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わたしはお酒が飲めない

  人間が天狗になる瞬間を知っているだろうか。これは「誰かが有頂天になっている瞬間を見たことがあるか?」という質問をしているわけではなく、本当に天狗のように真っ赤な顔になっている人を見かけたことがあるだろうかという意味である。


  お酒を飲んで顔が赤くなってしまい「ねぇ、酔っちゃったぁ」と言ってくる女の子は、たとえ狙っていてもかわいいものである。しかしわたしは残念なことに、その段階にすら達していないほどお酒が弱い。わたしのこのお酒の弱さはおばあちゃんからの隔世遺伝なのだが、それを知ったのはたまたまおばあちゃんがお酒を飲んでいるのを見かけた日のことだった。


  その時おばあちゃんは、誰から見ても直感的に「あ、これやばいやつや」となるほど顔が真っ赤っかになっていて、その様子はまさに天狗そのものだった。わたしはそれを見て「わたしって確実におばあちゃんの孫なんやなあ」と思った。わたしもお酒をほんの少しでも体内に取り入れると、もののけ姫のジコ坊を思わせる気持ち悪い赤ら顔になり、心臓はバクバクし、1日布団にうずくまって動けなくなってしまう。どれほどお酒が弱いのかをわかりやすく表してみると、料理している時の料理酒の蒸気で気持ち悪くなってしまうのである。


  以前友達と冷やかしに行った東大の文化祭で、オリジナルカクテルを作ってくれる屋台に500円を払ってみたことがある。お酒が飲めないわたしは、だからこそ何だかオシャレそうなカクテルというものに憧れを抱き、死ぬまでに一回は他の皆のようにおいしいお酒というものに手を出してみたいと思っていたのである。「ショット一杯なら流石になんとかなるだろう…」と思ったわたしは思い切ってそのオリジナルカクテルを頼み、なんだかかわいらしい色をした飲み物を飲み干した。


  するとどうしたことだろう、1時間後には風邪をひいたような倦怠感と気持ち悪さ、2時間後にはさらに吐き気とだるさが襲い、もはや文化祭どころではない。カラフルなお酒が見せてくれた世界は、真っ黒なモヤがかかる暗黒魔界だったのである。わたしは友達に思い切って「ごめんちょっとお酒がダメやったみたいや…」と打ち明け、心配する友達に謝りながら最悪の気分で帰宅することになってしまった。こんなことでは社会人になり、飲み会に行くとなった時一体どうすればいいのだろう。そう思いながらわたしはなんとか家に帰りつきその後数時間、酔いが覚めるまで丸まりながら眠らざるを得なかった。


  だから、わたしを殺すのは簡単である。居酒屋などに一緒に入り、目を盗んでコップ一杯になみなみとスピリタス(アルコール度数96度のお酒)を注げばいい。不用心なわたしはそれをぐいとあおり、その後すぐに顔を白黒とさせてバタンと倒れる。そうして救急搬送されるとすぐに息を引き取るだろうから、そのあとは警察の取り調べなどに対して素知らぬ顔をして「悲しい事故でした」と神妙な表情を浮かべておけばいいのである。あわれかたなし、永遠なれ。棺の中で眠るわたしの顔は、おそらく気持ち悪いほどに真っ赤っかだろう。

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生活費の足しにさせていただきます。 サポートしていただいたご恩は忘れませんので、そのうちあなたのお家をトントンとし、着物を織らせていただけませんでしょうかという者がいればそれは私です。