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観察と洞察のレンズを備える

IDL [INFOBAHN DESIGN LAB.](以下IDL)でデザインストラテジストとして働いている山下です。今回は、長年続けている趣味の一つである写真を撮ることから、なんとなく考えていたことを言語化してみようと思います。

私が写真をはじめたのは一眼レフを手に入れたことがきっかけだったのですが、今ではスマホのカメラ性能が進化し、誰でも手軽に美しい写真を撮れるようになりました。同時にSNSも普及し、昔に比べて撮ることが多くの人にとって日常の行為になっています。

ところで、撮る行為によって磨かれるものって何だと思われますか? センスでしょうか、もしくはテクニック? 私は、2つの根底にある観察眼や洞察力ではないかと考えています。その理由が、カメラのレンズの物理的な特性と、そこから発展した概念的なレンズの発想にあるのではないかというお話です。少し長いですが、お付き合いいただければ幸いです。

はじめに

写真を撮りはじめてもう15年ほど経つ。被写体にあまりこだわりはない。冒頭の写真は、去年からちょくちょく撮っている鴨川の水面。天候や時間帯によって流れや色が変化するし、シャッター速度によって全く違う画になるのが面白い。こういう身近なものを気が向いた時に撮るのが好きだ。

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▲同じく鴨川、また別の日の夕暮れ。昨年春以降、遠出が難しくなるなか近所に気に入った景色があることが安らぎになった。

 

そんなゆるい感じだからさほど上手くもならないし、機材にも一向に詳しくならないのだけど、長年続けていると曲がりなりにも気付きはある。
その一つが、自分の目が徐々にカメラのレンズっぽくなっているという体感。物事の細部に視線が引き寄せられたり、全体を俯瞰する行き来が早くなり、観察眼が磨かれた感覚がある。
もう一つは、広い意味では他者も物事を見る、あるいは知るためのレンズになるという考え方。

   

世界を再発見する「撮る行為」

写真をはじめたのは大学2回生の頃。きっかけは、実家にあった一眼レフを使えるようになりたくて写真部に入ったことだった。サークル棟は古くて埃っぽく物で溢れていて、暗室はさらに散らかっているうえに、現像に使う薬品の酸っぱい匂いがこもったキタナイ小部屋だった。だけど、秘密基地っぽさや現像の過程が気に入って、白黒フィルムで撮っては暗室に入るようになった。

現像には、フィルム自体の現像とネガを印画紙に焼き付ける現像の2種類がある。フィルム現像は真っ暗闇のなか手探りで作業するので、慣れるまではネガに折れ目をつけてしまい落胆することもあった。

そういう時って、なぜか狙ったように出来の良さそうなカットに傷がつく。暗室の神様がいたとしたらおそらくドSである。今やほぼデジタルに置き換わり、神様もきっと寂しがっていることだろう。

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▲大学生の頃に撮ったもの。白黒写真はネガしかなかった。
なぜ撮ったのか今では理解できない写真があって笑えるけど、海洋生物系の専攻だったので海や夏の写真がたくさん残っていて懐かしい。


懐古はほどほどに主題の「レンズ」に戻ると、一眼レフはカメラのボディとレンズの組み合わせからなっていて、シーンや条件、撮りたいイメージに合わせてレンズを変える。人の目に近い画角や焦点距離でとらえるレンズもあれば、虫眼鏡のように細部を拡大するもの、遠くをズームアップするものなどさまざまな種類があり、非常に奥深い世界が広がっている。

ハマった理由がキタナイ秘密基地、もとい暗室と現像なら、フィルムをやめてからも撮り続けている理由は、レンズを通して見る世界の面白さにあるのだと思う。綺麗だなとカメラを向けてじっくり観察すると、思っていた何倍も綺麗でびっくりすることがよくある。レンズを変えたらまた違う光景が広がっていて、いちいち感動してしまう。

そんな風にしてファインダーを覗いているうちに、肉眼では気が付かなかった対象の美しさや気持ち悪さ、矛盾や不思議さのような様々なことが見えてきて、撮る行為は世界や対象を再発見することなのだと理解するようになった。


レンズを通して見ると気付く、自分が何も見ていないこと

肉眼とは違う発見がある理由は、先ほど書いたレンズの特性と、強制的または意図的に限定された一部分だけを注視する行動にあるのではないだろうか。
良い写真や上手い写真なんて今でも言語化できないけれど、写真を撮るようになって唯一明確に認識したのは、普段は見ているつもりになっているだけで、実は何も見ていないということ。

