生程度。ダイキさん自身も勉強についていけない自覚があり、それが大きな引け目となって学校を休みがちになりました。

中学は特別支援学級がある公立中学校の普通学級に進みましたが、やはり授業についていけず、すぐに学校を週1回以上休むように。

友達はいないわけではありませんでしたが、放課後に誰かと遊ぶことはしませんでした。学校が終わるとすぐ帰宅し、ゲームや動画に没頭する毎日。

シングルマザーで会社勤めをしていたお母さんは残業が多く、兄弟のいないダイキさんは、1日のほとんどを1人で過ごしていました。

そんなダイキさんを見て「この子の将来はどうなるのだろう」と強い不安を感じたお母さん。経済的に余裕がないため、学校以外の学びの機会を用意してあげられないことに、もどかしさも感じていました。

「学習障がいで勉強が苦手なのは仕方ないこと。でも、もし勉強以外で何か楽しめるものを見つけられたら変わるかもしれない」と考え、ダイキさんが中学1年の秋に「キッカケプログラム」に応募したのです。

オンラインという閉じた場所で、安心して話ができるサードプレイス

キッカケプログラムは、全国の経済的困難を抱える家庭へパソコンやWi-Fiを提供し、オンラインによる伴走と学びのプログラムを提供しています。カタリバが2020年から始めた事業で、子ども1人ひとりに担当メンターがつき、週1回の定期的な面談による伴走もおこなっています。

「面談では1週間の目標を立て、翌週に結果を一緒に振り返ります。そう言うと家庭教師的なものを想像する方が多いと思いますが、目標はあくまで本人がやりたいこと。勉強とは限りません。
学習支援ももちろんしますが、それよりも子どもたちが得意なことを見つけ、学びへの意欲を育んだり、なりたい将来に近づけたりするようなサポートを目指しています」

そう教えてくれたのは、メンターとしてダイキさんに伴走をしているケントさん。IT関連企業で営業の仕事をしている、20代の男性です。

キッカケプログラムは家族や友達とは異なる年の近いお兄さん・お姉さん(ナナメの関係)のメンターと、オンラインという閉じた場所で、安心して自分の話ができる子どもたちのための居場所。いろいろな気づきや発見を探っていく、いわばオンライン上の“サードプレイス”なのです。

ダイキさんの場合も、最初は勉強に関することを目標にするのではなく、何に興味があるのかを聞くことから始めたと言います。

「彼は中学でバレーボール部に入ったのですが、イタリアリーグで活躍している石川祐希選手の大ファン。石川選手みたいに活躍して部のエースになりたいと話してくれました。
でも実際は、毎日夜中までゲームをしていて学校に遅刻することが多く、午後は眠くてだるくなってしまうみたいでした。
そこで、エースになるために必要なことは何かを話し合い、まずは生活リズムを整えようと決めました。そのためにゲームは午後11時にはやめ、毎朝7時に起きるという目標を立てたんです」(ケントさん)

まだ目標の立て方もわからなかったダイキさんにはハードルが高い目標だったようで、しばらくは面談で達成状況を確認しても失敗の日々が続きました。

それでも、ケントさんのアドバイスで、目の前の目標をクリアしていくことが大切だと気づき、3学期になる頃にはほとんど遅刻せずに学校に行けるように。もともと運動神経が抜群のダイキさんは、バレー部でも力が認められ、1年生ながらレギュラーに抜擢されたこともやる気を後押ししたようでした。

「ダイキさんはこれまで、自分で目標を立てて達成するという経験がありませんでした。このときが初めての “達成”の体験で、『自分にもできる』という手応えを感じたようでした。まだ学校を休むことはありましたが、『もっと頑張る』とどんどん前向きになっていったんです」(ケントさん)

「高校生になるために、僕は何をしたらいい?」切実な想いから行動が変化していった

中学2年に進級してすぐ、ダイキさんはケントさんにある相談をしました。それは、「高校生になりたい。そのために僕は何をしたらいいの?」というものでした。

ダイキさんはバレーボールでなら自分も活躍できると感じ、高校でもっと本格的にバレーボールをやりたいと思うようになりました。しかし、学習障がいのある彼にとって、高校進学は簡単なことではありませんでした。

