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新刊速報【2024年8月版】|柏書房営業部通信

 柏書房営業部です。全国的な猛暑の真っ只中ですね。これだけ暑いと会社が自宅から歩いて行ける距離にあって欲しい気が少しばかりしてきます。この季節に欠かせないのは冷房ですが、体質や風の当たりやすい場所にいるかなど、条件が異なり感じ方がさまざまな人がいるなかで、適切な温度設定を見出すのは難しいものです。弊社では誰でも容易に空調の操作が可能なので、思い思いに上げ下げした結果なんとなくいい塩梅になっているのだと思われます(もしかしたら我慢している同僚がいるかも……?)。
 さて今月の柏書房の新刊は3点。韓医学にかんする人類学のパイオニアが、フィールドワークの記録を用いて、複数の身体・医療・世界を臨場感たっぷりに描き出す学術アカデミックノンフィクション『二つ以上の世界を生きている身体――韓医院の人類学』、民主主義=反民主主義? 民主主義そのものに隠された反民主主義的な信念を思想史と実践の道程から剔抉する『民主至上主義』、私たちの生活空間や有用な時間との関係について問いかけ、よりよい暮らしのための新しい都市の在り方=15分都市モデルを提案する『15分都市――人にやさしいコンパクトな街を求めて』です。


『二つ以上の世界を生きている身体――韓医院の人類学』

キム・テウ 著
酒井瞳 訳

【営業担当・荒木から一言】
 看護師である自分の母を思い出しながら読んでいた。
 荒木家は私や妹弟が子どもの頃にアトピー性皮膚炎にずいぶん悩まされた。化学薬品が小さな子どもに与える影響を懸念した母は自然療法に着目し、琵琶の葉や里芋など身近にある自然由来のもので手当てすることもあれば、食生活を改善するだけで解決することもしばしば。時には地元の小さな漢方薬局に連れて行かれることもあった。
 その都度症状に合った手当を選んでもらったおかげで健康体を保てていると、母の対応に感謝している。今もからだに不調があるときは、まず母に相談するのが家族の習慣になっている。
 病院で西洋医学を駆使した治療を受ける傍ら、自宅では自然療法や漢方を取り入れる、私の家はまさに韓医師のいる韓医院のようであった。

 本書によれば、「韓医学」とは東アジア医学の一つで、韓国の伝統医学のこと。中国の伝統医学に起源があるものの、伝えられた先の土地や気候、人々の体質などに応じて独自の発展を経て現在に至るため、中国の伝統医学である「中医学」とも少し異なるという。
 西洋医学に包括される部分が大きい日本では、西洋医学と東アジア医学が共存する現場はあまり見かけない。しかし、韓国では西洋医学と東アジア医学が併存しているという。(少なくとも)二つの医療をめぐる体系が存在しているその現場フィールドにおいて、人々は患者のからだと、あるいは痛みややまいと、どのように向き合っているのだろうか。
 この本には、人類学者の著者が現場で集めた、観察と対話の記録が込められている。人類学のレンズを通すと、私たちのからだを取り巻く、一つではない世界の可能性が広がっていく。
 また、コロナ・パンデミックにおいては、(例えばワクチン接種の是非をめぐって)異なる意見に対し、過度に攻撃的になる人々を目にすることも少なくなかった。本書はそういった「正しさ」をめぐる対立の構図を解きほぐしてくれる。「西洋医学は人間味がない」、「東洋医学は非科学的」など、なんとなく思っている人にもおすすめしたい一冊だ。

 本書の「はじめに」と「1章」の途中までを下記の記事で公開中です。ぜひご一読ください!