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▲近所にたくさん咲くガクアジサイ。梅雨といえば紫陽花よね位の認識でカメラを向けると案外禍々しいデザインをしていて若干引くけれど、「また見ている気になってた?」と言われているような小気味好さを感じる。


同時に、撮るための注視は「何に目を引かれたのか」「それはなぜ」「そして、どう表現したいのか」と自分自身を知る行為でもある。
なんとなく概観していたり連続的に行っている「見る」ことを、流れを断ち、被写体との距離や視点・解像度を変えて意識的に行う。そうすることでやっと対象を純粋に「見る」ことができる。すると惹かれた理由がどこに宿っているのかが分析でき、どう切り取るべきかと考えを発展させられる。

これに気がついてからは、もう飽きるくらい見たと思うような身近な風景の中にも新たな面白さや美しさを発見できるようになった。

そういえば、今年の3月上旬に行った写真家ソール・ライターの回顧展で、写真が展示された壁にこんなフレーズが印字されていた。

One of the things photography has allowed me is to take pleasure in looking.
 私に写真が与えてくれたことのひとつ、それは、見ることの喜びだ。


 回顧展「永遠のソール・ライター」より

ソール・ライターは、近年になってからカラー写真のパイオニアとして知られるようになったアメリカの写真家であり画家である。同じこと考えていました、なんておこがましくてどうかと思うけれど、全くその通りだと思う。

振り返ってみると、このようにカメラとレンズをツールにして「見る」行為を長年続けているうちに、視点や解像度を変えて観察する感覚が自分自身に備わってきたのではないだろうかと思う。そして、様々な視点から観察する目は、編集やデザインといった普段の仕事にも少なからず影響を与えている。
編集やデザインも、自分以外の存在に視点を移動させ、よく見てよく聞き、分析した上で本質的な要素を抽出する営みだと捉えると、アウトプットが違うだけでとても似ている。


他者の視点や知識をレンズとして借りる

とはいえ、多少自分の目が磨かれたところで、観察は行えても分析や考察には限界がある。発見をどう捉え、何を考えるのかは、知識量に依存するからだ。
その時に新しいレンズになるのが、会話や読書、そのほかコミュニケーション全般から得られる、他者の視点や感性、知識だと思う。

少し話が変わるが、アートを見るのが好きで頻繁にギャラリーに通っている。ただ、美術系のバックグラウンドがあるわけではなく知識が乏しいので、読み取れる情報はとても少ない。

そこで登場するのが、展示の企画・運営をされているキュレーター・アートディレクターの方。
いつも作品を見ていると声をかけてくれるのだけど、彼から聞くアーティストのバックグラウンドや創作スタイル、展示の趣旨や今回の作品がどういった思考を元に作られたのかといった話が、私にとっては目の前のアートを読み取るレンズになる。
会話の後に再度作品を見ると、さっきまでは拾えなかったことが次々と発見できて想像が膨らみ、疑問が生まれる。すると、作品に対する印象が変わったり、自分の中の他の思考との接続が起こったり、新しい展開が現れるのである。

当たり前のことだけど、自分にとって未知の領域を知ろうとするとき、その領域に知見が深い人の話はとても参考になる。だけど感心して終わるのではなく、その目や感性、知識をレンズとして借りた時、自分自身で何を見て考えるのか? そこにトライする方が、多くの発見や学びを得られるのではないだろうか。

そういった意味では、IDLで一緒に働いているIDListたちや彼らとの会話、シェアしてくれる情報も、私にとってはデザインの領域を学ぶための重要なレンズの一つ。
そして、私も借りるばかりじゃなく、誰かのレンズになりたいと思う。

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▲噴水の内側に入ったことがあるだろうか? 水のレイヤーで目の前の景色が透けたりキラキラして面白いのだ。こんな感じで、他者のレンズを付けたり外したり自在にできれば、マジ最強というやつである。


IDLやデザインの領域をのぞくレンズをつくりたい

最後に、IDLのニュースレター「IDL.zip」を少し紹介して、この話を閉じようと思う。昨年の夏に立ち上げた駆け出しのメディアで、今のところ私が編集をしている。
今はIDLの各種メディアで発行したコンテンツの紹介やイベント告知などを行っているのだけれど、ゆくゆくはバリエーションや深さにも幅を出し、IDLの活動やデザイン領域の今、またその先をのぞくレンズとして使ってもらえるようなニュースレターにしていきたいなと、そんなことを考えている。

(伸びしろに)乞うご期待。ご興味があればぜひ登録をお願いします。毎月月末にお届けしています。

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