ケントさんはダイキさんと話し合い、「まずは学校に休まず行き、勉強も自分なりに少しずつ頑張ろう」と目標を立てました。すると、ダイキさんはすぐに実行に移しました。

「4月は上旬に1日休んだだけで、それ以降、遅刻もせずに毎日登校しました。今までのことを考えると、とても大きな変化です。
今まで拒絶していたことを受け入れ始め、ものごとに対して前向きに考えられるようになったからか、クラスにすごく気の合う友達が2人もでき、それも後押しして学校を休まなくなりました」(ケントさん)

お母さんからも「学校のスケジュールや出来事を、私に話してくれるようになりました」という喜びの報告がありました。

キッカケプログラムに参加する以前、ダイキさんは学校のことをお母さんにはまったく話さなかったそう。でも今は、今日の出来事や行事の予定などを楽しそうに話してくれると言います。

「同じ頃、バレーの試合で思うようなプレーができず、スランプみたいになったことがあったのですが、 “背筋が弱いから肩に力が入っちゃう”と自分で原因を分析していました。その後、1人で公共のスポーツジムに通い、筋力アップをしてきたと聞いたときは驚きました。
自分1人で目標を立てて実行し達成することも、少しずつできるようになってきたんです」(ケントさん)

学校からスポーツ推薦の話が。今まで避けてきた勉強と向き合うことに

中学3年生になったときには、バレー部のエースとして活躍するようになっていたダイキさん。そんな彼に5月、学校から「スポーツ推薦」の候補に入っているとの声がかかりました。

ダイキさんが所属するバレー部は地区大会で優勝するなど、多くの良い成績を残していたのですが、中でもエースとして活躍していたダイキさんは、他校からも注目されるように。バレーボールの強豪高校から、スカウトの声がかかったこともあったほどでした。

「これまではバレー部で活躍していても、勉強で遅れを感じることが多く、なかなか自信がもてなかったそうです。でも、スポーツ推薦の話をもらい、部の仲間はもちろん学校の先生方からも褒められ、大きな自信へつながったようでした」(ケントさん)

“将来は石川選手のように海外で活躍できるバレーボール選手になる”という夢ももつようになったダイキさん。生まれて初めてもった、具体的な将来の夢でした。

ただ、スポーツ推薦はまだ決定ではなく、2学期の終わりに試験を受け、その結果で決まるというものでした。担任の先生からは「推薦を取りたいなら、1学期の成績表を全部2以上にしなさい」と言われました。

最初はケントさんに「なぜ勉強が必要なの?バレーボールに勉強は関係ない」と疑問をぶつけていたダイキさん。でも、ケントさんと一緒に考え、深く掘り下げていくうちに「勉強の目標は受験に合格することだけでなく、将来、基本的な学力の問題で困らないためでもある」と考えられるようになりました。
そして、1学期・期末テストに向け、「今週はテスト範囲の漢字を1日1時間復習する」など、自ら勉強の目標を立てて取り組んだのです。

「『今回は国語と数学に力を入れるために自分なりの計画を立てて勉強していたから、自信がある』と言っていました。その言葉通り、成績表で1だった国語と英語がともに2に。成績表から1をなくすことができたんです!」(ケントさん)

さらに、「テストの期間は5時に起きてお風呂に入ってから勉強していたので、テストが終わって勉強しないのが少しむずむずする」という言葉も。勉強を習慣化できたことが素晴らしいとケントさんも喜びます。

「面談でいろいろなことを話す中で、何をしたいのか、何が好きで、何が得意なのかを、ダイキさん自身が見つけてここまできたと感じています。“話す”ことで考えを整理し、やりたいことを言葉にできるようになること。それが私たちにとっても、いちばんうれしいことなんです」(ケントさん)


懸命な努力で成績を上げたダイキさんでしたが、残念ながら推薦枠には入れませんでした。スポーツの実績は申し分ないものの、勉強の成績で他の候補生の方が勝っていたためです。

でも、ダイキさんはもう以前のように、引け目から学校を休んだりすることはありませんでした。それどころか、すぐに気持ちを切り替え、「受験して絶対高校に行く」と決意。お母さんと相談して地域の無料学習支援施設を探し、通い始めたのです。

現在、2023年2月の受験に向けて猛勉強を続けています。

「ダイキさんは心も体もすごく強くなったなと思います。今の彼なら、受験の結果がどうであっても、夢を諦めずに道を見つけていけると思います」(ケントさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています


-文:かきの木のりみ

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