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「東京大改造」は持続可能な開発か?|まちは言葉でできている|西本千尋

 「クレーン車だね、いま、クレーン車あったよね、大きいねえ、いっぱいあるねえ。ビルもあったよねえ」3歳になったばかりの子が目を大きくして画面を見つめている。めずらしくわたしたちは、19時半に偶然、テレビの前にいた。NHKクローズアップ現代。特集は東京大改造[*1]。「ママ、まちづくりのテレビをやるの?」「うん、そうみたいだね」6歳はわたしの緊張を嗅ぎ取ったのか、静かに画面を見つめていた。

「東京大改造~大規模開発の舞台裏~」

 渋谷、「100年に1度の大規模再開発」――。デベロッパーの担当者が、「企業様に来ていただけるように」 というような表現を繰り返した。それらの言葉から、この「大規模開発」が、誰による誰のためのどのような「まちづくり」なのかが想像される。足元で問題となっている美竹公園や神宮外苑の再開発には、もちろん一切、触れられることはない。
 番組では、東京の「国際競争力」を高めるためにこれらの開発が必要で、海外からの企業、高度人材を誘致することが重要だと謳われていた。目下進行中の高層ビル再開発は、200以上とのこと。
 途中で、ロンドン、ニューヨーク、パリなど48の都市を分野別に評価した「世界の都市ランキング」トップ10のフリップが出され、東京の「居住」と「環境」の値が10位を下回っていることが指摘された(2022年時点)。それに対していくつか解決のアイディアが示されたものの、最後は、「災害に強く、安心で暮らしや環境にきちんと配慮したまちづくりを大切にすることができれば、東京はどこにも負けない未来都市になれるのではないかと考えています」というまとめをもって、番組はあっけなく終わってしまった。
 番組に出てきたのは、デベロッパー 、貸しビル業を営む商店街会長、専門家など、いずれも男性。子育て、介護といったケアする人/される人たち、地元住民などは登場せず、そうした立場からの発言が紹介されることもなかった。

再開発を下支えする「エリアマネジメント」

 他の方の感想が知りたくて、ツイッターを開くと、森まゆみさんのツイートが飛び込んできた[*2]。「エリアって言葉嫌い。開発者や観光業者の用語。自分の町をエリアっていうか?」ああ、気づかなかった。番組では、確か、新宿・渋谷エリア、日本橋・八重洲エリア、品川・浜松町エリア、湾岸エリアなどで開発が進行中です、と紹介されていた。上から計画、開発、管理していくときに使う言葉。「森さん、わたしのはじめて作った会社名は『ジャパンエリアマネジメント』です」と、内心つぶやく。

 そういえば、この20年近く忘れられないことがある。大学を出て会社を作ったばかりのとき、こんなことがあった。当時、自社媒体として制作していたまちづくり冊子の取材で、ホームレス状態にある方に雑誌販売の仕事を提供し、自立をサポートするNPOの共同代表に面会が叶った。元は都市計画プランナー、つまり同業の先輩であったこともあり、お会いできることをとても楽しみにしていた。わたしの名刺にあったその社名を見て、その代表は、「あなたたちは若いのにずいぶんと怖いお仕事をされているんですね」と静かに言われた。当時、その意味はわからなかったのだが、その後、その警句は、すぐに現実となってわたしの目の前に現れた。そう、この連載の第1回に記したように、わたしは、初仕事で、オープンカフェの路上設置に関わり、路上生活者の方の排除を手伝ったのであった。

 「エリアマネジメント」[*3]とは、2000年あたりに誕生した、基本的には大規模な再開発とセットで実施されるソフトな「まちづくり」を指す。そこで具体的に実施されるのは、主にそのエリアのまちの掃除や警備、にぎわいづくりのイベント、それこそオープンカフェの設置、まちのPRなどである。わたしたち住民の多くは、そうしたサービスを「利用者」として享受することで、ときに意図せずして、再開発の遠い担い手となっている。

ジェントリフィケーション

 さて、このような再開発で最も問題となるのは、これらの開発にともなう都市の富裕化現象によって起こる住民などの追い出し、すなわち「ジェントリフィケーション」[*4]である。開発後は地価が上がるため、従前にそこにいた住民の多くは、そこを去らなくてはならない。

