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強き美しき母に #5 ずっとここにいたらいいよ

よもぎでございます。連載第5話です! 前のお話はマガジンから。

自分が死んだら、棺に何を入れてほしいでしょうか?

私には小1からずっと一緒に寝ているクタクタのうさぎがいるんですが、私の棺にはその子を入れてほしいなと思っています。

今回は、そんなお話。

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寒くなり、実家の方は雪かきが大変らしい。今年もそんな時期になった。

今日も研究室に行く準備をする。朝8時過ぎ。

充電中のスマホから、メールの着信が鳴った。

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新着メール:お母さん
本文:夜中に小田切の叔父さん亡くなったって。
通夜と葬式あるから帰ってこれる? 受付やってほしいんだと。
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メールを寄越すのは、お母さんか携帯会社のお知らせくらいしかない。

そっかぁ、叔父さん、亡くなったかぁ。

脳梗塞でずっと寝たきりだった叔父さん。
その奥さんは私のお母さんの姉で、遠い病院まで毎日お見舞いに行っていたそうだ。
お母さんの手術の時も、ずっと一緒にいてくれた叔母さんだ。

迷わず研究室に忌引の連絡を入れ、その日の午前中の新幹線で実家に戻れるよう、急いで準備を始めた。


               ***


新幹線で地元に着いた途端、バタバタと通夜の準備に追われた。

メールで言われていたように、私は通夜と葬式の受付係に任命された。

香典袋を預かり、名前と住所を書いていただいて、香典返しの紙袋を渡す。

事前の打ち合わせのため葬儀場に行くと、目の下のクマをメイクで隠し、疲れた顔の叔母さんがいた。

「おお千秋、よく来てくれたなぁ。ごめんねぇ、大学忙しかったべ?」
「なんもだよ。そっちこそバタバタして大変だったでしょ。やることあったら何でも言って」

そう言いながら和室に向かう。

和室には、華やかなお花や果物、たくさんの写真。そしてその奥には、横たわる真っ白な棺。

叔父さんの写真の前に座り、線香に火をつける。

鐘を一つ、二つ鳴らし、手を合わせた。


                  ・・・


「顔っこ、見てやって」

キャップを被り、イキイキと釣りをしている叔父さんの写真を呆然と見ていた私は、叔母さんの声で我に帰った。


叔母さんと一緒に、棺の顔のところについた窓を開ける。

ドライアイスが積まれているんだろう。ひんやりとした空気が手をかすめた。


叔父さんは、厚い化粧をされて寝ていた。

長いこと寝たきりの末亡くなったので、痩せてしまっているかと思っていたが
その顔は、お正月に家に来てくれた時の叔父さんのままだった。

でも肌の透明感は奪われ、化粧で無理に顔色をキープされた顔は人形のようで、疑いようがなかった。

「痩せてないね。綺麗だ」
「んだべ?化粧してくれた人にも言われたのよ」

叔母さんは子供の寝顔を覗き込むように、眉を下げた笑みを浮かべて叔父さんを見ていた。


もう、泣き終わった後なんだろう。

たくさん泣いて、泣いて、愛する人がもうここにいないことを、やっと受け入れたんだろう。

叔母さんの前で泣いてはいけないような気がして、メイクを直すフリをして洗面所に向かった。


            *****


通夜の当日の朝は早かった。今日はみんな喪服を着ていた。

私は来た人にお茶を出すくらいで、式が始まるまで暇していた。


しばらくすると玄関のチャイムが響いた。ドアを開けると、納棺師の方が二人。

「納棺のご準備を致します。」


これで最後か。


和室のテーブルや座布団が横によけられ、顔だけ開いていた棺の蓋が外された。

白い布団を着た叔父さんが寝ている。

ドライアイスの冷気を感じた。叔父さん、寒いだろうに。


「何か入れてあげたいものがあれば、どうぞ」


納棺師の人の言葉に、いとこたちが動き出す。
叔父さんの娘たちだ。私より少し年上の二人姉妹。