『民主至上主義』

エミリー・B・フィンレイ 著
加藤哲理 訳

【営業担当・見野から一言】
 たとえばの話です。
 あなたは4人でご飯を食べることになりました。「どこで食べるか、話し合って決めよう」と言うDさん。ある人はハンバーガー屋に行こうと提案し、またある人は牛丼屋に行こうと提案します(あなたならどこに行きたいですか? 想像してみてください)。最後にDさんが提案したのは、有機野菜にこだわった健康志向の定食屋でした。こうして全員が違うお店を挙げたので話し合いになりました。単に気が進まないだとか、お店が遠いだとか、予算オーバーだとか、お店を選ぶ理由は三者三様です(あなたならどういう理由でお店を選びますか?)。結果的にDさんが提案した定食屋は選択肢から外れました。そしてDさんは言いました。「君たちは健康に対する意識が低すぎてダメだね」、と。
 (最初に話し合って決めようって言ったのDさんだし、なんでこんなこと言われないといけないの…)って思われた読者の方はきっと少なくないでしょう。身近に起こりそうな例をかなり戯画的に描きましたが、これとまさに似たような――みんなで話し合うと言いつつ、自分の求める水準にない話は聞く気はないというような――光景を目の当たりにしたことがあるはずです。それも、どこで食事をするか云々ではなく、一人ひとりの生活がかかった政治という文脈で。

 8月新刊『民主至上主義』は、民主主義をかたる人々がまさにDさんのような振る舞いをしているのではという問題提起かつ、民主主義そのものを批判・議論の俎上に載せる1冊です。投票率の低下など、民主主義の危機が叫ばれている現在、民主主義が危機にさらされると何が危ないのか? それをどう食い止めるべきなのか? などを問う書籍は巷に溢れていますが、本書のように、民主主義そのものが本当に正しいのかについて論じた本はほとんどありません。その点で本書は他に類を見ない一冊になっています。東京大学社会科学研究所の宇野重規先生からもご推薦のコメントをいただいております。

 とっても余談ですが、こちらの新刊、入社2年目の編集者が初めて手掛けた書籍で、しかも、彼の大学時代の恩師とタッグを組んで生まれた1冊です!
 さらに、新卒入社の編集者が書籍を刊行することは柏書房では半世紀ぶり!! すごい!
 教育係を務めていた私としては、あんなに気軽にため口をかましていた新人が、こんな短時間で良くここまで……としみじみした感情になってしまいます……。

 民主主義の話はまずこの本を読んでからにして欲しい! と意気込む新人編集者の熱意がこもった、猛暑にも勝る超激アツなこちらの書籍、ぜひお手に取ってみてください!!

『15分都市――人にやさしいコンパクトな街を求めて』

カルロス・モレノ 著
小林重裕 訳

【営業担当・木村から一言】
 
ここ数年の夏の暑さは様変わりをしたといいますか、猛暑日の外出には危険を感じます。「暑さが厳しいから水分補給を忘れずに」営業先でもこんな声をかけていただくことがしばしばあります。ニュースをみていても「数十年に一度の大雨」は毎年やってきますし、気候変動はすでに起きているようです。このままで良いのでしょうか? なにか取り組むことはできないものでしょうか。

 対策を講じるヒントが実は2024年オリンピック開催都市のパリにあります。その持続可能な都市計画がにわかに世界中から注目を集めています。
 今月の新刊『15分都市 人にやさしいコンパクトな街を求めて』はそんなパリが変貌を遂げる理論を提示した書籍となります。「15分都市」は著者であるフランスの学者カルロス・モレノによって提唱されました。彼のビジョンは都市住民が徒歩や自転車で15分以内に日常生活に必要なすべてのサービスや施設にアクセスできるようにすることを目的としています。これにより生活の質を向上させ持続可能で包括的なコミュニティを作り出すための新しいアプローチとして世界で今注目されています。現代の都市生活は過度に自動車依存になっていることに着目しこれが交通渋滞や大気汚染、ストレスの増加や住民の健康悪化などの問題を引き落としているとしました。
 「15分都市」はこれらの問題を解決するモデルとして考えられており、パリは今より住みやすく持続可能な都市へと変貌を遂げることが期待されています。過密化している日本の都市問題を解決するためには、大きなヒントになる1冊です。

 『二つ以上の世界を生きている身体』『民主至上主義』、『15分都市』は、3冊とも8月22日(木)の配本予定です。

 来月の新刊は1点を予定しております(今月比少!?)。それではまた次回もよろしくお願い致します。


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