 当然のことながら、ここで住まいや居場所を失い、深刻な影響を受けるのは、住民の中でも特に、最も脆弱な少数者たちである。もちろん、下町のようなコミュニティであっても、そのような脆弱な少数者に対して寛容とは限らないため、再開発だけがそうした層を拒み、追い出すわけではない。しかしながら、こうした大規模な再開発では、政府、民間の開発事業者、地権者、金融機関などが一体となって、SDGs(持続可能な開発目標)を謳いながら、その場所を一掃(クリアランス)していく。
 そして、その場所にあるのは、もちろん家屋だけではない。脆弱な少数者は、従前まで存在していた、脆弱ながらもなんとか社会環境に適応していくために保持していた情報、技術、つながり、活動、ルールといった「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」[*5]の一切を失うことになる。再開発によって。

 この連載の第2回で、わたしはこう書いた。

 そもそも都市計画とは、本質的に「個人の持つ自由」を制限するものだ。自分の持ち物であったとしても、その土地や建物を完全には自由にはできない。これが前提である。なぜか。そうした個人個人の自由を調整したうえで、「みんなの」まちを作り上げていくためである。[…]個人個人がその自由を最大限守りながらも、誰か一人の自由だけが過剰に尊重されることのないように、他の誰かの自由を不当に損なわないように、みんなが共同で生きていけるように、言葉が重ねられていく。その言葉の蓄積が、都市計画である。

「神宮外苑の再開発」

 そう、本来の都市計画とは、公共の福祉、すなわち、みんなのための「良好な都市環境の形成」を作り上げていくための「言葉」だった。
 したがって、そのような制限を大幅に緩和し、民間に容積率の割増等のインセンティブを与えて再開発を促進していく行為、及びそれを下支えする「エリアマネジメント」の仕掛けは、長年わたしたちが作り上げてきた都市計画(言葉)の基盤を掘り崩すものである。同時にそれは、政治主導の「ジェントリフィケーション」をも引き起こしている。そもそも国家の役割は、「ジェントリフィケーション」を誘引して脆弱な住民を追い出すことではなく、公営住宅などの提供を通じて再分配を行うことではなかったか。

 家賃が高くなりすぎて払えなくなったり、追い出されたりした多くの人びとは、教師、看護師、カウンセラー、ソーシャルワーカー、大工、機械工、ボランティア、活動家といったコミュニティをひとつにつなぎ留める人たちだった[*6]。

レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』

 作家のレベッカ・ソルニットは、その著書の中でたびたび「ジェントリフィケーション」について触れ[*7]、再開発による家賃の高騰、追い出しにより、低所得者層、NPO団体、アクティビスト(活動家)、アーティストの暮らしに甚大な影響が及び、都市の建物や産業が民営化、同質化されることの問題を指摘する。

 脆弱な少数者の中には、自分たちには適さない不自由な社会環境の設計を日常的に目の当たりにしながらも、当事者として声をあげ、日常生活、地域コミュニティを改善し続けてきた者も少なくない。より正確に言えば、地域コミュニティの中に共通の目的や関心に応じた自発的な団体(アソシエーション)を形成することで、複数の人々の相互的な関わりを築き、その関係性の中で日常を設計し、創造してきたのである。
 先の「東京大改造」の再開発は、地域になんとか張りつきながら、相互に依存し、ケアしあって生きてきた人々の関係性を断ってしまうに違いない。弱さ、老い、ケア、貧しさ、相互扶助、連帯、異質さ、障害……、そうした不完全さの中から立ち上がり、蓄積された社会関係資本は、再開発後、従前のように再び充足することはないだろう。

 この連載では、第1回から、わたしたちの目の前で起きているのはどのような事態なのか、どのような制度やコンテクストがそれを支えているのか、どのような「言葉」によってそれがなされているのかを、具体的な事例とともに見てきた。次回からは、例えば「ジェントリフィケーション」に抗い、その脅威の防波堤となるような活動や、「エリアマネジメント」活動の中で聞かれない声を届けるような活動、あるいは地道な制度づくりなど、闇の中に灯るきょのような、そんな事例を見ていきたい。くじけるたびに、そうした活動に支えられ、励まされて、今日のわたしがある。

 番組終了後、6歳が小声で、「ママ、あのテレビでやってたまちづくりはSDGsじゃないよね?」と聞いてきた。え? 一体どこで、いつのまに、そんな言葉を覚えてきたの? なぜあなたは、この目の前で起きている東京大改造が、持続可能な開発じゃない、と思ったの? 「うん。違うよ。SDGsなんかじゃない」――だって、わたしたちに必要なのは、脆弱さを支える関係性が織りなす居場所なのだから。