姉妹と叔母さんは、思い出の品を棺に納めた。


釣り用のジャケットとキャップ。


ああ、叔父さんは釣りが好きだったな。

遺影に写っている叔父さんも、そのジャケットと帽子を身に付けていた。

お正月に家に来てくれた時は、川釣りのやり方や魚料理のことなんかをたくさん話してくれたっけ。


もっと、聞きたかったな。


でもそのジャケットとキャップがあるから、あっちでも釣りができるね。

三途の川で川釣りをしている叔父さんを思い浮かべる。三途の川は何が釣れるんだろう。


ジャケットとキャップの上からお花を飾り、みんなからのお別れの言葉を、棺に閉じ込めた。


           *****


通夜は無事に終わったが、私はヒイヒイ言っていた。

受付係を頼まれ快く引き受けたものの、叔父さんは役所勤めだったため知り合いが多く、香典袋の集計が一苦労だったのだ。

家について喪服を脱ぎ捨てると、横になってもう動けない。

「明日も着るんだから、ちゃんと服かけなさいよ」

同じく疲れの色を浮かべたお母さんが、私の喪服をハンガーにかけてくれた。


その日はみんな線香のにおいを落とすために我先にとお風呂に入り、お父さんは早々に寝た。


バタバタと動き回った一日がやっと落ち着きを取り戻し、ニュースの声が居間に響く。

私とお母さんは明日の準備をし終わったところで、受付が大変だったこととか、式場に飾ってあった叔父さんの写真のこととかを話していた。


そういえば、こうしてお母さんと二人で話すことって全然なかったな。

大事なことを話す時間のような気がした。


「お母さんはさ、棺に入れて欲しいものって何かある?」

いつかはその時が来るのだ。変な質問ではない。はず。

お母さんは驚いた様子もなく、むしろこの質問が来ることをわかっていたかのように、平然と答えた。

「そうねぇ、あんたたちの写真くらいかなー。あっちに行っても寂しくないように。」


口元は笑っていたが、お母さんはこっちを見なかった。

ニュースの方を向いている目は、今にも落ちそうな水滴を支えていた。

その水滴が落ちてしまう前に、袖で拭う。



「写真かぁ。今のうちに撮っとかないとね」

「そうよ! 遺影に使う写真もないんだから、なんとかしなくっちゃ」

そう笑うお母さんの鼻先は赤かった。


自分がここにいられる時間はそう長くないのだと、わかっているようだった。

きっとガンだと告げられた時から、一人で考えてきたことなんだろう。


死ぬということ。

私がここで泣くことは、簡単だった。


お母さんが死んだ時の話をしているんだから。
棺に何を入れるとか、遺影とかそんなリアルな話をしているんだから。
それが、いつかは現実になるんだから。

泣いたって当然じゃないか。


でも、私がしっかりしているところを、笑っているところを見せてやった方が、その時お母さんは安心していけるだろうと思った。

だから泣かなかった。


ガチャガチャでお母さんが当ててきた食品サンプルをぶらつかせ、「これも入れてやろうか?」とおどける。

「ゴム製品は溶けると遺骨にくっつくから入れられないんじゃない?」とマジレスが返ってきた。


             *****


お母さんがいつか旅立っても、別に、今までみたいにうちにいたらいいと思う。

仏壇なんてちゃんとしたものを置くかはわからないけど、いつもの居間にいて、いつもの座椅子に座ってたらいいじゃないか。

ちゃんとお母さんが好きだった醤油せんべいも置いとくからさ。

私には見えないかもしれないけれど、ずっと、ここにいたらいいよ。


そう言おうとしたけれど、途中で言葉が詰まりそうなので言わなかった。

そのうちチャンスが来たら、言おうと思う。


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長い! 最後まで読んでいただきありがとうございました!!

会うたびお母さんとの写真を撮る機会が増えていきます。別に「棺に入れるため」に写真を撮ってるわけじゃないけどね。一足先に向こうに行っても、私が行くまで写真眺めて待っててくれよな。

【次回】第6話 そりゃそうだよ 

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