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【かすみを食べて生きる 7 一般病棟③】 ワレンベルグ症候群による嚥下障害のリハビリなどの記録

脳梗塞 発症5日目:一般病棟3日目
・食事:飲み込みができないため絶飲食。水分、栄養とも点滴。誤嚥性肺炎のため鼻からの経管栄養を延期中。
・状態:ベッド上で上体を起こすことはできる。ベッドに腰かけて足を下す端坐位を練習中。

眠れぬ日々が続く中、私の耳には様々な音楽が聞こえていた。

<発症4日目:一般病棟②   発症6日目:一般病棟④>  


B’zのライブとSexyZone

前日の夜、消灯前にB’zの曲が聴こえてきた。
斜め向かいの患者さんのテレビと、外の廊下から。
同室の高齢の患者さんがB’zを口ずさんでるように聞こえる。
ライブ映像らしい。ものすごい盛り上がり。
廊下からも高齢の男性患者さんがB’zを歌っている声が聞こえる。
地上波でB’zのライブを放送している??
それが3時間以上続いて、消灯後も終わる様子がない。
しかも何故かSexyZoneのデビュー曲がちょいちょいかかる。
つっこみどころが多すぎて、眠れない。
そして何とか眠りについたところで、夢の中で観客が全員高齢者というB’zのコンサートに紛れ込んでしまった。
朝、ぐったりして目を覚ました。

看護師さんと話す

朝来てくれた看護師さんに眠れなかった事を話したところ、椅子を持ってきて座って話をしてくれた。
その場で私の鼻についていた酸素のチューブをとってくれた。
酸素は耳元でずっとシューシュー音がしていてうるさかったので、なくなるとかなり楽だった。
その看護師さんは希望することがあれば言ってみてほしいと言った。
看護学校で患者さんについていろいろと学ぶけど、患者さんの本当に望んでいる事は患者さんに聞かないとわからない、という話をしてくれた。
眠れなかった私が朝からB’zとSexyZoneのコンサートの話を、起き抜けの呂律が回りにくい口でモゴモゴと話したので、かなり参っていると思われたのかもしれない。
昨日のおむつの件も共有されていたのではないかと思う。
おむつ問題が解決したところでもあったので、改めて今したい事と言われるとすぐには出なかった。
「看護師さんはいろいろできるんですよ。じゃあ今日は髪を洗ってみませんか」
確かにしばらくお風呂に入っていない。
お言葉に甘えて、その日は髪を洗ってもらう事になった。
何よりこのタイミングで、「話を聞くよ」と言ってもらえたのはとてもありがたかった。
その日の午後、洗髪台が病室にやってきて、看護師さんが頭を洗ってくれた。
久しぶりに、スッキリした頭。
人として大事な何かを、またひとつ取り戻した。

端坐位

2日前、理学療法士さんのリハビリで試して気持ち悪くなったベッドに座って足を下ろす姿勢。
あの時は深く考えずにさっと足を下ろしてしまったので、次の日からベッドの端に体育座りをして、少しずつ足を下ろす練習をした。
川辺で冷たい水に足をつけるみたいに慎重に。
床に足をついた時、左足はなんともなかったけど、右足をついた時は身の毛がよだつような痺れが右半身を通っていった。
嫌な感じ。
発症後私の右半身には、霜焼けのようなジンジンとした軽い痺れの症状がある。
しかし何度か繰り返すうち足をつけた時の痺れは軽くなり(もしくはわたしがそれに慣れて)、この日の理学療法士九里さん(仮)のリハビリでは、なんとかベッドの端に座る事ができた。
縦になると今まで物理的に見えなかったものが見える様になった。
それまで平面だった私の世界は3次元になった。

やってみないとできるかわからない事がある。
やってみると発症前までと違うことがある。
でもやっていくとなんとかやれるようになる。
その感覚を得られた始めの一歩だった。

氷解禁

この日も「ごっくんのくん」がわからない状態が続いていた。
訓練では氷を口の中で溶かしてから飲み込むのだが、氷を口に入れるたび私の中に一つの欲望が湧き上がってきた。
「飲めなくてもいいから氷をガリガリ噛みたい」
この時点で5日、物を食べていない状態。
肺炎のため経管栄養はお預けとなり、点滴のみで水分と栄養をとっている。
一般病棟に移り、食事の時間は同室の他の3名の咀嚼音を聞きながら空腹を耐えるしかない状況。
もう気が狂いそう。
「せめて、口に何かを入れて噛みたい」
そこで言語聴覚士谷元さん(仮)に氷を口に入れて噛んで吐き出してはいけないか相談をしたところ、看護師さんの見守りのもとOKとなった。

夜投薬が終わった後、氷を頂いた。
ガリガリという歯触りが心地いい。
歯を使う事自体が久しぶりで、あごを動かす事が楽しい。
でも溶けた氷は口から出さねばならない。
食感だけを楽しんで捨てるなんて、まるで貴族の様な食べ方。
「貴族食べ」と命名。
この日も熱が下がらず栄養注入は見送りとなり、とにかくおなかがすいていたが、氷を噛むことで飢えと乾きをごまかした。


ーーー振り返って

肺炎で38度近い熱が出ていた時期ですが、できる範囲でリハビリをやってもらった時期でした。
リハビリはやればやるほどできるようになる事は増え、またやらないと身体が日に日に衰えていくことも感じていたので、休みたくありませんでした。
一方で薬が効きすぎて血圧が下がりすぎるという状態も起きていました。
薬の量を減らす事になりましたが、この血圧コントロールもなかなかに厄介でした。

そして今思うと、頭の中で何かおかしなことが起きていたのだと思います。
本気で、テレビでB‘zのライブ映像が流れていて、高齢の方が多い入院患者皆さんがそれを見て歌っているのだと思っていました。
今70代の方も30年前は40歳で、40歳ならB’zを聞いててもおかしくない、という謎の計算をして納得していました。
B’zのライブの途中で「Sexy Zone」がかかっているとほんとに思っていました。
B’zもSexy Zoneも特別好きというわけではないので、不思議。







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