【注釈】

[*1]NHKクローズアップ現代「東京大改造 ~大規模開発の舞台裏~」2023年1月11日放送。

[*2]もりまゆみ @yanesenkumatyan のツイートより(2023年1月11日19時54分)。

[*3]「エリアマネジメント」の定義は、「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取り組み」とされている(国土交通省『エリアマネジメントのすすめ』、2010年2月より)。ただし、現実には、事業主・地権者が主体となって展開され、住民の多くは来街者、消費者としてのあくまで「利用者」に限られるケースも少なくない。

[*4]「ジェントリフィケーション」とは、大都市中心市街地の地盤沈下=衰退化にともない、郊外人口の呼び戻しなどを通じて当該衰退地区を格上げする現象を指す。呼び戻し人口が相対的に高所得、高学歴、専門・管理・事務的職業であることから、ある種の洗練という意味で紳士化と呼ばれるようだ。当該衰退地区の再活性にはつながるが、他面では在来人口(特にマイノリティ)の追い出しや所得・生活様式面での二重構造をもたらす。詳しくは森岡清美+塩原勉+本間康平 編集代表『新社会学辞典』有斐閣、1993年を参照されたい。なお、都市計画用語研究会 編『四訂 都市計画用語事典』ぎょうせい、2012年には、ジェントリフィケーションの記載がない。

[*5]「社会関係資本」とは、人々の関係性がもたらす信頼、互酬性の規範、ネットワークなどのこと。ソーシャルキャピタル(SC)ともいう。これら社会関係資本の多寡が社会経済、行政のパフォーマンスを規定するという、ロバート・D・パットナムの実証研究から、市民社会の重要性を説く概念として、広く知られるようになった。詳しくはパットナムの『哲学する民主主義――伝統と改革の市民的構造』河田潤一 訳、NTT出版、2001年や『孤独なボウリング――米国コミュニティの崩壊と再生』柴内康文 訳、柏書房、2006年を参照されたい。

[*6]レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば――危機の時代と言葉の力』渡辺由佳里 訳、岩波書店、2020年、132頁。

[*7]上記の他、ジェントリフィケーションの問題に特に触れているものとして、Rebecca Solnit, “Hollow City: Gentrification and the Eviction of Urban Culture,” Verso Books, 2001などがある。

著者:西本千尋(にしもと・ちひろ)
1983年埼玉県川越市生まれ。埼玉大学経済学部社会環境設計学科、京都大学公共政策大学院卒業。公共政策修士。NPO法人KOMPOSITION理事/JAM主宰。各種まちづくり活動に係る制度づくりの支援、全国ネットワークの立ち上げ・運営に従事。埼玉県文化芸術振興評議会委員、埼玉県景観アドバイザー、蕨市景観審議会委員、歴史的建築物活用ネットワーク(HARNET)事務局ほか。
大学時、岩見良太郎(埼玉大学名誉教授/NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議代表世話人)に出会い、現代都市計画批判としてのまちづくり理論を学ぶ。2005年、株式会社ジャパンエリアマネジメントを立ち上げ、各地の住民主体のまちづくり活動の課題解決のための調査や制度設計に携わる。主な実績として、公道上のオープンカフェの設置や屋外広告物収入のまちづくり活動財源化、歴史的建築物の保存のための制度設計など。
以上の活動経験から、拡大する中間層を前提とした現行の都市計画、まちづくり制度の中で、深まる階層分化の影響が看取できていないこと、また、同分野においてケアのための都市計画・まちづくりモデルが未確立であることに関心を抱くようになる。2021年、その日常的実践のためNPO法人KOMPOSITIONへ参画。同年、理事就任。

連載『まちは言葉でできている』について
都市計画は「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」を目的に掲げ、新自由主義体制の下、資本の原理と強く結びつきながら、私たちの生活の場を規定してきた。そうした都市計画制度の中に、住民や市民が登場することはほとんどなかった。しかし今、経済成長と中間層拡大という「前提」を失った都市は、迷走している。誰のための都市なのか、それは誰が担うのか……。
「都市計画」はそもそも得体が知れない。だからこそ私たちは、それと対峙し、言葉で批判を展開するのに苦労する。しかも、言葉を飲み込んでしまえば、その沈黙は計画への「同意」を意味することになる。望んでもいなかったものが、望んだものとされてしまう。あまりに理不尽で、あまりに摩訶不思議な世界ではないか。
本連載では、「みんなのため」に始まる都市の暴力に屈しながらも抗うために、「わたしたちのまち」を「わたしたちの言葉」で語り直すことから始めたい。都市計画やまちづくりのもつ課題を「ケア」の視点からパブリックに開くためにも、「言葉」を探っていきたい。

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